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星に願うは君のこと  作者: このはな
晴天の霹靂
2/10

 ピンポーン、ピンポーン。


 冬の夜の寒さと静けさの中、インターフォンの無機質な音だけが、むなしく響いた。


 どうしよう、留守なのかなあ……。


 スイッチを三回押して、呼び出し音を計六回ならしてみても応答なし、うんともすんともいわない。


 今夜はいちだんと冷え込みが厳しいみたいで、外に出てから五分とたっていないのに、手が凍えて指がかじかんでくる。


「さぶぅ……」


 パーカーじゃなくて、綿入れはんてんを着てこればよかった。ちょっとカッコ悪いけどね。


 わたしは、寒さをしのぐために猫背になって、腕を組み、わきの下に手を突っこんであっためた。 


 はあ……、おかしいなあ。こんな時間にだれもいないなんて。


 ナオのママの『あら、紗智(サチ)ちゃん。あがって、あがって!』の朗らかな声が、とっても恋しい。


 今日は水曜日だから、ナオだって塾がないはずなのに……。


 門前の歩道をうろうろ歩き回りながら、ナオの家を見上げた。


 ナオん()は、うちのパパが『あれこそ男のロマンだ!』と言って憧れているガレージつきの、おしゃれな洋風の二階建てだった。


 中学生になってからは、用がない限りおジャマすることなかったけれど、子供のときは毎日のように遊びに行ってたので、今でも間取りをしっかりおぼえてる。


 一階のほとんどは、わたしの六畳の部屋を四個分足しても床面積があまっちゃうんじゃない? って思ってしまうほどだだっ広い、リビング兼ダイニングで占められていた。


 二階まで吹き抜けになっているため、天井が高く広々としていて、明かりとり用の窓からは日の光がさんさんと降りそそぎ、冬でもけっこうあったかい。


 リビング兼ダイニングをぐるっと囲むようにして、西側にはポップな赤で統一されたキッチン、中央にはモダンな十畳の和室、廊下をはさんでトイレ、バス、洗面所が東側にあった。


 二階は、ナオの部屋と、ナオのパパとママの寝室、わたしとナオが昔かくれんぼしてよく遊んでいたウォークインクローゼットが配置されている。


 そして、一度もつかわれたことがない、もうひとつの子供部屋。  


 一年前に、女の子らしい明るいベージュの壁紙に張りかえられたばかりの部屋だった。


 夜の七時すぎなのに、二階のベランダ側にあるナオの部屋の窓も、一階のリビング、キッチン、トイレからバスにいたるまで、ナオの家には明かりがひとつもついていなくって。


 ママの趣味によってデザイン&施工された、色とりどりのクリスマス・イルミネーションがまぶしいわが家とは、まるで正反対のたたずまいだった。


 テレビドラマや住宅の広告に登場するモデルハウスみたいな、理想を描いた家なのに、なんだか寒々としている。


 今のわたしと同じように寒さに震えながら、だれかが帰ってくるのを待っている……そんな気がした。


「は…、は…、ひゃっくしょおおおおおんっ!」


 ひっそりと静まり返ったひと気がない住宅街に、わたしのみっともなく大きなくしゃみがこだました。


 カゼ……ひいちゃったかなあ。


 ひょっとして、サンタさん(パパ)のこと笑ったから、神様がバチをあてたのかも。


 それとも、だれかがわたしのウワサ話でもしてるのかな?


『三年二組の遠藤紗智って、けっこうカワイクね?』とか、なんとか言っちゃって。


 そんなことあるわけないかあ……。


『あのナマイキなオトコオンナ、いっぺん泣かせたるっ!』ってウワサされてるほうが、現実的だよね。


 どうでもいいことを考えながら、なにか鼻をかむものがないか、ジーンズのポケットをさぐった。


 よかった。あった、あった。やわらかい手触りに指がふれる。


 丸まってしわくちゃになった物体を取りだし、我が家のクリスマス・イルミネーションのライトがあたる方角に向けて広げたら……あーあ、先週の土曜日フンパツして買ったばかりの、ピンクの花柄がかわいいハンカチだった。


 乙女チックな白いレースの縁取りにひとめぼれして買ったのになあ、千五百円で。


 机の引き出しやバッグの中身をひっくり返してさがしまわっても、見つからないはずだよね。こんなところに入ってたらさ。


 これ、いつ洗濯してもらったっけ? 女の子の風上におけないことを考えながら、しかたないので「ちーん」と思いきり鼻をかむ。 


 うん、いまのは、なかったことにしよう。


 かみおわると、またしわくちゃに丸めてポケットに戻した。


 冬って、なんで遠くの音がよく聞こえてくるんだろうなあ。


 ずっと何キロも遠くを走っている電車の音が、『ガタン、ガタン』とかすかにわたしの耳に届く。


 わたしのさっきのくしゃみも『しょおおんっ……、しょおん……、しょん……』とやまびこのように遠くまで響いて、だれかの耳に届いちゃったりするのかな……?


 もし、それが知ってる人だったら……、とってもハズイよね。


 たとえば、ナオと同じクラス……、一組のやっ、矢島(ヤジマ)クンだったら……?


 あの、りんとした穏やかな黒い瞳で彼にみつめられ、


『遠藤さん、昨晩キミのくしゃみの音が聞こえたよ。とても力強くて男らしいくしゃみだったね。ボクの思ってたとおり、ステキな音だったよ!』


 なあんて、親指立てて“グッ・ジョブ!”ポーズまでされちゃったら……。


 ぎゃあああああっ! もう、恥ずかしくて、学校に行けなあああいいいっ!


 うちの中学の女の子、同級生から下級生までみんなの人気を集めている彼、矢島クンのことを空想したら、ナオの引越しのことが、ウソみたいにどこかにぶっ飛んでしまって。


「サチ、何やってんの?」


 と、ふいに声をかけられて、


「何やってんのって、あのね、矢島クンがね……」


 と言ってふりむくまで、何をしにナオの家にたずねていったのか、わたしは忘れていたの。


「矢島……? どこにもいないけど……」


 ドアのふちを片足で支え玄関のドアが閉まるのを防ぎながら、ナオがきょとんとした顔でわたしを見ていた。


「さっき、矢島と会ったの? おっかしいなあ、今日は用があるって言ってたのになあ。どうしたんだろう」


 お願い、神様、信じてください。


 ナオの顔を見たら、泣きだしてしまいそう。


 マジでわたしはそう思っていたんです、矢島クンのことを考えるまでは……。


 でも、いざ本人を目の前にしたら、「え、いや、あのう、そのう、べつに……」としどろもどろになっている自分がいて、めっちゃ情けない気分でナオを怒鳴りつけるしかなかった……のです。


「そんなことより、ナオ! 家にいたんなら、なんでもっと早く出てきてくれないの? おかげで、こっちはカゼひいたかもしれないじゃんっ。こんな時期に熱だして寝込んで、勉強にさしさわりがあったら、どうしてくれるのよ!」   


 ナオ、ごめんね! 別にナオが悪いわけじゃないのに。


 わたしは、自分の腕にぶらさがっている白いレジ袋を、ナオに見えるように少し上にかかげて見せた。


「これ、おふくわけ。長野のおばあちゃんが、今年もおソバ送ってきてくれたの。うちのママが持ってけって」


「やった、ラッキー! 実は、そろそろじゃないかと待ってたんだよね、ひそかに!」


 ナオは、わたしが怒鳴ったことを気にしていないみたいだった。


 ついでにいうと、自分の引越しのことも気にしてなさそうで、ナオが今いちばん関心があるのは、わたしが持ってきてあげたおソバだけだった。


 小躍りしそうな勢いでドアをバタンと閉めると、ナオはわたしが立っている門扉のところまで、子犬のようにすっ飛んでんきて、にっと笑った。


 そのときはじめて、わたしはナオが学生服のままなことに気づいた。


「どうしたの、ナオ? まだ着替えてなかったの? 家も明かりついてないし……。おばさん、いないの?」


「母さん、いま出かけてるんだ。学校から帰ってきたら、眠くなっちゃってさ」


 ナオは、門を開けてわたしを招き入れ、後ろ手で再び閉めた。


「ソファで昼寝してたら寝過ごしちゃって、そうしたら、いつのまにか暗くなってたんだよね」


「ばっ、なにやってんの? そんな、ソファなんかで寝たら、それこそカゼひいちゃうんじゃん!」


 ナオの手をとった。


 やっぱり……! 氷のように冷たい。きっと身体のほうだって冷えきっている。


「はやく中にはいって! 身体あっためなくちゃ、あと、それとあったかいものを……」


 すると、ナオがわたしの手をぎゅっとにぎった。


「じゃ、あっためてよ」


「はいぃ……?」


「今度はサチがあっためてよ、オレの身体を……さ」


 ナオは、わたしの手をぐいっとひっぱって玄関のほうに歩き出した。


「あっ、ちょ、ちょっと!」


 彼の歩みとともに、わたしの足も勝手に進む。


 そしてドアの前につくと、ナオはわたしの顔をふりかえって見た。


「なあ、いいだろう、サチ? オレ……、今すごく寒いんだよ……」


 クリスマス・イルミネーションの赤や青の色が交互に点滅して、ナオの顔を照らす。


 光を反射しているせいで、彼の瞳がライトと同じ色に染まった。


「そ、そりゃあ、冬だもん! だれだって寒いよ、だから、ねっ?」


 ナオ、どうしちゃったの? こんなの、らしくないよ……!


 逃げるように後ずさりしようとしたわたしの手を、ナオはさらに力をこめてにぎりしめた。


「ふーん……、なら、いいんだ。明日学校で矢島に教えちゃうから。『サチがしわくちゃのハンカチで鼻をかんで、それをポケットに突っ込んでたんだよ。笑っちゃうよな』ってさ」


「げっ、見てたの!?」


「さあ、どうすんだよ、サチ。オレの身体をあっためてくれるのか、あっためてくれないのか、返事を聞かせてくれよ。今だったら選ばせてあげるから」


 わたしの手をつかんだままナオがドアを開けると、真っ暗な空間が広がっていた。


 どこか知らないところへ吸い込まれてしまいそうな気がして、なんだかこわくなる。


「はい、時間切れ」


 とんと軽く背中を押しだされた瞬間、頭が真っ白になった。


 それから闇に包まれて、カチャリ。


 ドアのカギが閉まる音がした。




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