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星に願うは君のこと  作者: このはな
晴天の霹靂
1/10

 雨よ、降らないで。


 そう強く願っているのに、大粒のしずくがポツポツとふたりのうえに落ちてきた。


 腰を下ろした芝生も、身につけている衣服も、少しずつ湿り気を帯びて身体の熱を奪っていく。


 それでも肩を寄せ合って、いっしょうけんめい夜空を見上げつづけた。


 いつか雨がやみ雨雲が消え去ることを祈りながら――




   *   *   *   *   *   *




 それは、突然のことだった。


 あまりにも突然すぎて、思考回路がフリーズ。


 ママがなんて言ったのか、すぐに理解できないぐらいだったの。


紗智(サチ)ったら、聞いてるの?」

 

 数秒間停止していた脳神経の信号がゆっくりつながる。


 名前を呼ばれたとたん、わたしの脳細胞が息を吹き返して、なんとか活動をはじめた。


「ウソでしょ……? 引っ越すって……ナオが……?」


 一語ずつ噛みしめながら、ママがさっき言ったセリフを声に出してくりかえした。


「信じたくないけどね、紗智、本当のことなのよ。ママも尚道(ナオミチ)クンのお母さんから聞いたばっかりで、くわしいことは何も知らないの……」


 ぽつりとつぶやくママの言葉に、ナオの引越しが事実だと思い知らされる。


「生まれたときから、十五年もいっしょだったのにねえ。さびしくなるわあ……」


 そんな……、わたし、なんにも聞いてない! 


 今朝家の前で会ったとき、ナオ、なんにも言ってなかったのに……。 


 そのとき交わした会話が脳裏に浮かんでくる――




『いってきまあす』と玄関のドアを開けたら、ちょうど門の外にナオがいて。


 寒そうに首を縮めながら、学生服のえりの内側に指を入れて整えていた彼と目があった。


 ナオの両手は、既製品に見えない、青い毛糸の手ぶくろに包まれている。


 同じクラスでかわいいってウワサの彼女の手作り(ハンドメイド)なんだろうな。


 あったかそうで、ほんの少しだけうらやましい……。


 わたしは、何もつけてない自分の冷たい両手に『はあ』と息を吹きかけた。


『おはよ、ナオ。今日もちょっと寒いね』


『うっす』


 わたしが先に声をかけると、ナオは短く返事をして口の端を上げて笑った。


 そして何を思ったのか、右の手のひらを上に向ける。


 そのまま口元によせて『ちゅっ!』


 ナオがわざとふざけて投げキッスしてきたので、わたしの目は点になった。


『な、ナオ!』


 わたしは、教科書や問題集がいっぱい詰まった重たいカバンを、肩の高さまで振り上げた。


『そういうことは、彼女さんだけにしなさいよねっ』


 力いっぱい振り下ろし、見えないキッスを地面にたたきつけて、ナオをにらんだ。 


『サービス、サービス』


 目くじら立てたわたしに向かって、ナオは真顔でVサイン。


『彼氏がいなくって、さむそーなサチに、オレからのアツーいプレゼントだよ! 身体がぽっかぽかにあったまってイイ感じー、だろ?』


 ナオは、ぱちっとウインクしたあと、お尻を突きだしてぺんぺんとたたいた。


『ナオのバカっ!! そんなしょうもないプレゼントもらっても、うれしくないんだからっ!』


 彼のもくろみどおり、わたしの身体は指先までぽっかぽかにアツくなってしまった。


 ぽっかぽかにあったまった理由がめっちゃムカつくけど、長年のつきあいのおかげでわたしは知っている。


 そのふざけた態度が、ナオ流のやさしさだってことに。 


 わたしとナオは、家がとなり同士。


 世間一般でいうところの、よくある‘幼なじみ”の関係なの。


 同じ産院で一日違いで生まれた日から十五年間ずっといっしょ、新生児室のベッドもとなり同士なら、ママの病室もとなり同士という徹底ぶりで。


 もちろん、幼稚園から中学校まで、いままでずっとおんなじところに通っていた。


 異性の幼なじみっていったら、少女マンガだと恋が芽生えるロマンチックな相手だったりするよね?


 残念ながら、わたしたちの間に恋愛感情が生まれる気配はいっさいなし。


 将来結婚したら? と親同士で盛り上がっていた時期もあったにはあったけど、わたしとナオの様子を見てあきらめたみたい。


 進路や勉強、恋バナからちょっとエッチなアダルト話まで平気でしちゃうほど、笑っちゃうぐらい異性を意識したことがないふたりだからね。


 お互いひとりっこだし、家族ぐるみで仲良くきょうだいみたいに育ったせいもある……のかな……?


 大人になって家をでる日が来るまで……ううん、大人になってからも死ぬまでずっと、ナオのいちばん近くにいて、ふざけたり、ケンカしたり、笑いあったりしていられる。


 そうするのが自然であたりまえだと、わたしは思っていた……。


『サチ、先にいくからな!』


『あっ、こら! 待ちなさい、ナオ!』


 げんこつ振りかざし家の門を開けようとするわたしより早く、ナオが脱兎のごとく駆けだした。


 わたしも彼を追いかけようと急いで歩道に飛び出す。


 でも、朝日に向かって走るナオの背中がまぶしくて。


 わたしは思わず手をかざし、角を曲がって見えなくなるまで彼のうしろ姿を見送った――




 あっ、そっかあ……。


 こういうの、『青天の霹靂(へきれき)』って言うんだった……。


 今日の三時限目の国語の小テスト、最後までわからなかった問題の答えが、いまごろになってやっとわかった。


 三点もソンしちゃったな……なあんて、のん気なことを一瞬考えてしまう。


 そう、わたしもナオも中三、来年は高校受験が待っている。


 それなのに、年の瀬が迫る十二月、先生もお坊さんも走りまわる忙しいこの時期に引っ越すだなんて。


 ナオ、とうぜん向こうで受験するんだろうなあ。


 わたしは、箸を握りしめ、ぼんやり考えた。


「ほら、紗智、ショックなのはわかるけど、きちんと食べなくちゃダメよ。受験には体力だって大切なんだから」


「うん、そうだね……。受験当日にぶったおれたら、意味ナイもんね」


 わたしは、ママがデパ地下で買ってきてくれた、口コミでおいしいと評判のポテトコロッケをひと口かじった。


 松坂牛の肉汁たっぷりのひき肉に、北海道産のじゃがいもがホクホクしてて、おいしいはずなのに。


 いつもだったら、とびっきりおいしく感じて、何個も食べられるのになあ。


 今日は、あんまりおいしくない。


「ごちそうさま……」


 お皿の上に箸を置いた。


「あら、もういいの?」


「うん、もうおなかいっぱいだから、いい……」


 わたしは、椅子から立ち上がると、背もたれにかけてあったピンクのパーカーをつかんだ。


「ちょっと待って、紗智。悪いけど、おつかい頼まれてくれない?」


「べつにいいけど……。なあに、ママ?」


「おばあちゃんがね、おソバたくさん送ってきてくれたのよ。尚道クン、大好きでしょう? おとなりに持ってってちょうだい」


 ママはそう言って、おソバがいっぱい入った白いレジ袋をわたしの手ににぎらせた。


「それでね、あのう……、もうひとつお願いがあるんだけど……」


「わかってるって! さりげなく、引越しのこと聞いてこいって言うんでしょ?」


「そ、そうなのよ。恵美(エミ)ちゃん、元気がないような気がして。気のせいだといいんだけど、ママ、どうしても心配なの」


 恵美ちゃんとは、ナオのママのこと。


 うちのママとナオのママは、とってもなかよしで、恵美ちゃん、(ユウ)ちゃん(うちのママ)と、“ちゃん”づけで呼び合う仲なの。


 家族を放っておいて、女同士なかよく勝手に旅行に行ってしまうことが年に数回ある。


 だから、ママがナオのママを心配する気持ち、わたしにもよくわかる。


 わたしだって、ナオのこと一応気にかけてるつもりだし……。


「うん、わかった、任せといて。でも、高いよ。受験生をコキ使うんだから、覚悟しといてね!」


 わたしは、レジ袋を椅子の上に置くと、パーカーのそでに腕を通した。


「はいはい、わかりました。クリスマスまで待ってくれたら、我が家のサンタクロースがよろこんで奮発してくれるわよ」


 この時間まだ会社で残業しているサンタさん(パパ)は、きっと大きなくしゃみを二、三発したと思うな。


 ママとわたしにウワサされているとも知らないで。


 わたしは、おソバをナオに届けるため、サンダルつっかけて外へ出た。


 パパのことを想像してくすくす笑いながら手でほっぺをマッサージ、緊張して固くなる顔の筋肉をほぐす。


 ナオの家のインターフォンを押す前に、顔をつくっておかなきゃ……。


 そうしないと、ナオの顔を見たら泣きだしてしまいそうな気がするから。




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