いちばんのきらきら(軽量版)
「いちばんのきらきら」の文章量をおおはばにへらした軽量版です。
オリジナル(9,273文字)→軽量版(4,952文字)
ほぼ半分近くまで圧縮しています。
ある日、さかなのぼうやは思いました。
「いつも水面にみえる、あのきらきらはなんだろう?」
海のずっと上のほうで、きれいなひかりが、いつもきらきらしているのです。
いったい、何が、ひかってるんだろう?
どうして、落っこちてこないんだろう?
おとうさんに、きいてみました。
「おひさまだよ」
おとうさんは、いいました。
海の上には、空があって、おひさまは、そのてっぺんで、燃えている。
そして、海をあたため、てらしてくれる。
それだけじゃない。
こんぶや、わかめ、海ぶどう――海藻たちが、おひさまのひかりをあびて、元気にそだつと、水もきれいになるし、エサになる生きものだってあつまってくる。
とっても、たいせつな、きらきらなんだ。
ぼうやは、すっかり、かんしんしました。
「おひさまって、すごいね」
だから、もっと近くにいってみたい。会ってみたい。
いつもありがとう、ってお礼をいいたい。
そう思いました。
でも、おとうさんは、わらいました。
「それは、むりだよ」
なんで? どうして?
ぼうやは、ききました。
「だって、とおい空から、こんな海の下まで、あたためてくれる、おひさまだよ。いったい、どれだけ、熱いだろう。近づいたら、カラカラに、ひからびてしまう。それか、まっくろに、焼けこげてしまうよ」
それにね、と、おとうさんは、つづけました。
空は、カモメや、アホウドリなんて、ころしやで、いっぱいなんだ。
たどりつくまえに、食われてしまうよ。
なかでも、おそろしい、ころしやは、ニンゲンだよ。
とっても、ずるがしこくってね。目には見えない、まほうの糸に、おいしそうな食べものをぶらさげて、そのなかに、ワナをかくしておくんだよ。
まちがえて、食べてしまったら、もう、おしまい。
ひきずりこまれて……
あたまっから、むしゃむしゃ、食べられてしまうよ。
ぼうやは、ぶるっと、ふるえました。
でも、いちど、うまれてしまった、あこがれは、そうかんたんに、なかったことには、できません。
それからまいにち、ぼうやは、はるか上のきらきらばかり、ながめて、すごしました。
そして、いつも、こうかんがえるのでした。
「ニンゲンは、ちょくせつ、おそってくるわけじゃないんだろう? ワナをしかけるだけなんだろう? ぼくは、おとうさんの、むすこだもの。ひっかかったりなんか、するものか」
そして、ある日、とうとう、決心するのでした。
「そうだ、やっぱり、おひさまに、会いにいこう。どうしたって、いってやる」
なかまたちからはなれて、ぼうやだけが、上へ……
はるか水面めざして、およぎだすのでした。
はじめは順調でした。
深いところにもぐるときは、水の抵こうがつよくて、押しつぶされそうになります。
でも、いまは、はんたいに、浅いところにのぼっていくのです。
水がかるくて、ふわふわ、うかびあがっていけました。
でも、そのうちに……
だんだん、まわりが、あかるくなって、それどころか、まぶしいくらいになってきました。
水もだんだん、あたたかくなって、そのうち、アツいくらいになってきました。
からだのなかも、なんだか、ヘンです。内がわから、パンパンに、ふくらんでいくみたいな気がします。
「そうか、おとうさんがいっていたのは、このことか」
まえに、おとうさんが、おしえてくれました。
浅いところには、浅いところにすむ、さかな。
深いところには、深いところにすむ、さかな。
みんな、それぞれの深さがある。
神さまが、そうお決めになった。
「だから、けっして、深すぎるところや、浅すぎるところに、行ってはいけないよ。たいへんなことになるからね」
その「たいへんなこと」が、いままさに、ぼうやの身に、おきているのでした。
「うーん、こいつは、たまらないや」
ぼうやは、すこしだけ、ひきかえすことにしました。
でも、すこしだけ。
せっかく、ここまで、のぼってきたのです。
このまま、ひきさがるなんて、くやしすぎます。
「ああ、なさけない。せっかく、ここまで、やってきたのに、これ以上、どうにも、できないなんて」
ぼうやは、なんども、あきらめて、ひきかえそうとしました。
でも、そのたび、やっぱり、あきらめきれなくて、いつまでも、そのあたりを、ウロウロ、してしまうのでした。
そうこうするうちに、あたりは、だんだん、暗くなってきました。
きらきらが、だいだい色になっていきました。
そして、ぱっと、ひときわあかるく燃えあがると、海のぜんぶが、きらきら、まぶしい金色にかがやくのでした。
「ああ、なんて、きれいなんだろう」
ぼうやはうっとりしました。
でも、それで、おしまい。
その一瞬がすぎると、ふっと、あたりは暗くなって……
とうとう、夜になったのでした。
われにかえって、ぼうやは、ぶるっと、からだをふるわせました。
あたりは、まっくら。
ここは、どこ?
暗くて、なんにも、見えません。
かえり道だって、わかりません。
あっちの暗がりにも、こっちの暗やみにも、ころしやが、ひそんでいるような気がします。
なのに、ぼうやは、ひとりぼっち。
おとうさんは、いないのです。
(こわいよ、おとうさん……)
でも、ぐっと、がまん。
ぼうやだって、そのおとうさんの、むすこなのです。
(そうだ、まけるものか。ひとりで、かえり道を、みつけてやる)
よし、行こう。
そう思った、そのときでした。
「きらきらだ!」
それまで、まっくらだった海のなかに、突然、まぶしいひかりが、さしこみました。
見あげれば、水面に、ふたたび、まぶしいきらきらが、ゆれています。
お昼のおひさまとは、どこか、ちがうような気もしたけれど……
でも、とにかく、きらきらには、ちがいありません。
ぼうやは、ほっとしました。
(なあんだ、夜にも、きらきらは、あるんじゃないか)
だけど、そんなの、おとうさんだって、おしえてくれませんでした。
もしかして、おとうさんも、知らなかったのでしょうか?
夜は、ぐっすり、おやすみの時間ですからね。
だとしたら、大発見、かもしれません。
「すごいぞ、夜のきらきら、ぼくがみつけたんだ!」
ぼうやは、それまでのこわさもわすれて、はしゃぎました。
でも、ほんとうは……
それは、おひさまなんかじゃなくて、夜釣りの船の明かりでした。
まぶしい電灯にてらされた、船の上に、太い釣り竿が何本もならべられ、するどい針に、おいしそうなエサがとりつけられています。
そして、もっとたくさんのさかなを、おびきよせるために、まき餌が、まかれるのでした。
「なんだか、おいしそうなにおいがしてきたぞ」
ぼうやのおなかが、ぐうぐう、鳴りはじめました。
一日およぎつづけて、もうくたくた。晩ごはんの時間は、とっくにすぎています。
まき餌のにおいに、ふらふら、ひきよせられていきました。
こまかくすりつぶされたまき餌は、すっかり水にとけこんで、まわりぜんぶが、おいしそう。
ぼうやはむちゅうで飲みました。
でも、そんなスープくらいでは、すきっ腹には、足りなくて……かえって、おなかペコペコ。あたまがおかしくなりそうです。
まわりには、ほかのさかなたちも、あつまってきました。
みんな、いいにおいのする、おいしい水を、がぶがぶ飲んで、よっぱらったみたいになって……
みんながみんな、おんなじように、こうふんして、いっしょになって、おおさわぎ。
それが、ぼうやもまきこみ、いよいよ、くるったようにさせました。
(おなかすいた。ごはん、ごはん。もっともっと)
だから、目のまえに、ふわっと、おいしそうなお肉のかたまりが、落ちてきたとき……
ぼうやには、もう、ふしぜんだとか、おかしいとか、かんがえるヨユウなんて、なかったのです。
ガブッ!
ぼうやは、かぶりつきました。
とたんに、はげしいいたみに、目がくらみました。
「うわーっ、いたい、いたいーっ!」
釣り針につらぬかれた傷口が、ものすごい力でひっぱられ、ぐいぐいえぐられ、血がふきだして――
ぼうやのからだは、ものすごいスピードで、ひきずられていきました。
ぼうやは泣いて叫びました。
「うわーっ! いやだっ! たすけて、おとうさん、たすけてよぅ!」
でも、いくらおとうさんだって、こんなところまで、たすけにきてくれるはず、ありません。
ぜんぶ、ぼうやが悪いのです。
おとうさんのいいつけをやぶって、ひとりで、こんなところまできてしまったから……
でも、そのときでした。
「まてーっ! わたしの、むすこを、かえせーっ!」
おとうさんの声が、きこえました。
ぼうやは耳をうたがいました。
でも、はっきりと、きこえます。
全身の力をふりしぼって、ふりかえると……
やっぱり、まちがいありません。
つよい、つよい、だれよりつよい、おとうさんが、ぼうやめがけて、まっしぐらに、つきすすんでくるのです。
「おとうさん!」
「まっていろ、すぐ、行くぞ!」
そうです。さいきん、ぼうやのようすがおかしいので、おとうさんは、ずっと注意していたのです。
今日だって、ちゃんと気づいて、こっそり、あとをつけてきたのです。ほんとうに、あぶなくなったら、たすけるつもりで。
でも、釣り船がまき餌をまきはじめると、たくさんのさかなたちが集まってきて、あっというまに、グチャグチャです。
そのせいで、ほんの一瞬、ぼうやを、見うしなったのでした。
でも、もうだいじょうぶ。
おとうさんは、ぼうやを、見つけました。
「そこだ!」
水面はもう、すぐ近くでした。にせ物のきらきらが、あざわらうようにゆれていました。
でも、そのおかげで、ぼうやをとらえた、ワナの糸が、キラリとひかったのです。
おとうさんは、その糸に、かみつきました。
「わ た し の む す こ を か え せ っ!」
ギューン――ぼうやはもちろん、おとうさんも、いっしょにひきずられていきました。
おとうさんの口からは、あとから、あとから、血があふれてきます。
それでも、おとうさんは、くわえた糸を、はなしません。
「おとうさん、やめて、はなして、おとうさんまで、死んじゃうっ!」
「はなすものか、ぼうやをみすてて、じぶんひとり、おめおめと生きていける、そんな父親など、あるものか!」
おとうさんは、力をふりしぼって、こん身のひと噛みを、あびせました。
たとえ、ニンゲンのまほうの糸だって、どうして、切れないわけがあるでしょう。
ブツッ!
「わーっ」
ついに糸が切れ、反動で、ぼうやが、はじきとばされていきました。
「ぼうや!」
すかさず、おとうさんも、追いかけました。
ふたすじの、あかい血が、長く尾をひいて……
おやこは、深く、もぐっていくのでした。
「いたいよ、おとうさん……」
さかなのぼうやが泣いています。
全身がいたくて、息もたえだえ。
しっかりしろ。
おとうさんが、はげまします。
そのおとうさんだって、傷だらけです。
あたりは、ふかい、夜の海。
音もなく、しずかです。
こんな、暗くて、さみしいところで、ぼく、死んじゃうのかな……
いいつけをやぶった、悪い子だから、バチがあたったのかな……
ぼうやは、かぼそい声で、そういいました。
でも、おとうさんは、力づよく、いい切ります。
「ぼうやは、いい子だ。つよい子だ。おとうさんは、知っているぞ」
ぼうやは、かすかに、ほほえみました。
そのときでした。
ぼうやも、おとうさんも、知らない、海の上で……
夜空に、お月さまが、のぼりました。
そのひかりが、しずかに海をてらしました。
そして、波にゆらゆら、ゆれたのです。
「きらきらだ……」
ぼうやの目に、力がよみがえりました。
「やっぱり、夜にも、きらきらはあったんだ……」
それは、おひさまとも、釣り船ともちがう、お月さまのきらきらでした。
ぼうやは、からだ中がいたいのもわすれて、みとれました。
すると、おとうさんが、いったのです。
「ぼうやのほうが、きらきらしているよ」
え?と、ぼうやが、おとうさんのほうをみると……
おとうさんの全身が、銀色にかがやいていました。
ぼうやは目をみはりました。
「おとうさんこそ、きらきらだよ……!」
「そうかい?」
おとうさんが、ほほえみました。
はげしく戦った、おとうさんのからだは、ボロボロです。
わなにかかった、ぼうやだって、ボロボロです。
でも、そんなボロボロのおやこのからだが、お月さまのひかりをあびて、銀のうろこを、きらきら、かがやかせているのでした。
ぼうやも、おとうさんも、そんな、おたがいのきらきらが、世界でいちばんのきらきらだって、思うのでした。




