第6話 胃袋を掴む、これは最強です!
「なんだ、てめえは!」
「やれやれ、応援が来るって聞いてたけど4人もいるなんて……まったく困ったものだね」
何しろ買った食材は3人分。久我を入れたら六人、明らかに足りない。
「ま、いっか。とりあえず3人分作ってしまおう」
「何をゴチャゴチャ言ってんだよ!」
「はいはい、料理するから大人しくして!」
「料理だぁ……? 殺る気か? ゴルァ!」
凄んでくる男だが、エリスは眉一つ動かさず男の目をまっすぐに見据える。しかし、すぐに息を大きく吐いて肩を竦めた。
「流石にやる気が無いわけじゃないけど、無理だから」
「分かってんじゃねえか。だったら大人しくしてろ!」
「大人しくするのは、そっちだって言ってるじゃない!」
怒鳴りつけてくる男に言い返して、エリスはキッチンへと向かう。
「くそっ、無視するんじゃねえよ!」
ブチ切れた男が銃口をエリスに向けて発砲した。
――パン! カキン!
当然のように銃弾は聖女の加護によって弾かれた。
「なっ、弾かれた?!」
「はいはい、気が済んだら大人しく座ってて」
「一体どういうことだ?! おいっ!」
男を無視して、エリスは熱したフライパンに油を引いて刻んだニンニクを放り込んだ。たちまち部屋の中にはニンニクの香ばしい匂いが広がっていく。
「なっ……」
その瞬間、4人から殺気が消えた。呆然として、視線をニンニクの香り立つフライパンに注ぐだけだった。まるで獲物を狙う狼のように。
ガチャリ、という音がして玄関の扉が開き、久我が部屋の中へと入ってきた。
「すまんすまん、応援を待ってたら遅く――!」
「まったく、応援が4人もいるなんて聞いてないんだけど!」
久我と4人の男が向き合うと場の雰囲気が凍り付く。だが、エリスはお構いなしに久我に文句を言い放った。その言葉にハッと我に返ると距離を取って身構えた、
「くそっ、てめえ! 生きてやがったのか!」
「知らんのか? 俺は不死身の男だぜ」
「死にかけていたのを治したのは私なんですけどね……」
エリスがつぶやくのと同時に男の一人が銃をぶっ放すと、反撃で久我の拳銃が火を噴く。それを皮切りに銃撃戦が始まった。
「なっ、久我先輩。加勢します!」
「七人って、多すぎですよ……」
「エリス、何をボーっとしているんだ! 伏せろ!」
「いやいや玉ねぎが焦げるでしょ!」
玉ねぎを追加して炒めながら、計画性のなさにエリスは呆れていた。そんな久我が彼女を咎めるも、料理中であることを理由に断固拒否する。そんなやり取りをする彼女の方へと流れ弾が飛んできた。
「うわっ、危ないなぁ……」
ガキンという甲高い音と共に、銃弾がはじき返される。
「まったく……フライパンに入ったらどうしてくれるのよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」
クレームを入れるエリスに久我が反論しながらも銃撃戦はますます激しくなり、飛んでくる流れ弾も増えてきた。もっとも、全てエリスの聖女の加護によって弾かれてしまったが。
「玉ねぎもそろそろいいかな? それじゃあ、トマトとパスタを入れて、と」
「ぐあっ!」
「久我先輩!」
エリスがフライパンにトマトとパスタを入れる。久我は男の一人が放った銃弾を肩に受けてうずくまった。彼の後に付いてきた応援の女性が久我に駆け寄る。
「まったく……床が汚れるでしょ!」
「あれ、傷が……?」
エリスの手から白い光が放たれ、同時に久我の傷がみるみる塞がっていった。久我は不思議そうに首を傾げるも、すぐに銃を手に取り男たちに向けて撃ち始めた。
「先輩、大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
「ぎゃあ!」
今度は久我の放った銃弾が男の腹を貫通する。苦悶の表情を浮かべながら腹を押さえる。だが、それも一瞬のことだった。
「いてぇ! いや、痛くない?!」
腹を摩りながら痛みが無いことを確認した男は、あまりに非現実な状況に目を白黒させていたが、すぐに我に返り銃撃戦に加わる。
「やれやれ、これだから男ってのは……食事の時間も待ってられないのかな……」
真っ赤に染まったフライパンの中のパスタを見ながら、大きくため息を吐いた。トマトが崩れ、パスタも程よくアルデンテに仕上がった頃合いで、仕上げに塩コショウを掛けて、手早く混ぜ合わせる。
「なんだ?!」
「どういうことだ?!」
「わからん――が、これでお前らを捕まえられるぜ!」
「くそっ、ふざけんじゃねえよ!」
いくら戦っても傷つかないことに気付いた久我が獰猛な笑みを浮かべ、男たちを真っ直ぐに見据える。一方、男たちはキリがない状況に苛立ちの声を上げた。
ここにきて、ようやくエリスは男たちが久我と敵対しているテロリストであることに気付いた。作ったパスタは3人分しかないため、ちょうど人数分であることに安堵のため息を漏らす。
「くそ、埒があかねえ。撤退するぞ!」
「逃がすか!」
「ふん、てめえの実力が俺は止めらんねえよ!」
一人が殿を務め、男たちはあっさりと逃げ出す。久我も追いかけようとするが、女性に肩を掴まれ引き留められた。
「久我先輩、まずは一般人の保護が優先です!」
「ちっ、仕方ねえ……」
「君、大丈夫?」
女性がエリスの前にやってくると、屈んで目線を合わせながら訊ねてくる。圧倒的な体格差を見せつけられたようでエリスの頬が引きつった。
「ははは、問題ないですよ。それより……どちら様ですか?」
「ああ、ごめんなさい。私は成瀬絵里よ。彼――久我の後輩にあたる刑事ね」
「わかりました。それより食事にするんですけど、ちょうど3人分ありますので」
――ガタン!
大きな物音に驚いてエリスが顔を向けると、久我が手に持った銃を落として呆然としながら手をワナワナと震わせていた。
「なん……だと?! 俺もアレを食べられるというのか!」
「だから3人分――成瀬さんの分まで買ったんじゃないですか。帰ってきたら部屋に4人もいて焦ったんですからね!」
「いや、それは俺のせいじゃ……」
呆然としながらつぶやく久我を無視して、エリスはキッチンに戻りパスタを皿に盛りつける。
「あ、ちょっと待っててくださいね!」
何かに気付いた成瀬が慌てて部屋を出ていったが、一分としないうちに折り畳み式のテーブルと椅子を3つ、抱えて戻ってきた。
「早くない?」
「えっ? そんなことないと思うけど」
「ま、いいか。それじゃあ料理を持ってくるね」
エリスが料理を取りに行っている間、成瀬がテーブルを椅子を組み立てていた。その上にパスタとフォークを並べていく。
「さて、食べましょうか。私、朝から何も食べてないんですよね」
「「いただきます!」」
さっそくエリスが食べ始めると、つられたように二人も料理を口にする。たった一口だが、すぐに彼らはテーブルの上に置いた拳を震わせ、目を潤ませていた。
「うおおおお、美味いぞぉぉ!」
「こ、こんなの久々です!」
「……ただのトマトソースのパスタなんだけど」
あまりにも過剰なリアクションにエリスは引き気味につぶやいた。何の工夫もない、ごくごくありふれた料理に対する感想ではない。
「わかってないな。俺たちの普段の食事がどうなっているか……完全栄養食だぞ」
「食材が軒並み高いからね。こんな料理、私たちからしたら贅沢品よ」
成瀬の言葉にエリスは首を傾げる。確かに完全栄養食は安い。しかし、手の届かない金額とも思えなかった。
「トマト1個で5000円くらいだけど……」
「完全栄養食50食分よ? 狂ってるわ!」
「完全栄養食の方が安すぎるというのもあるんだろうが……決して安くはないぞ!」
二人から激しいツッコミを受けてエリスは戸惑う。もっとも、デパートでの密集具合を考えれば、納得できないこともなかった。
「完全栄養食って、人気なんですね……道理で並んでまで買う人がいるわけだ」
「違ぁぁぁう! あれはね。単に安いだけだからなの! あんな糞マズいもの、できることなら食べたくないわ!」
この世界の文化の深さにエリスは感心していた。しかし、まるで完全栄養食が親の仇なんじゃないかという憎しみの籠った目で成瀬が怒りをぶちまける。慌てて久我が彼女をなだめて落ち着かせた。
「すみません、取り乱してしまって……」
「お前の気持ちも分かるから気にしなくていい」
完全栄養食を食べたことないエリスは完全に蚊帳の外といった状態でポカンと二人のやり取りを見ているだけだった。
「ああ、俺たちみたいな一般人は、高くてまともな食材が買えないんだ。当然、料理なんてするヤツもいない」
「なるほど……」
「買えるのは一部の金持ちか上層部の人間だけよ。まったく腹立たしい!」
「おい! あんまりヤツらの悪口を言うんじゃない。どこで聞いているか分からないんだぞ!」
久我が成瀬を叱りつける。もっとも、テロリストたちがアジトとして使っていた部屋だ。聞かれることはないはずだが、それほど警戒が必要ということだろう。
食事を終え、エリスは成瀬の淹れたお茶を飲みながら周囲を見回す。
(簡単なものだったけど、私も久しぶりにまともな食事だったな……)
教会にいた頃は食事こそ出ていたが、平民のエリスは残り物ばかり。話に聞いた完全栄養食よりはマシかもしれないが、お世辞にもまともな食事とは言えなかった。
自分の手料理とはいえ、まともな食事と食卓を共に囲む人たち。
(神の世界へ行くという決断は間違っていなかったね)
思わずエリスの顔から笑みが零れた。
「それで……今回の件について報告が必要なんだが、警察署に来てくれないか?」
「えっ? 嫌ですけど」
別に後ろ暗い所があるわけではないエリスだが、彼女の断罪を黙認した騎士団の詰所と同じような場所だと考えれば答えは決まっている。
「確かに高い食材を買ってたかもしれませんが、別に悪いことをしたわけじゃありませんから!」
「そういうんじゃないんだが――」
「久我先輩。ちゃんと順序立てて説明しなきゃダメじゃないですか!」
洗い物を終えて、久我からバトンタッチした成瀬がエリスに向き直る。
「今回の件、肝心のテロリストは取り逃してしまいましたが、この部屋が再び襲われる可能性がないとは言い切れません。エリスちゃんの警護も兼ねて、この部屋を私たちが買い上げて、私たちの拠点にしようと計画しているんです」
「そんなこと可能なの?」
2億円の部屋だ。エリスからすれば問題ない金額かもしれないが、トマト一つの値段も気にするような彼らに買い上げることができるとは思えない。
「テロリストは上層部も警戒していますので、お金に糸目は付けないでしょう。説得のために、エリスちゃんにご協力していただきたいのです!」
成瀬の言葉を聞いて、この話がエリス自身のためであることを理解して頷く。
「ありがとうございます。今日のところは床を掃除して帰りますね!」
「こっちの準備が来たら迎えに来るからな」
成瀬が笑顔で立ち上がり、掃除道具を取りにエリスに背を向けた。遅れて久我も立ち上がり彼女の後に続く。
「――これで、毎日おいしい食事にありつける」
背を向けたまま、成瀬は小声でつぶやきながら小さくガッツポーズをした。




