第5話 デパートは戦場――だと思っていた時が私にもありました!
「まったく、どこが『死体は片付いてる』よ! もしかして……死んで――ない?」
久我の体からは微かであるが命の鼓動が感じられた。エリスはとっさに聖女の力である『聖女の癒し』を久我に掛ける。
見る見るうちに久我の傷が塞がっていき、蒼白だった顔色が血色を取り戻していく。
「う……ここは?」
久我が薄っすらと目を開けて、横になったままエリスの方を見る。
「気が付きましたか?」
「お前さんは……さっきの……あれ?」
久我は手を自分の腹や肩に這わせた。
「傷が、無くなっている?!」
「治しましたからね!」
「治したって……いったいどうやって……これも最新技術なのか?!」
食い気味に詰め寄ってくる久我に、エリスは引き気味で訊ねる。
「それより、何で久我さんが私の部屋にいるんですか?!」
「えっ、ここはテロリストのアジトだが……ッッッ!」
久我はがばっと立ち上がって、エリスから距離を取って身構えた。
「まさか、お前さんがテロリストだったとはな……まんまと騙されるところだったぜ!」
「いやいや、私は聖女ですけど」
「言い訳は通用しない! テロリストのアジトを自分の部屋だと言った時点で明らかだ!」
エリスはため息を吐いて端末を取り出すと、不動産屋に掛けた。
『もしもし、何かありましたか?』
「えっと、家に人がいたんですけど……ちょっと代わりに説明してもらえますか?」
エリスは通話状態にしたまま、端末を久我に手渡した。
「一体何を……もしもし? あ、はい。ここがテロリストのアジトで……えっ? 長いこと空き部屋だったはず? そんなはずは……今日売ったばかり……? はい、はい……わかりました……」
端末で話をしている久我の顔色から血色が抜け落ちていき、通話を終えた頃には彼の顔は真っ青になっていた。微かに震える手で端末をエリスに返すと――。
「すみませんでしたぁぁぁ! えっと――」
「エリスよ」
「エリス様!」
「ちょっと、様は止めて!」
勢いよくフローリングの床に突っ伏して土下座した。
「ふう……そんなことはどうでもいいんですけど。この血だまりは何とかしてよ」
「わ、わかりました!」
傷は聖女の力で治せても、流れた血は戻らない。いまだに部屋の床には血だまりが広がっていた。久我が端末を取り出し、どこかに連絡をとり始める。
「久我です。いま……にいて。テロリストのアジト……。応援と清掃を……、はい……えっ……清掃は明日? 応援は待っていろと! はい……はい……」
連絡を終えると、久我は再び土下座した。
「すみませんッッッ! 清掃は明日になるようです!」
「しょうがないなぁ。じゃあ、それで頼みますよ。それより、お腹空いたな……」
エリスは据え付けの冷蔵庫を開けたが、中は空っぽだった。
「何もない……仕方ないから何か買ってこよう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! もうすぐ応援が来るはずなんだ。それまで……」
「そんなの待ってたら日が暮れちゃうよ。一人で残っていればいいでしょ?」
「ダメだ……いや……わかった、俺も付いていく! さっさと行って、さっさと戻って来るぞ!」
エリスが一人で買い物に行こうとするのを久我が止めようとする。止まる気のない彼女に、久我はヤケクソ気味に言って急かす。
二人は久我の白黒の自動車に乗り込み、食材を手に入れるためデパートへと向かった。
「調理器具とか食器はあるから、食材だけ買えばいいかな?」
意外にもキッチン周りの設備は充実していて、調理器具や食器なども専用の棚みたいなところに一枚ずつ丁寧に入っていた。食器の中に謎の棒きれまで入っていたのは驚きだ。
「言っておくが、食材は高級品だぞ?」
「そんなの知ってるって。でも、今から買うのは高級なものじゃないし」
「そうなのか……?」
みんな道を譲ってくれたおかげで猛スピードでデパートに到着したエリスは自動車から降りると店内へと向かう。
「食品売り場は1階だ。入ったらすぐ目の前だから、迷うことも無いだろう」
何を馬鹿なことを、とエリスは鼻で笑っていたが、中に入ってみると、圧倒されそうなほど広大な空間が広がっていた。
「ふあぁぁぁ。ひ、広い……王都にある教会の大聖堂ですら犬小屋に見えるわ」
「ははは、だから言っただろう。さ、時間がないんだ。さっさと買って帰るぞ!」
そう言って、久我は閑散とした食品売り場の中にある大勢の人がひしめきあっている区画へと向かう。
「ちょっと待った! そっちじゃないよ」
「えっ? 違うのか?」
「今回買うのは、パスタとトマト、玉ねぎ、にんにく。それから塩コショウだけよ」
「な、なんだと? そんな高級品を一度に! てっきり俺は完全栄養食を買うのかと……」
久我の向かっていた先を見ると、『特売、完全栄養食10食1000円!』と書かれたのぼりが立っていた。書かれている値段は、他の食材に比べると圧倒的に安かった。
「うーん、今日は普通のトマトパスタでいいかなと」
「マジかよ……あのトマトの値段やべぇだろ?!」
値段を見ると、トマトが1個5000円と完全栄養食と比べると確かに高かった。それでもエリスの端末代を考えると、明らかにインパクトに欠けるものだった。
「あんなものじゃない?」
「ノォォォォ!」
ポンポンとトマトを無造作に3個カゴに放り込むと、久我が悲痛な叫びを上げる。エリスは無視して次々と材料を放り込んでレジに向かう。
「会計金額……3万1500円んんんっっっ?!」
「ほい、タッチっと。どう? タッチするだけで支払いできるんだよ!」
「それよりも金額の方に驚けよ……」
エリスにツッコミを入れつつ、久我は肩を落とした。買い物を終えて部屋のある建物に到着すると、ちょうど久我の端末から音楽が鳴りだした。
「わりぃ、ちと電話してから行くから先に行っててくれ!」
「そんじゃ、先に食事の準備をしておくから」
鼻歌を歌いながらエリスが部屋に戻ると、居間に人相の悪い4人の男がたむろしていた。




