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第2話 新しい世界には不思議なものであふれてました!

 目の前に止まった鉄の箱の脇がバタンという音と共に開いて、中からくすんだ色のベージュのコートを羽織ったガタイのいい男が出てきた。その体格はまるでゴーレムのように見える。


「さっき爆発があったと思うんだが……大丈夫だったか? って、服がボロボロじゃないか!」

「大丈夫ですよ。服がボロボロなのは元からです。それはそうと――あなたがやったんですか?!」


 エリスは鉄の箱を指差しながら詰め寄ると、男は慌てて両手を目の前で振って否定してきた。


「いやいや、俺じゃねえって。あれは自動操縦になっていて、中に爆弾が仕掛けられていたみたいなんだ」

「そうですか……にわかには信じられませんが」

「わかった、これでどうだ!」


 男は内ポケットから手帳を取り出し、開いてエリスに突きつけた。


「えっと……宇宙警察、テロ対策課、警部補、久我弘樹くがひろきって書いてありますね」

「そうだ、俺は刑事だ。これで俺がやったんじゃないって分かってくれただろう?」


(冒険者ギルドの身分証のようなものだろうか……?)


 良く分からなかったが、エリスはとりあえず首を縦に振った。


「わかりました。その手帳が何かは分かりませんが、ひとまず信じてあげます」

「おお、そうか。嬢ちゃんも無事なようで何よりだ」


 久我は胸を撫で下ろすと、爆発した残骸を漁り始めた。


「いったい何を……?」

「ああ、証拠になるものが残っていないかと……おっ!」


 久我は残骸の奥へ手を伸ばすと、四角い板のようなものを取り出した。


「この端末、生きているみたいだな」

「端末?」

「ああ、色んな用途に使える端末で、スマホとも呼ばれてたりする。車の自動運転を制御するために接続していた改造端末のようだな」


 久我は指で端末を突いていたが、ビクッと肩を跳ねさせて顔を上げた。


「この場所は……すまねえ、行かなきゃいけない場所ができた。何かあったら、ここに連絡してくれ。じゃあな!」


 久我はエリスに紙のカードを渡すと、言いたいことだけ言って車に乗り込もうとして――立ち止まった。そして、後部座席を開けて替えのワイシャツを手に戻ってくる。


「そうそう、これでも着ておくといい。その格好じゃ流石にみすぼらしいからな」


 久我はダボダボのワイシャツをエリスに押し付ける。


「ああ、そうそう。嬢ちゃん、ここ最近物騒だから気を付けろよ!」

「物騒?」

「ああ、テロリストの動きが活発でな。さっきみたいに爆弾を仕掛けてきたりするんだ。くれぐれも一人で路地裏に行かないようにしろよ」

「わかった、気を付けるね」

「それじゃあ、元気でやれよ!」


 久我は軽く右手を挙げると、今度こそ車に乗り込んで走り去ってしまった。



「行っちゃったか……」


 エリスは車が走り去っていった先を見ながらつぶやいた。押し付けられたワイシャツを着てボタンを留めると、背の低いエリスの膝上まで裾がくる。


「うーん、貫胴衣のようで微妙だけど、贅沢は言ってられないか。ちょっと袖が長すぎるけど……」


 ボロボロの修道服よりはマシだと思って、エリスはワイシャツを着て細い路地を進んでいく。通りを進むほど喧噪が大きくなり、同時にエリスの期待も高まっていく。


「うわぁ……!」


 通りを抜けると、エリスの前に幻想的な光景が広がる。通りには車が我が物顔で走り回って、空には変わった形をしたゴーレムが荷物を抱えて飛び交っていた。通りの端を歩いている人はピシッとした服を着て、端末を手に持ったり、耳に当てて話しかけたりしている。


 建物の壁には端末の画面を大きくしたようなものが貼られていて、人の顔や商品の写真と思しきものが表示されていた。表示は次々と切り替わって、『完全栄養食』の素晴らしさを延々と訴えかけるような声を流している。


「どうしようかな……」


 エリスが周囲を見回すと、通りを歩く人たちが不躾な視線を送ってくるのがイヤでも分かる。にもかかわらず、彼らから声を掛けてくる様子は全くなかった。


 人混みに流されないように進もうとするも、あまりの人の多さに疲れてしまう。


「ふぅ……」

「ちょっと君、迷子?」


 エリスが縁石に座って休んでいると、目つきの鋭いポニーテールの女性が声を掛けてきた。


「えっと、迷子というか……今日、初めて来たので勝手が分からず……」


 その言葉を聞いた女性が不思議そうに首を傾げた。


「あれ? でも、ここしばらく列車が運休してたような……本当に外から来たの?」

「……」


 彼女の言葉から、本来なら外から人が来れない状況になっていることに気付き、エリスはしまったと感じて言葉を詰まらせる。気まずそうな雰囲気を察して、咄嗟に女性が話題を変えてくれた。


「あ、何か飲む?」


 近くのカラフルな箱の前に行き、ボタンを押して端末を当てる。ガコン、という音がして、下の扉から筒状の物を取り出した。同じことを繰り返して2本の筒を手に戻ってくる。


「紅茶とコーヒーなんだけど、どっちにする?」

「紅茶で……」


 ニッコリと微笑んで、女性はワイン色の筒を差し出してきた。エリスが触れるとひんやりとした感触が手に染みわたってくる。


「あの、お代は……?」

「気にしないでいいわ。飲み物はそれほど高くないからね」


 エリスは筒を両手で持ってジッと見つめる。どこにも蓋が付いていないため、開け方がわからない。


「あっ、もしかして飲み方が分からない? ほら、こうして――」


 女性が自分の手にある筒の飾りを立てて戻す。それだけで筒に穴が開いて飲めるようになった。


「そんな簡単な……あ、美味しい……」


 冷たい紅茶が喉の渇きに潤いを与えるのを感じて、ホッとため息を漏らした。


「美味しいでしょ? 飲み物は物価高のあおりを受けてないからね。食べ物なんか値上がりが酷くて大変なんだから」

「あっ、完全栄養食――?」

「違うから! それはクソみたいな食べ物。安くて庶民にも手が届くから、みんな食べているけど美味しいって思っている人はいないんじゃないかな?」


 エリスは、あれだけ宣伝しているのだから、それなりに良いものだと思っていたが、そういう訳でもないらしい。


「ホントに困っちゃうよね。色々と不便なことが多いし、かといって列車が止まってるから他の所にも行けないし……」


(見たところ色々と便利そうな感じだけど、こっちの人からしたら違うのかな?)


「まったく、マザーは何を考えているのかしら……」

「マザー?」

「ああ、初めて来たのならしらないのかな? マザーコンピュータっていうのが、この街の機能を制御しているのよ。都市機能の大半を掌握しているんだけど、一般市民にはアクセス権限がないから、どうなっているのか分からないのよね……」

「そうなんですね……」


 初めて聞く言葉ばかりで、エリスは適当な相槌を返すことしかできない。鬱屈した思いを吐き出して、少しだけスッキリした顔になった女性がエリスの顔をのぞき込んだ。


「さて、それはそうと……やっぱり迷子なの?」

「なんで迷子にこだわるんですか……実質、迷子みたいなものですけど」

「それは職業柄、迷子は保護しないといけないからね」


 女性はカバンから手帳を取り出すと、エリスに突きつけてきた。


「えっと……宇宙警察、テロ対策課、巡査部長、成瀬絵里なるせえりですか……でも、私はテロリストじゃありませんけど」


 久我と同じようにテロリストを追うものだと思っていたエリスは、自らがテロリストであることを否定する。それを聞いた成瀬がおかしそうに噴き出した。


「ぷっ、あははは。もちろん分かってるわよ。そういう意味じゃなくて、警察官として迷子は保護しないとってだけよ」

「そうですか。保護は結構ですが……無一文なので、とりあえず手持ちの物が売れるといいんですけど」

「質屋があるから相談してみるといい。ダイコクグループの傘下の店だし、私としてもおすすめできる」


 ダイコクグループと言われてもピンとこないエリスだったが、成瀬が太鼓判を押している店であれば安心だと思い、案内をお願いすることにした。


「ああ、空いた缶は捨ててくるから少し待ってて」


 成瀬がエリスの持っていた缶を受け取って、近くにあるごみ箱に放り込んだ。


「それじゃあ、行きましょうか」

「はい、お願いします」


 エリスは成瀬に先導してもらい質屋へと向かう。質屋のあたりはキレイだけど少しだけゴチャゴチャした感じの建物が多く建ち並んでいた。


「ここよ」

「買い取り専門ダイコクヤ?」

「そそ、ここなら何でも買い取れるはずよ」

「ありがとうございます!」

「それじゃ、頑張ってね!」


 成瀬はエリスの肩をポンと叩くと、人混みに向かって歩き去っていった。彼女を見送って店の入口の前に立つと扉が自動で開いた。


「うわ、びっくりしたなぁ。もう……あっ、ちょっと待って!」


 ――ギギ、ガギッ、ガギッ!


 驚いて立ち止まっていると扉が閉まり始める。慌てて扉を左右に押し広げようとすると、物凄い音を立てて開いていく。


「お客様、やめてください!」


 店の中から飛び出してきた店員が慌ててエリスを止めた。


「扉が閉まりそうだったから!」

「いやいや、どう見ても自動ドアですよね?! それより用があるなら、さっさと中に入ってください!」


 言い訳するエリスに店員が鋭くツッコミを入れ、店内に誘導し、手前のソファに座らせた。静かに腰かけると信じられないほどのふかふか具合に驚いてしまう。


「それでご用件は?」

「えっと、これを売りたくて……」


 向かいのソファに座った店員が用件を尋ねると、エリスは自分の指にはめていた指輪を外してテーブルの上に置いた。


 その指輪は聖女の加護を疑似的に再現した防御魔法を展開することができる。しかし、自前で聖女の加護を使えるエリスにとって、無用の長物でしかない。


「ふむ、これは……」


 指輪を手に取ってしげしげと眺める。


「素材は……銀でも金でもプラチナでもないな……玩具じゃないとは思うが……全く分からないな。一応、鑑定機に掛けてみますね」


 店員は指輪を手に持って眉を寄せて唸ると、奥に置いてある鑑定機へと向かった。


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