第13話 博物館のトイレは勝手が違いました?!
「えっと……グランドパフェと温かい紅茶で!」
「私はチョコレートパフェとホットコーヒーね」
「俺は空腹だからな……パンケーキをデュカプルで、それからアイスコーヒーを頼む」
博物館の開館時間前ということで喫茶店にやってきたエリス達は、思い思いのメニューを注文した。
「エリスちゃん、グランドパフェなんて食べきれるの?」
「それくらい食べないと糞マズ完全栄養食の味が消えないので……」
「もう3日も経っているはずだが……」
「あのマズさは3日じゃ消えないよ!」
思わずエリスは完全栄養食の味を思い出してしまい、舌を出しながら顔をしかめる。そんな彼女の様子に、二人は逮捕されたショックが癒えつつあるのを感じて微笑みを浮かべた。
「久我先輩も、今日は随分と食べるじゃないですか」
「ああ、テロリストが動くかもしれないからな」
久我のテロリストにかける情熱は非常に大きい。親の仇のような憎悪の感情があるようにも見えないし、正義感からというのも久我に関しては違うように感じられた。
「まずはグランドパフェと紅茶になります」
圧倒的重量感を持つパフェがエリスの前に置かれた。台座の付いたエリスの頭くらいある器に所狭しと色とりどりのパフェが咲き誇っていた。
しかし、今回の注文はレベルが違い過ぎた。
「何これ……」
「パンケーキだが?」
久我のパンケーキを見た瞬間、エリスは驚いてスプーンを落としてしまいそうになった。パンケーキ自体は指三本分くらいの厚さで驚くほどのものではない。しかし、それが10段重ねとなれば話は別だった。
「いやいや、これ……上の方が見えないんですけど!」
「食べるときは一段ずつ取るから問題ないぞ」
久我の背丈なら見下ろせる高さでも、小柄なエリスからしたら見上げるほど高い。当たり前のように一番上のパンケーキにフォークを突き刺し、取り皿に取ってバターと蜂蜜、生クリームを乗せて食べ始めた。
「そういう問題じゃないんだけど……んっ、美味しい!」
パフェに舌鼓を打ちながら、久我をジト目で睨む。そんなエリスの視線など気にすることなく次々とパンケーキを平らげていった。
思う存分パフェを堪能したエリスは紅茶をお代わりして余韻に浸る。久我と成瀬も飲み物をお代わりしてまったりとしていると、博物館の開館時間となった。
「それじゃあ行きましょうか」
「おおお!」
「エリスちゃん。仕事じゃないんだし、そんな気合入れなくてもいいわよ」
成瀬がエリスのやる気の高さをからかい半分でなだめる。一方、同じようにやる気が見える久我に対しては一言も言及していなかった。その扱いの違いに、エリスは納得がいかないと眉を寄せる。
博物館は落ち着いた雰囲気で、展示品もほとんど透明なガラスケースの中に収まっていた。
「それにしても、今日はやたらと警備が少なくないか?」
「うん? 気のせいじゃないの」
久我が周囲を見回して訝しむ。見る限り、1台か、せいぜい2台ほどしか警備ロボットが配置されていないように見えた。成瀬は軽く流していたが、久我は気になるのかチラチラと周囲を警戒している。
「うわっ、凄い、大きい!」
エリスの目の前には、かつて目玉となっていた展示物である人型の巨大兵器が鎮座していた。見た目は派手な装飾が施されたゴーレムのように見えるが、その大きさにエリスは圧倒されてしまう。
「ま、どうやっても動かないから置物みたいなものだけどな」
「動かせないことはないと思うんだけど……」
「物騒なこと言わないでよ。こんなの動いたら被害が尋常じゃないわよ」
成瀬の言う通り、動くだけで建物が破壊されていくと容易に想像できるほどの大きさ。流石にエリスとしても「魔力を注入したら動くかもしれない」と言う気にはなれなかった。
「でも、今回のお目当てはこっちよ!」
成瀬が指差したのは、真ん中に堂々と展示されている加護の指輪。エリスにとってはイヤというほど見覚えのある聖女の証だ。
「見た目は平凡だがなぁ」
「効果も微妙なんだけど……」
ぱっと見では使い古された飾り気のない指輪にしか見えない。久我のぼやきももっともだった。聖女の加護を使えない他の聖女ならまだしも、エリスからすれば劣化版の魔道具でしかない。
「ちょっと、そんなことないでしょ! たしかに制限はあるけど、何回でも使えるんだよ! すごくない?」
「うーん、それほどでも……襲ってきた相手が5分も大人しくしているなんてありえないし」
「そうだな。そう考えると微妙だな」
熱く語る成瀬に対してドライな久我とエリス。その温度差に成瀬が拳を震わせながら唸る。
「ぐぬぬ、二人ともロマンがないよ!」
「ロマンって……」
古代遺物が魔道具と同じだと知っているエリスから見れば、成瀬がいかに熱く語ったところで滑稽に映ってしまう。
「もうっ、これさえあれば先日みたいな爆弾テロだって平気なんだよ!」
「それはそうだけど……あっ!」
「どうかした?」
「ちょっと、トイレ行ってきます!」
ジュースを飲み過ぎた上に、博物館の中は冷房が効いていて寒いくらい。瞬く間に限界が来たエリスはトイレ向かって駆け出した。
「お、おい。大丈夫か?」
「ついて行ってあげようか?」
「大丈夫だって! 子供じゃないんだから!」
心配する二人を置き去りにして、エリスは風のように走る。博物館のトイレにたどり着くと、慌てて用を足した。
「ふぅ、危なかったぁ!」
危機を脱したエリスは流そうとボタンに指を伸ばそうとして凍り付いた。
「あれ? 何で『流す』ボタンがないの?!」
勝手の違うトイレにエリスは思わず声を上げてしまう。家のトイレのボタン操作は完璧にマスターしていたが、外でトイレを使うのは初めてのことだった。
「家のトイレも最初はひどい目にあったけど、ようやく使えるようになったってのに……これじゃ意味ないじゃない!」
パネルには銀色の大きい飾りと、その隣に赤いボタンがあり『強く押せ』と書いてある。『流す』と親切に書いてあった部屋のトイレとはえらい違いだった。
「どう見ても、ボタンはこれだけか……」
エリスは赤いボタンを思いっきり力を込めて押した。しかし、一向に流れる気配はない。
「うーん、壊れてるのかなぁ?」
何度も何度も、エリスはボタンを押し続けた。
「コラァァァ! 何やってんだ!」
突然、パネルから怒声が放たれた。




