第12話 博物館に渦巻く陰謀
――都市庁舎最上階。
「忌々しいヤツらめ……」
自らの支配するネオ・トーキョーの街を見下ろしながら、市長の相沢は吐き捨てるように言った。テロリストが大きな混乱をもたらすために、デパートに爆弾を仕掛けた。マザーコンピュータはそう分析している。
背後から聞こえたコンコンという控えめなノックの音に「入れ」と短く答えると、スーツ姿の男が市長室へと入ってきた。
「市長、警部が被疑者に対して暴行を加えたとして、逮捕されました」
「……バカな男だ。せっかく目を掛けてやったというのに」
拷問によって被疑者に自白させる。そうやって事件を解決したことで昇進してきた警部だが、もう役に立たないだろう。テロリストを排除するために、彼の強引なやり方を擁護してきたが、少し前から限界だった。
「気に入らん者どもを収容所に放り込む際には便利なヤツではあったがな」
相沢にとって気に入らない人物がいれば、警部が冤罪をでっち上げて逮捕し、相沢の指示でマザーコンピュータが有罪判決を下す。反乱分子を順調に排除してきた彼にとっては少しばかり痛手だった。
「自棄になって、洗いざらいぶちまけられるのは困るな……」
マザーコンピュータを掌握している相沢とて、人の心を完全に掌握できている訳ではない。警部の口から出た証言が聞かれれば噂になるかもしれない。いくらマザーコンピュータに否定させたところで、完全に消し去れるものではないだろう。
「先手を打って口を封じておくとしようか」
相沢はマザーコンピュータ上にある警部のデータを書き換えて、『要精神鑑定』とした。これで公式には彼の証言は妄言として扱われる。後は精神病院に放り込んでしまえば、廃人のまま一生を終えることになるだろう。
「ククク、ワシを裏切るから悪いのだよ……」
実際には警部が裏切ったわけでも、裏切ろうとしたわけでもない。しかし、長年にわたって無能と嘲られてきたせいで、彼は本質的に他人を信用することができなくなっていた。
『ワインでございます』
端末から流れる音声と共に、机の上にワイングラスが現れた。喉が渇いたことを検知したマザーコンピュータが自動的に判断して用意したもの。相沢は当然のようにグラスを手に取ってワインで喉を潤す。
「ははは、この街は素晴らしいな。ワシの思うがままだ」
相沢のために完全自動化された街。それが現在の『ネオ・トーキョー』の姿だった。
◇
「どういうことだよ! デパートの爆破テロまで失敗したって……」
副リーダーの鬼塚はリーダーの神崎に詰め寄っていた。
「言葉の通りだ、爆弾は確かに爆発した。だが地面が大きく抉れただけだ」
「勘弁してくれよ。このところ失敗続きじゃねえか!」
「仕方ないだろ。尽く邪魔が入ってるんだからよ!」
鬼塚の追及に神崎が大きくため息を吐いた。これまでも失敗が無かったわけではない。しかし、何度も妨害によって失敗するような事態は初めてだった。
「車に爆弾を積んで、市長の家に突っ込ませるのは、何で失敗したんだ?」
「途中で何者かに衝突して爆発したらしい。報告によると女に止められたらしい」
「はぁ?! バカ言ってんじゃねえよ! 女にどうやって車を止められるってんだ?!」
「そんなの俺が聞きてえよ! 何度聞き返しても同じことしか言わねえし!」
鬼塚は神崎を何度も問い詰めてみたものの、結局は『何も分からない』ということが分かっただけだった。
「そういや、例のアジトも奪われたんだろ?」
「ああ、家主と名乗るイカレた女が現れたらしい」
「追い出せばいいじゃねえか!」
強気に主張する鬼塚に対し、神崎は伏し目がちに首を横に振った。
「無理だった。そもそも銃が効かなかった」
「嘘だろ?!」
「それどころか、料理を作り始めて部下の気力を削いできた」
鬼塚は信じられないと目を丸くして神崎をにらみつけた。そんなことはお構いなしに神崎は話を続ける。
「しかもサツの仲間だったらしく、すぐに二人乱入してきたとのことだ」
「女はともかく、サツの連中くらいなら追い返せるだろうが! もしかして、女を盾にしたとか言うんじゃないだろうな?」
「それはない。女は銃撃戦の間、ずっと料理をしていたらしい。最後まで傍観者を決め込んでいたようだ」
あまりにも狂った話で、鬼塚もにわかには信じられなかった。しかし、神崎の真剣な表情を見てしまっては、何も言い返すことができなかった。
「な、なあ。それならサツくらいは追い返せたんだろ?」
「いや、無理だった。いくら銃で撃っても一瞬で治ってしまったらしい」
「バカな……どこの衛生兵上がりだよ! それじゃあ、俺たちが一方的にやられただけだったということか?」
「いや、俺たちの怪我も一瞬で治ってしまったらしい」
鬼塚は何も言うことができなかった。あまりに状況が意味不明すぎて、何から確認すればいいか分からなくなるほど疑問しかない。
「はぁ……もういいわ。それで、博物館の方は準備できてるのか?」
「ああ、問題ない。当日は警備がほとんどなくなるはずだ」
「よし、それじゃあ、博物館の襲撃は予定通り明後日行うことにするぞ」
「了解、メンバーの選出は任せた」
「おう、絶対にアレを手に入れて市長の野郎を引きずり下ろす!」
神崎は博物館のチラシに大きく描かれている人型巨大兵器に目を移した。
「リーダー! 大変です!」
「何だ?」
「警部の野郎に捕まっていた仲間が戻って来やした!」
「何だって?!」
冤罪をでっち上げて無実の人々を逮捕してきた警部だが、その中には組織のメンバーも少なからずいた。彼らは裁判を待つ間、警察の留置所に拘留されていたはずだが、全員解放されたということらしい。
「いったい、何が起きたんだ?!」
「警部に捕まった女が留置所にやってきたんですが……その日の深夜に留置所の鍵が一斉に開いたらしいんです」
「深夜に……まさか!」
神崎が市中に流した改造端末。そこには仕掛けが施されていて、アプリを実行すると特殊な電波を発信して近くにある機器を狂わせることができる。状況から考えて改造端末によるものとみて間違いない。
「もう、ワケわかんねえよ……」
神崎は進めていた計画も、現在の状況も分からなくなって頭を抱えた。
◇
「そういえば、博物館に新しい展示品が追加されたみたい」
「珍しいな。ここ最近は地球での発掘もあまり進んでいないだろ?」
「そうなんだけどね。ああ、これこれ。見た目はタダの古びた指輪なんだけど、性能が凄いらしいのよ」
目を輝かせて話す成瀬に対して、久我は少しうんざりとした様子で気のない相槌を打っていた。エリスも指輪と聞いて眉をピクリと動かす。
「確かに、古代遺物の中には凄いものもあるにはあるが……」
「博物館の展示品って、そんなに凄いんですか?」
「ああ、何の変哲もないように見えて不思議な力を発揮する古代遺物と呼ばれるものがあって、それを展示しているんだ」
「火の玉を打ち出したり、傷を治すものもあるわ。凄いでしょ?」
(火球とか回復の付与っぽいけど……)
エリスは眉を寄せて訝しむ。しかし、異世界からやってきたことを知られたくないため、冷静を装って紅茶に口を付けた。
「ま、使える回数に制限があるから、あまり実用的ではないんだけどね。でも、今回は凄いんだから!」
「そ、そうなのか?」
「そうなのよ、連続で使えないんだけど使用回数は無制限。しかも効果は絶対防御よ!」
「うん……?」
どこかで聞いたことのある効果にエリスは眉を寄せ、興味の薄い久我は首を傾げた。
「あんまり凄そうに見えないんだが」
「何を言ってるの。5分に1回という制限はあるものの、たとえミサイルを撃ち込まれたとしても平気なんですよ!」
「それはヤバい代物だな。もし、テロリストの連中に渡ったら……」
「そうですね……ははは」
想定していたよりも強力な古代遺物だと知って久我が腕を組んで考え込む。一方、エリスは乾いた笑いを浮かべながら背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。
(間違いない、それは売り払った加護の指輪……)
「成瀬は見に行きたいんだろ?」
「そうそう、テロリストが奪い取ろうとするかもしれないですし……」
「そうだな。エリスはどうする?」
「ははは……もちろん一緒に行きたいです!」
エリスの背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。当座のお金を手に入れるために売ってしまったので、エリスには関係ないこと。だが万に一つ、テロリストに渡ってエリスが売ったものだとバレたら捕まるかもしれない。
(もう二度と――あんなマズい飯は食べたくない!)
何ができるか分からないが、テロリストの目論見を阻止するため、エリスは密かに闘志を燃やした。




