第10話 セール会場は厳戒態勢です! 目玉商品はゲットします!
結局、朝になっても二人は戻ってこなかった。作ったミートローフは冷蔵庫にしまってあるので、帰ってきたら何とかして食べるだろう。
「とは言うものの……何もすることが無いんだよね」
家具はまだ届いていない。残りのミートローフは二人の分だから手が付けられない。今のエリスには、だだっ広い部屋の床で寝そべるくらいしか無かった。
「よし、デパートに行くしかないわね!」
さっそくエリスは端末を使ってタクシーを呼び出した。辺鄙なところではあるが、わずか5分ほどでタクシーがやってきた。
「今日はどちらまで?」
「デパートまでお願いします!」
タクシーを走らせること20分ほど、デパートの周りには大勢の人が集まっていて、何やら大声で叫んでいた。物々しい雰囲気に、エリスはタダならぬセールの気配を感じ取って、闘志を燃え上がらせる。
「この辺でいいかい?」
「はい」
料金を支払ってタクシーを降りたエリスは、気合を入れると人混みを掻き分けて入口へと突き進む。何とかデパートの入口にたどり着いたものの、チェーンが張られて封鎖されていた。
「入口から人が続々と出てきている……間違いない、こいつらは脱落者だ!」
エリスは人の流れに逆らって、悠然とデパートの中へと進む――。
「こらっ、危ないから入っちゃダメだ!」
「笑止、財宝を得るなら危険は避けられない!」
「ふざけてないで。ほら、外で待ってて!」
華奢なエリスは警備員によってあっさりと捕まり、外へと放り出された。
「なかなか手ごわいガーディアンだな……これは忍び込めということか」
エリスは正面突破を諦め、小柄な体を生かして外に向かう人に隠れながらデパートの中へと入っていった。
「よしよし、上手く誤魔化せた」
見つからないように物陰に隠れたエリスは周囲の様子をうかがう。ライバルと思われる人たちは大挙してデパートの外へと向かっていた。
「この勢い。相当の強者がいるに違いない」
慎重に奥へと進んでいくと、次第に人の姿はまばらになっていく。しかし、残っている人は皆、外へと向かわずに何かを探しているかのように徘徊していた。
「今回は相当なセールに違いない。気合の入り方が違う。それにゴーレムまで……」
容赦ない布陣にさすがのエリスも腰が引けそうになる。しかし、エリスにも過酷なスラムを生き抜いてきた実績がある。負けるわけにはいかなかった。
物陰に隠れながら、慎重に奥へと向かう。目的は同じ、目玉商品という特別なセール品だ。
「目玉商品って言うけど、具体的にどういうものか分からないんだよね」
商品を物色しながら奥へと進んでいく。しかし、いずれも目玉商品だと分かるような目印はなかった。
「うーん、これは厄介だな。人の数も増えているような気がするし、新たなライバルが加わっているかもしれない。うん……?」
エリスが増えていくライバルの様子を物陰からうかがっていると、ライバル同士が親し気に話をしている姿を目撃してしまう。よく見れば、二人の服装も全く同じものだった。
「これは……間違いない組織が動いているな」
エリスには組織の全貌は掴めていない。しかし、久我たちの言っていたテロリストに近い存在だと彼女の直感が告げていた。
「しかし……気分はまさに冒険者だな! スローライフも良いけど、ダンジョンに潜ってお宝を手に入れる冒険者も憧れてたんだよね!」
彼らの動きを目で追いながら、エリスはフロアを駆け上がっていく。もちろん、途中で目玉商品を探しながら。
「ここまで来ると人が少ないな」
ライバル組織も下の階から探しているらしく、一足先に7階までやってきたエリスの周囲には人の気配がほとんど無かった。掘り出し物というのは、そのような場所で見つかるもの。
「あっ、これかな?! うわっ、重たい……」
エリスはゴミ箱の中から、キレイな箱を取り出した。盗難防止のためか箱は簡単に開かないようになっているだけでなく、片手では持ち上げられないほどの重量があった。
しかし、何よりも目を引くのは、三角形の中に目という奇妙な模様が描かれていることだった。
「目……目玉……間違いない、これが目玉商品だ!」
箱を抱えながら、慎重にエリスはレジを目指す。しかし、一番近くにあったレジはもぬけの殻だった。周りに店員の気配もなく、それはエリスが手っ取り早く会計を終えられないことを意味していた。
「会計を終えてしまえば勝利なのに……」
エリスが項垂れて大きなため息を吐く。しかし、すぐに顔を上げてまっすぐ前を見据える。
「この階がダメなら……別の階に行くまで」
エリスは慎重にレジを確認しながら降りていく。しかし手ぶらだった時と違い、目玉商品という大荷物を抱えている。
思ったより機敏に動けなくなった結果、エリスはとうとうライバルに目をつけられてしまった。
「何をやっている! あっ、その箱をこっちに寄越すんだ!」
「ダメです! これは私のです!」
「何を言っているんだ! 危ないだろ!」
「私が先に手に取ったんです! 横取り禁止!」
「違って! おい、待てよ!」
目玉商品を奪い取ろうと迫ってくるライバルから、エリスは必死で逃げ出した。危うく追いつかれそうになるも、エスカレーターを7段飛ばしで降りて距離を取る。
「くそっ、追っ手のせいでレジを見て回る余裕がない――!」
「おい、待て、待てったら!」
「絶対に渡しませんからね!」
とうとう1階まで降りて後が無くなったエリスは途中で増えた追ってから必死で逃げ続ける。
「私は、負けない!」
エリスは火事場の馬鹿力によって、何とか距離を保ったまま逃げ続けていた。しかし、1階のレジを回っても店員は一人もいなかった。上の階に戻ろうか考えていたエリスの前に、久我と成瀬が立ちふさがった。
「エリスちゃん。それを捨てて、こっちに来なさい!」
その言葉を聞いたエリスは、成瀬との信頼が崩れ去る音を聞いたような気がした。
「イヤっっっ! これは絶対に渡さないから!」
「総員、あの箱を奪い取るんだ!」
男たちがエリスに迫り、目玉商品を奪い取ろうとする。エリスは抵抗して箱を抱えたまま亀のようにうずくまった。
「イヤ、イヤ、イヤァァァ!」
「警部、ダメです! 引きはがせません!」
スラムで食料を奪ってくる大人たちによって鍛えられたエリスを引きはがすのは容易なことではない。目玉商品を巡って激しい攻防を繰り広げるエリス。それを遠くから緊張の面持ちで見ていた警部はチラリと腕時計を見て、きつく目を閉じた。
「やむを得ない。時間だ、総員退避!」
引きはがそうとする男たちが尻尾を巻いて逃げ出している姿を見て、エリスは勝利を確信した。
「か、勝った……。あとはレジに持っていくだ――えっ?!」
目玉商品をレジに持っていこうと起き上がろうとした瞬間、目玉商品から激しい熱と光が放たれた。
――ドゴォォォン!
爆発した目玉商品による爆風は、エリスが抱きかかえていたことによって、ほぼ全て地面へと向かう。凄まじい勢いで地面が抉れて巨大なクレーターが出来上がった。
――ボピュッ!
最後にエリスの脇の間などから申し訳程度の火柱が上がり、目玉商品は沈黙した。当然ながら、エリスの体には傷ひとつない。
「あれ? いったい何が……ああっ!」
眩しさに目がくらんでいたエリスの視界が徐々に戻る。ようやく見えるようになったエリスが目玉商品を見て悲鳴を上げた。
そこには見るも無残なネジや金属片、ガラス片などが散乱しており、目玉商品の形は見る影もなかった。
「そ、そんなぁ……」
苦労して手に入れたはずの目玉商品が、まるで最初から無かったように粉々になってしまったことにエリスはショックを受けて四つん這いになって項垂れる。
そんな彼女の首に柔らかい感触が巻き付いてきた。振り返ると駆け寄ってきた成瀬が抱き着いているのが見える。
「もう、心配したんだからね。でも、無事でよかった!」
「私は大丈夫です。それよりも目玉商品が……」
「目玉商品? あれは爆弾だ! デパートが吹き飛ぶくらいのものだぞ?!」
「てっきりセールの目玉商品だと思ってたんだけど……」
久我はエリスの言葉に訝し気な表情を浮かべた。
「というか、何で目玉商品だと思ったんだ?」
「えっ? 箱に目玉が書かれていたからに決まってるじゃない」
何かに気付いたように久我と成瀬は神妙な顔をしながら目を合わせてうなずく。
「それって、三角形の中に目が描かれていたりとか?」
「そうそう、そんな感じの模様が描かれていたよ」
「そいつは俺たちが追っているテロリスト『断罪の瞳』のマークじゃねえか……」
「もしかして、この目玉商品はテロリストが作ったもの?」
「目玉商品じゃねえ、爆弾だって言ってるだろ! 何でエリスは平気だったんだよ!」
久我の全力のツッコミにより、改めて頑張って守り抜いたものが目玉商品でなかったという事実を突きつけられ、エリスはショックを受けて全身の力が抜けそうになった。
――ガチャリ。
エリスの体が地面にへたり込む前に、彼女の右腕に手錠がはめられた。




