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第4話

 

 凛の周りを静かな時間が流れていく。

 まるで凛だけをその場に置き去りにするかのように、時間の流れは凛を残してどこかの虚空に消えていく。それでも構わなかった。どうせこの世界には、急いでしなければならないことなんてそれほど多くはない。

 夕食の準備を始めているのか、いつの間にか階下からは物音は聞こえなくなっていた。キッチンは居間の奥に設けられているので、そこでの物音は二階の凛の部屋までは届かない。

 凛の視界に、学習机の横に置いたスクールバッグが目に止まる。紺色のくすんだバッグは、今日の英語の授業で一つの課題が出されていたことを凛に思い出させた。やってもやらなくても構わない。やっていなくても、英語の教師は何も言わない。それでも、この空虚な時間を少しでも何かで埋めたくて、凛はスクールバッグのジッパーを開け、中から英語のテキストとノートを取り出した。それらを机の上に置き、テキストに書かれた英語の問題を眺める。右手にシャーペンを持って、その問題の答えをノートに書き出していった。

 しかしすぐにその作業にも飽きて、凛はシャーペンを机の上に放り出した。無意味なことでも何も考えずにやっていれば意味を持ってくれるのではないかと浅はかな期待をしていたが、「英語の課題を解く」という行為は、少なくともそのときの凛には何の意味も与えてはくれなかった。

 テキストとノートを乱暴に閉じ、スクールバッグの中に戻す。

 その時、バッグの中に入っていた一冊の本が目に止まった。

 今日の放課後、屋上で読んでいた小説。

 高校の図書室で見つけて、タイトルに惹かれて借りた本だ。

 凛はそっとその本を掴み、バッグの中から取り出す。本の表紙に書かれた文字を、小さな声で読み上げる。

「透明な涙の音……」

 その声は、まるで凛以外の誰かが呟いた言葉であるかのように、空虚な部屋に響き、そして消えていった。

 なぜこのタイトルに惹かれたのか。うまく説明はできない。ただ、凛は図書室の本棚でこの本を目にしたときに、タイトルが気になって仕方なくなってしまった。この本が何かを凛に訴えかけているような気がしてならなかった。だからそのままその本を手に取り、図書室の司書の女性に手渡して借り出し手続きをしていた。


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