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十代の不協和音  作者: 鷺岡 拳太郎
エピローグ
24/26

第24話

 

 山科は職員室に戻ると、日常的な雑多な事務作業を処理していく。

 教職員会議の資料作り、指導計画書や各種報告書の作成、保護者面談の準備。すべき事務作業は山のようにある。それらを黙々とこなしていった。

 きりのいいところまでやり終え、机の上に置いた時計を見ると午後七時だった。山科はいつも午後八時に学校を出ることにしている。学校を出る時間を決めておかないと、延々と仕事をし続けてしまう。教師の仕事に終わりはないのだ。だから自分で終わりを作らないといけないと山科は考えていた。そして山科にとってのその「終わり」とは午後八時という時間だった。

 あと一時間くらい時間がある。

 山科はその一時間を使って、先ほどの授業で行った小テストの採点を片付けてしまおうと思った。机の脇においてあったプリントの束を手元に引き寄せる。赤ペンを右手に握り、一枚一枚機械的に採点を行っていった。

 ふと、山科の右手が止まった。

 解答が何も書かれていない白紙の解答用紙があったのだ。

 誰の解答だろうと思い、そのプリントの名前欄に視線を送る。そこには、丁寧な文字で「早川凛」と書かれていた。山科は訝しげに、眉間に小さく皺を寄せた。

 山科はその「早川凛」という名前に見覚えがなかった。

 二年一組に、そのような名前の生徒なんていない。

 隣のクラスの生徒のプリントが、何かの手違いで混ざってしまったのだろうか。

 山科は隣の二年二組の英語の授業も受け持っており、その二年二組でもその小テストを実施していた。

 でも、二年二組に「早川凛」なんて名前の生徒なんていただろうか。

 胸にもやもやとした思いを抱きながら、隣の席に座る、二年二組の担任である竹内に声を掛ける。

「すみません。竹内先生」

 竹内はパソコンのキーボードを打っていた手を止め、顔を山科の方に向けた。

「竹内先生のクラスに、『早川凛』って名前の生徒って、いましたっけ?」

「ハヤカワリン? うちのクラスに、そんな名前の生徒はいませんよ」

 竹内は山科の質問に即答する。しかしすぐに、「あれ?」と首をかしげるような仕草をした。

「ハヤカワリンという名前の生徒がうちのクラスにいないのは確かですが……でも、その名前をどこかで聞いた気がする……。どこで聞いたんだろう……」

 竹内は腕組みをして考え込む。しばらく待っても答えは返ってきそうになかったので、山科は竹内に「時間を取らせてしまって、すみません」と一言謝って、「早川凛」と書かれた白紙の解答用紙を机の引き出しに入れてから採点作業に戻った。竹内はまだ腕組みをしたまま、考え込んでいた。



 次の日の朝、山科が朝のホームルームをするために二年一組の教室に入ると、教卓の上に見慣れないノートが一冊置かれていることに気付いた。

 教卓に歩み寄り、そのノートを手に取る。

 ノートの表紙には「早川凛」と書かれていた。

 また、「早川凛」だ。

 昨日の小テストに混じっていた白紙の解答用紙のことを思い出す。山科はそのノートを目の前にかざすように持った。

「このノートを教卓に置いた者は、誰だ?」

 教室の中は水を打ったように静かになる。息が苦しくなるような不気味な沈黙が教室の中を覆っていた。山科はしばらく待ったが、生徒の中からは誰も名乗り出る者はいなかった。しかたなく山科は、持ってきた出席簿の下に重ねるようにノートを持ち替え、ホームルームを始めた。ホームルームと言っても、先日のK線の乗客からのクレームの件は片がついていたのでその日は取り立てて話すこともなかった。

 朝のホームルームを終え職員室に戻り山科が次の授業の準備をしていると、隣の席に、少し青ざめた顔をした竹内が戻ってきた。戻ってくるなり山科に話しかけてくる。

「山科先生。『早川凛』って名前の生徒のことを思い出しました」

「そうですか。何年何組の生徒ですか?」

 山科は、他の学年の生徒の一人なのだという返事を予想していた。何かの手違いか、誰かのいたずらによって二年一組の小テストや教卓の上に紛れ込んでしまったのだろう。

 だけど、竹内の口から出てきた言葉はそれらのものとは全く違っていた。

「違います。現在在籍している生徒ではありません。

 もう十年も前のことなので、山科先生がまだこの学校に赴任してくる前だから山科先生はご存知ないかもしれません。

 実は十年前、うちの学校の屋上から飛び降りて、亡くなった女子生徒がいたんです。

 その生徒の名前が、確か『早川凛』でした」

「え?」

 山科は驚きの声を上げる。竹内はそんな山科のことを気にすることもなく話を続ける。

「私も詳しくは知らないのですが、その生徒は自分の母親との関係で悩んでいて、学校でも孤立していたようです。そして遺書として、一冊のノートが彼女の机の中に残されていたらしいです」


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