第2話
翔は他の生徒からも教師からも「不良」というレッテルを貼られていた。
教室の中ではいつも一人窓際の席に座って、つまらなそうな顔で窓の外を見ていた。
「普通の生徒」の顔を必死に浮かべて何とかクラスに溶け込もうとしていた凛とは違って、翔は自分がこのクラスから浮いていることを全く気にしないようだった。学園祭などのクラス全体で取り組まなければならない行事には一切関わろうとはしなかったし、その行事の当日はいつも学校を休んで、教室の中に姿を見せることはなかった。
一人、クラスで浮いてしまうことを死ぬほど恐れていた凛とは違って、翔はクラスで一人だけ違う存在になることを恐れていないように見えた。凛はそんな翔の様子が気になった。自分も本当の意味でこの世界に居場所を見つけることができなかったから、翔のことをどこか近い存在として感じていたのかもしれない。この世界にいるはずなのにこの世界にいない。アウトサイダー。そのような雰囲気を翔はいつも身にまとっていた。
凛は同じクラスメートではあったけど、それまで翔と一度も会話を交わしたことはなかった。
ただ、一度、窓際に座っている翔が何を見ているのだろうと思って、凛もそっと彼が見ている窓の外を見てみたことがあった。そこには、誰の姿も見えないグラウンドが虚しく佇んでいるだけだった。
翔は屋上の柵の前に立つ凛を気にすること無く、そのまま近づいてくる。
凛と少し離れた位置に立って、しばらく柵の外を見ていた。凛はそんな翔の横顔を盗み見るように、黙って見ていた。翔は左手に持った小さな箱から一本のタバコを取り出す。それを口にくわえ、制服の内ポケットからライターを取り出して火をつけた。顔を歪め、まずそうな顔をしながら煙を空に向かって吐き出す。そして再び柵の外の何もない世界を見ていた。
「……お前は、ここから何を見ていたの?」
顔は柵の外に向けたまま、翔が突然口を開く。一瞬その言葉が自分に向けて発せられたのか分からなくて、凛は黙ってその横顔を見つめ続けていた。翔はタバコを右手に持ち、ゆっくりと顔を凛の方に向ける。その目は明らかに凛のことを捉えていた。そして再び、「だから、お前は、ここから何を見ていたの?」と口にした。
凛は突然の問いかけに戸惑いを感じながら、「外の世界……。この屋上の外にある世界……」と答えた。
「外の世界か……。本当にこの柵の外に、世界なんてあるのかな?」
「え?」
「……この屋上の外に本当は世界なんて存在しなくて、実は俺たちはどこかで眠っていて、悪い夢を見ているだけって、思ったことない?」
「……」
凛は何も答えなかった。何て答えればいいのか分からなかった。
屋上は沈黙と静寂が支配し、その間をすり抜けるように十一月の冷たい風が凛のスカートの裾を揺らしていた。
「結城君は何を見ていたの?」
凛は翔に尋ねる。
「……俺は何かを見に来たんじゃなくて、自分の声を聞きに来たんだよ」
「自分の声?」
「世界って、うるさいよな。……みんな自分のことばっかり喋って、他人の声なんか聞いていない」
翔はどこか遠くを見つめていた。
「世界にいると、周りがうるさすぎて自分の声が聞こえなくなる。……ここは静かだから。……だから、自分の声を聞くことができる」
「静か」という言葉を口にした翔の顔は能面のように無表情だった。だけど、なぜだったのだろう。凛にはその無表情の顔が、泣きじゃくる小さな子どもの顔のように見えた。




