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第18話

 

 目の前には閉ざされた扉があった。

 扉の上には「職員室」と印刷されたプレートが設置されている。凛が扉に設けられたガラス窓を覗くと、部屋の中は作業机が縦に三列に並んでおり、そのいくつかの机では教師たちが忙しそうに作業している。パソコンに向かって入力作業をしている者もいれば、テスト用紙の採点作業をしている者もいる。彼らの机も、そして誰もいない机も、机の上は多くの書類で溢れていて部屋全体がひどく雑然としていた。高く積まれた書類の隙間から、奥の席に座る山科の顔が見えた。

 高校に入学して二年余り経つが、凛は職員室の中に入ったことは今まで一度も無かった。「職員室」という空間は自分にとって避けるべき空間なのだという思い込みがどこかにあって、そのため自分から職員室に来たことなど一度も無かったのだ。

 扉の前に立ち、しばし途方にくれる。

 どうすればいいのだろう……。

 無断で生徒が職員室の中に入る訳にはいかない。かといって、扉を開けて、扉に一番近い席に座っている名前も知らない教師に、「失礼します。二年一組の早川といいます。山科先生に質問があって来ました。山科先生を呼んでいただけますでしょうか」と大きな声で話しかける勇気がどうしても出なかった。扉をノックしようと持ち上げた右手が固まる。そのまま回れ右をして扉の前を離れてしまいそうだった。そしてそのまま、翔のことを無かったことにして逃げ出してしまいそうだった。

 そのとき突然、凛の背中側から、「どうした? 職員室に何か用か?」という男性の野太い声が聞こえた。凛は驚き、ビクッと体を震わせながら反射的に後ろを振り返る。すぐ後ろに、見覚えのある中年の男性教師が立っていた。手にノートと教科書と、チョークを入れるための小さな箱を持っている。ついさっき凛のクラスで生物の授業を受け持っていた男だ。とっくに授業は終わっていたのだけど、何か別の用事があって職員室に戻るのが遅れたようだ。男性教師は怪訝そうな顔をして凛のことを見ていた。

「あの……。山科先生に、少しお聞きしたいことがあって……。あ、私、山科先生のクラス、二年一組の早川といいます」

 凛はしどろもどろになりながら答える。

 男性教師は「そうか」と一言口にして、凛の横をすり抜けるようにして職員室の扉を開ける。そして職員室の中をぐるりと見回し、奥の席に座っている山科の姿を見つけると、「山科先生! 二年一組の生徒が来ていますよ! 何か、山科先生に聞きたいことがあるみたいです!」と大きな声で言った。

 職員室の机で作業をしていた他の教師たちは一斉に入口に視線を送るが、自分に関係がないと分かるとすぐに興味を失って、作業に戻った。

 奥の席から山科が、ゆっくりと入口に向かって歩いてくるのが見えた。男性教師は凛のことを気に掛けることもなく、職員室に入っていく。山科とすれ違うときに小さな声で山科に何か話しかけ、そのまま自分の席に向かった。山科は凛が職員室まで来たということにどこか不審がるような顔をして凛のことを見る。それはそうだろう。今まで凛が職員室まで来たことなんて皆無だったのだから。山科はその不審そうな顔を隠すこともなく、扉の前に立ち尽くしていた凛に、「何か、私に聞きたいことがあるそうだが?」と言った。

「あ、はい……。二年一組の生徒のことで、少しお聞きしたいことがあって……」

「そうか……。

 ここに立っていると他の先生の邪魔になってしまうから、私の席で聞こう。中に入ってきなさい」

 山科は凛の返事を聞くこともなく、再び奥の自分の席に戻っていく。凛は慌ててその背中を追った。

 山科は自分の席の椅子に座ると、後ろを付いてきた凛を見上げるように顔を上げる。幸い両隣の席の主はまだ職員室には戻ってきていないのか、空いていた。他の教師たちも山科と凛のことに注意を払っている者は誰もいなかった。

「それで……。二年一組の生徒のことって、誰のことだ? その生徒に何かあったのか?」

「はい……」

 凛は口ごもる。

 どのように山科に尋ねればいいのか。少し迷ってから、翔のことをありのままに訊くしかないのだと思い、再び口を開く。

「結城君のことです……。

 昨日まで学校に来ていて、今日は来ていませんでした。結城君の使っていた机も今日無くなっていたので、どうしたのかなと思って……」

「ユウキ?」

 山科は不思議そうな表情で凛の顔を見つめる。そして信じられないような言葉が山科のその口から溢れ出た。

「ユウキって、誰のことを言っているんだ?

 そもそも二年一組には、ユウキって苗字の生徒はいないぞ」


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