第12話
凛はしばらく、翔の隣でその行列を見つめていた。
永遠に続くかと思われたその列はいつしか途切れ途切れになり、そしてついに最後の蟻が正門から吐き出されると行列は完全に途切れた。その光景は、それだけの時間が流れたということを示していた。
その間、凛も翔も一言も喋らなかった。
いつもの凛ならその沈黙すら息苦しくて、沈黙を埋めるために空っぽな言葉を並べていたのだけど、その時の凛にはその沈黙は息苦しくはなかった。逆に、沈黙は優しく自分のことを包みこんでいるような気すらした。
太陽は山の端にかかり、すでに赤黒くなった光を小さな世界にばら撒いていた。
凛はふと、翔に尋ねたいことが一つあったことを思い出す。
昨日の放課後、この同じ屋上で翔が凛に言った言葉。
「世界はうるさいよな」
その意味について凛なりに考えていたのだけど、凛には翔の言う世界の「うるささ」がよく分からなかった。逆に凛にとって世界は無音で、その中に居続けると発狂してしまいそうなくらいの静けさに包まれていた。そのような静けさの中、凛は十七年間、生き続けていた。
凛は左隣を振り返る。
翔はまだ、赤く染められた箱庭の世界を無表情で見つめていた。凛はそんな翔に声をかけていいものかどうか少し迷ってから、「あの……、結城君……」と頼りなげな口調で話しかける。翔は凛のその言葉に反応するように、ゆっくりと顔を凛の方に向ける。だけどその目はしっかりと凛のことをとらえていた。
「昨日……この屋上で結城君が私に言った言葉、覚えている?」
「……」
翔は何も答えなかった。
凛は仕方なく言葉をつなげていく。
「昨日、結城君は私に、『世界はうるさいよな』って言ったよね。
そして、『自分の声が聞こえなくなる』って言ったよね……。
その言葉が私の心に引っかかっていて。その言葉の意味を私なりにずっと考えていた。
だけど、どうしても私には分からなかった」
「……」
「ねえ……。昨日、結城君が口にした『世界はうるさい』って、どういう意味なの?」
凛が喋り終えると、その投げつけられた質問をそっと抱え込むようにして翔は視線を凛から外し、柵の外の赤い世界に戻した。そして静かに、「お前には聞こえないのか?」と呟いた。
「え? 何が……?」
「……世界の声、だよ」
「世界の声?」
「この世界では、誰もが自分のことにしか興味がなくて、自分のことだけを喋り続けている。他人を思いやるふりをして、その裏では他人を思いやるポーズをしている自分自身がかわいくてたまらない。
誰も相手の本当の姿なんて見ようとしない。本当の声なんて聞こうとしない。
逆に、友達から本当の声を聞かされると、それが重たすぎて迷惑がる。
聞き心地のいい言葉だけを話し続け、聞き心地のいい言葉だけを聞きたがる。
いつしか、その言葉が本物かどうかなんて分からなくなる。いや、もはや本物かどうかなんてどうでもよくなる。
そんな欺瞞に満ちた声がこの世界には溢れている。
そんな作り物の声が、いつの間にかこの世界そのものになっている。
こんなにもうるさい世界なのに、こんなにも意思を通じ合えない世界になってしまっている……」
翔は息をつくように言葉を区切る。
翔の静かな声は簡単に風に流され、屋上は静寂に包まれる。翔はゆっくりと凛のほうを振り向いた。その顔は、山の向こうに半ば沈みかかっている太陽の光を受けて、血のように赤かった。
「その声を聞き続けていると、俺は気が狂いそうになる。
その声はあまりにうるさくて、その声の中にいると自分の本当の声すら聞こえなくなる。本当に聞かなければならない声は、簡単にかき消される。
その声は俺の存在を飲み込み、俺の存在をすりつぶしていく。
そんな世界の声が……お前には聞こえないのか?」




