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第10話

 

「お前も、あいつらと一緒なんだろ?」

 翔は少し顔をしかめるようにして、こちらを見ていた。扉は半分ほど開いた状態で、翔と凛との間にはそれ以外に遮るものは何もなかった。凛は戸惑いながら、扉の隙間から覗く翔の顔を見つめる。翔が口にした言葉の意味がすぐには分からなかった。翔の言う「あいつら」とは一体誰のことなのか。ただ、それを確かめたくて、凛は閉じかけていた扉を押し開く。そのまま静かに、自分の体を扉の外に押し出した。

 十一月も終わろうとしている屋上の上は、冷たい風が微かに吹いていた。風が凛の髪とスカートの裾を揺らし、同じように翔の少し長めの前髪を揺らしている。

「あいつらって、誰のこと?」

 凛は翔に言葉を投げかける。翔は答えなかった。ただ黙って凛のことを見つめていた。凛は辛抱強く、翔の答えを待つ。その沈黙に根負けしたように、翔はおもむろに口を開いた。

「……俺の存在を貶める奴ら」

「貶める?」

「あいつらは、俺がこの世界に存在することを、決して許してはくれない」

「それって……どういう意味……?」

 翔の不思議な言葉は、ますます凛を混乱させる。翔はそんな凛の様子を、どこか悲しそうな目で見ていた。

「お前も感じたことはないか?

 この世界にいるはずなのに、この世界に立っているはずなのに、本当は自分はこの世界に存在していないのではないかって……」

「……」

「あるいは……今までは存在していたはずなのに、その存在が汚され、貶められ、自分でも自分の価値や存在が信じられなくなり、そしていつの間にか、自分が本当に存在しているのか、存在していないのかも曖昧で、分からなくなりそうだって……」

 翔は凛の方から視線を外し、それまで見ていた柵の外にある平凡な田舎の町並みに視線を戻す。翔の掠れた声は、風と一緒に凛の耳に届いた。

「あいつらは、俺の存在を削り取っていくんだ……」

「……」

 凛は右手で握っていた扉の取っ手を離す。

 凛の背後で、キーという小さな音を立てて扉は閉じる。屋上という切り取られた空間には、翔と凛の二人しか居なかった。凛は黙って、翔の後ろ姿を見ていた。見ながら、自分の母親のことを思い出していた。

 凛の母親は、自分の理想から外れていく凛の存在を否定し、そして凛の存在を自分の中で殺した。いつの間にか、凛は自分が本当にここに居るのか、居ないのかすら分からなくなっていた。少なくとも母親にとっては、凛は存在していないのと同じになっていた。その日々のことをただ思い出していた。

「結城君の言う『あいつら』って、結城君の存在を殺した人たちのことなの……?」

 翔はゆっくりと振り返る。

「……そうだよ」

 だけど、それ以上何も喋らなかった。翔にとっての「あいつら」とは誰のことなのか。何も言わなかった。

 クラスでいつも浮いた存在であった翔の姿が頭によぎる。きっと、翔にとっての「あいつら」とは、自分の家であり、親であり、学校であり、クラスメートであり、教師であり、そしてこの世界そのものなのだろう。翔の中では、私もその「あいつら」の中に含まれているのだろう。だって、私も、クラスで一人浮いていた翔とは全く関わろうとしてこなかったのだから。「結城翔」なんて人間はこのクラスの中に存在しないかのように、日々の学校生活を送ってきたのだから。

 だけど……。

「私は、あなたの言う『あいつら』ではない……」


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