第1話
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放課後、早川凛は誰もいない屋上で、ひとり風に当たっていた。
手には、先ほどまで読んでいた本を持っている。
本を読むのに疲れて少し休もうと思い、それで屋上の柵に持たれかかりながら屋上から見える外の世界を見るともなく見ていた。いくつかの家と、小さな工場が点在しており、その周りを低い山が取り囲んでいる。どこにでもあるような田舎の町だ。
凛はこの町で生まれ、この町で育った。
小さい頃はこの小さな世界が凛にとっての全てだった。
この小さな世界の外に別の世界が広がっているなんて信じられなかったし、この小さな世界でこれから死ぬまで生き続けるのだと漠然と思っていた。だけど幼い頃のその幻想は、もはや凛の中には存在していない。中学、高校と大人に近づくにつれ凛は外の世界の存在を知り、この小さな世界に抱いていた幻想は幻滅に変わった。この何もない小さな世界は幻想と一緒にどこかに消えていった。
屋上を風が吹き抜けていく。
十一月の風は冷たく凛の頬に突き刺さる。だけど凛はその風に構うこともなく、ただ柵の外の小さな世界を見下ろしていた。
凛はこの小さな世界を、上から見下ろすことが好きだった。
小さな世界に居るしかなかったとしても、それを上から見下ろしていれば、この世界にいる自分のことを忘れることができるような気がした。この世界の外のどこでもない場所に立っている自分を感じることができるような気がした。
凛は家や勉強や友人関係にどこか息苦しさを感じており、放課後にそれらから逃げるように屋上に来て、一人で本を読むのが習慣になっていた。
その時、突然背後から、ガチャ、という耳障りな音が聞こえた。
凛が反射的に振り返ると、屋上の中央にある出入り口の扉が開いていた。扉の取っ手を持って、一人の少年が凛のほうを向いて立っている。
誰だろう……。
どこかで見たことがある……。
凛はそんなことを考えながら、少年の、少し驚いた表情を浮かべた顔を見ていた。
少年は制服の前を開け、だらしなく着乱している。そして制服の内ポケットから何か小さな箱を取り出しながら、「ここ、俺の場所なんだけど」と軽く笑った。
それが結城翔との「出会い」だった。




