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きみの声をおぼえてる  作者: Rivi
第1章
1/6

1

朝、目が覚めた瞬間に、世界が“うるさい”って思った。

時計の針が動く音は、淡い青。

冷蔵庫のモーター音は、濁った紫。

窓の外で聞こえるトラックのバック音は、鋭い黄緑にきらめいていた。


手元で通知音が鳴った。

鈍い灰色が、目の奥でチカチカしていた。

画面には、未読のメッセージがいくつか並んでいたけど、そっと伏せる。

音も、文字も、いまは受け止めきれそうになかった。


目じゃなくて、耳が疲れる。

――いや、色に、かもしれない。


音に色が見えるなんて、たぶん信じてもらえない。

でも、わたしには見える。

ずっと、そうだった。


枕に顔をうずめる。できるだけ音を遮って、気配も気持ちも押し込めるように。

それでも、世界はわたしの中に入ってくる。


だから、今日も学校には行かない。


「休む理由なんていらないよ」って、母は言ってくれたけど――

それが逆に、しんどかった。


教室のなかは、もっと騒がしい。

笑い声も、ざわめきも、全部が鮮やかすぎて、色の洪水みたいだった。

わたしの居場所なんて、すぐに埋もれて見えなくなる。


朝食をとる気にはなれなくて、

冷蔵庫をなんとなく開けて、すぐに閉めた。

ドアの音が、グレーの煙みたいに目の前をすり抜けていった。


テーブルの上には、いつものように母の書き置きがある。

《今日も無理しなくていいよ。お昼は冷蔵庫にあるから》


母の文字は、まっすぐで、少しだけ柔らかい。

やさしい。でも、そのやさしさが、何かを問い返すように感じてしまう。


“今日も”。それは、“明日も”ってことかもしれない。


ソファに座って、イヤホンを耳に差す。無音。何も流さない。ただ、耳をふさぐためだけのもの。

それでも、音は色になって、入ってくる。


電子レンジが「ピッ」と鳴った。明るすぎる赤が、視界の奥でぱっと弾けた。

わたしの心に、ひそかに痛みが残った。


少しの静寂がほしかった。ただ、それだけなのに。


イヤホンのなかの無音に、ふと、遠い音が重なった気がした。

記憶の奥の、やさしい音。頭のなかにだけ響いた、あの日の声。


十年前。


まだ小学生だったわたしが、ひとりで泣いていた公園。

冬の午後で、遊んでいる子は誰もいなかった。

ジャングルジムの影にうずくまって、声を殺して泣いていた。


理由なんて、いまではもうはっきり思い出せない。

たぶん、誰かに何かを言われたとか、学校でうまくいかなかったとか、

そんな、些細で――でも、そのときのわたしには、大ごとだったこと。


誰にも気づかれたくなくて、でも、本当は誰かに見つけてほしかった。


そんなときだった。


「がんばって、生きてみて。」


すぐそばから聞こえたその声は、やさしくて、あたたかくて、どこまでもまぶしかった。

その瞬間、わたしの目の前に――金色の光が、ふわっとにじんだ。


その声は、触れられそうで、触れられなかった。

耳じゃなくて、もっと深いところ――心に直接、しみ込んできた。

わたしは顔をあげることもできず、ただ、涙が止まっていた。


その声だけが、世界で唯一、金色に見えた。


その日の午後。


なんとなく、外の空気が吸いたくなって、久しぶりにひとりで街に出た。

駅前の小さな通り。人混みを避けて、静かな喫茶店に入った。

なるべく奥の席に座って、カバンから文庫本を取り出す。


カップを置く音、レジで鳴る小さなベル。

空気がゆっくり流れているのが、音になって聞こえる気がした。


音のない時間をつくりたくて、イヤホンを耳に差したけれど、何も聴いていない。

ただ、外の音をシャットアウトしたいだけだった。


そして――そのとき。


後ろの席から、本のページをめくる音がした。


紙が、空気をすべるように音を立てた――「しゃり」と。


その瞬間、目の前に――

あの金色の光が、ふわっとひろがった。


本当に、同じ色だった。

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