異世界で無双しようと思ったけど、倒した敵の断末魔が悲しすぎたので諦めた俺。
俺は異世界転生者。雷に打たれて死んだ俺は、最強の力を授かり、この国へ転生した。
よくある設定だが、実際に体験することができ胸が躍りすぎて心臓が痛くなってきた俺が、「この力で無双しよう」と考えるのはおそらく普通のことだろう。
しかし、この世界の敵は、あまりにも…
リアルで、悲しかった。
「とうとう追い詰めたぞ」
「はっ、それはどうかな…いでよ、最上級魔法、シャトーワーギュ!!!!」
ギュイーン!!!
「はっはっは!!最強と豪語された『転生者』もここまでk…」
「本当にそうかな?」
迫りくる魔法を相殺し、鋭いまなざしで敵を見据える転生者。
瞬間、何よりも鋭い刃先のような殺意が、形となり敵の喉元へと突きつけられる。
「終わりだ」
くい、と指を動かす。
「くそ、ここまでか…」
ドーン!!!
「明日息子の卒業式だったのにぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!」
敵の存在によって荒れていたその地には、敵が消え去ったことにより、たくさんの桜が咲き誇った。
しかし、俺の心情は、桜のように清々しくはない。
虫を殺せない俺は、息子の卒業式を前にした者を葬り去ったあと、宿の布団にうずくまり、申し訳なさでいっぱいの心を癒そうと努力していた。
そのあとも、たくさんの敵に出会い、たくさんの敵を葬ってきた。
しかし、断末魔がどうしても悲しすぎるのだ。
やっと癒えた心で倒した敵、ズタボロの心で倒した敵。
「今日俺の誕生日いぃぃぃぃ!!!!!!!」
「もうちょっとでコンプリートだったのにぃぃぃぃ!!!!!!」
心が弱すぎる俺は、誕生日ケーキのろうそくを消す前にこの手で葬ってしまった敵や、何かをコンプリートするまえに葬ってしまった敵を思うたび、宿の布団に泣きついた。
そして、俺の心を完全に折ったのはこれだ。
「ふふ、『転生者』。お前は確かに強かった。しかし、これで終わりだ!」
「レンドボーロウ・ギヴテイク!!!!」
隙の無い膨大な魔力が、転生者の前に攻めいる。
誰もが命を諦める瞬間。
だが、『転生者』は諦観などしない。
シャッ!!
素早い音を立て、四方八方に散る魔力の塊。
彼、『転生者』の魔力形態である刀のような繊細かつ精巧な鋭さは、魔力さえも断ち切る。
「お前はいい敵だった。苦しまずに命を落とせ」
『転生者』の刃は、敵の命をそぎ落とす。
「そんな…わけが!!『転生者』なんぞに私が倒せるわ、け…」
ズバッ!!
「明後日の妻との結婚式で、ようやく、ようやく「愛してる」って伝えれるはずだったのにぃぃぃぃ!!!!!!」
ガシャーン!!
俺の心は、この瞬間、完全に砕け散った。
その後俺は宿の布団に2週間ほどうずくまり、泣きじゃくった。
泣きすぎて脱水症状が起きかけたころ、俺は涙していても何も変わらないことにようやく気付き、涙で濡れすぎてシミになった枕を弁償した後、一人で旅に出た。
そして今現在。
俺は力を一切使わない(どちらにしろ悲しくて使えない)かわりに、新しい能力を習得する権利を得た。
その能力の名は、
「復活」。
俺は大きくなった息子を散った敵に見せてやり、誕生日ケーキのろうそくを消させてやり、何かをコンプリートさせてやり、そして結婚式を開かせてやるために、前進していくのだった。
あの宿の布団と共に。