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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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5-24

 「待って!ミーシャ!!」


 リアは声にあらんかぎりの力を乗せて勇者を引き留めた。今度は迷いから生まれるか弱い声じゃない。勇者のそれを補佐する巫女としての彼女に警告を促すための声だ。


 巫女の声を聞き入れた勇者は軽やかに「それ」から脱出すると、二人が佇む後方へ引き下がった。


 「あれはなに?」


 尋常でないほどのマナの奔流だ。気付けばそれは少女がいた位置を中心に縁を描くようにらせん状に広がっており、中にいる少女ごと飲み込んでなお、その半径を少しづつ広げていた。 


 勇者の問いにクエリは半ば上の空で無理矢理言葉を絞り出すように答えた。


 「これは一体……どういうことだ……?あまりにも近すぎる。あまりにもそれに近すぎる。これは彼そのものだ。そのものだといえるほどその性質が近い」


 パリンと音を立てて大広間の氷晶が割れた。足場を失って宙をさ迷った破片は極大のマナの奔流に融解してそのらせんへと組み込まれていく。

 それと同じように大広間のイミテーションが物理的な被害に先駆けてマナの奔流を受けて崩壊し、まだ被害の無い物理領域にある天井や館そのものも、あまりに多すぎるエネルギー量に触発された導体が振動して、もう今にも崩れ去ろうとしていた。


 「クエリ、もっとわかるように言って」


 「……あれはこの世界そのものってことだよ。あれが世界を作ってる。それが純粋なエネルギーへと形を変えて、俺たちに知覚できる存在となっている。まあ、要するに莫大なエネルギーだ。その有り余るエネルギーをあの依り代に通すことによって、どうやら何事かをしでかそうとしている――」

   

 クエリは何かに裏切られたような、悲しみのこもった視線を勇者に向けると、更に言葉をつづけた。


 「ねえ、ミーシャ、ここに来た時によくわからない石の遺跡を破壊したでしょ?結構いっぱい……俺たちはあれをプネウマの悪魔が遺した儀式のための依り代だと思っていたけど、もしかしたら全く違ったのかもしれない。神の秘匿領域にある存在はたとえ君でも知覚できない。もちろんプネウマの悪魔だってそうだったはずだ。だからこんな事は本来有り得ないはずなんだ――こんな反則技、彼はどうして知り得たんだろう、神の意志以外で彼がそれを知り得た可能性はあるのだろうか」


 「そんな御託はいい。まずはこれをどうにかしなくちゃ。教えてクエリ、まず一つ。あの子を殺せばこれは収まる?」

 

 「さあ……どうだろうね。その剣の性能次第かな?その剣は高密度なマナエネルギー体であるネームドですら、何事もなかったように分解し、世界の循環へと還すことができる規格外なものだ。だがあれはそのネームドより遥かに高密度のエネルギー体だ。我々の理解を超える神々の造物であっても、それと同等かそれ以上の力を有しているあれを、これに比べたら無に等しい砂粒程度のエネルギーしか持ち合わせていないネームドたちと同じように、何事も無く世界の循環へ還せるかどうかは、神々の秘匿領域に触れることさえできない我々からすればほとんど未知数だといってもいい」


 「そう――つまりどうなるかは、あなたでもわからないってことね」


 「いやまあそうなんだけどさ、長々と説明させといてそれはないよ、ミーシャ――」


 リアは柄にもなく不安げな表情を見せるクエリに少し心配になって声を掛けた。


 「勝手にあなたがペラペラと喋ったんでしょう?」


 「あっ、リア、そう言えば君の身体はもう大丈夫なのかい?」


 「うん、ありがとう。もう平気」


 「そう……それは良かった」


 クエリは心から安堵した様にそう言葉を漏らした。

 だがどうもそれだけでは、彼のあの軽薄なしたり顔は帰っては来たりはしなさそうだ。

 

 「ねえ、クエリ君、あなたの方こそ――」


 「……もうそろそろ彼女が姿を現す。構えて」


 しかし、それ以外の手段を確かめる間も無く、ミーシャの声に連れ戻されたリアは再びマナの奔流に目を戻して、その成り行きに集中せざるを得なかった。


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