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「そう。そのことについての議論自体は盛んに行われてはいたんだけど、でも結局のところは見えないように、触れられないように神様がしたんだから実際に去っていなかったとしても去ったことと同じじゃね?ってなって語られなくなったんだよねー」
「……」
「ああ、ごめんごめん、話が逸れたね――で、そんな神様なんだけどね、簡単に言うとどうもその行方不明の神様がここの土地に眠っていたっぽくて、それが起きだしてレーたんに宿っちゃったっぽいんだよねー」
「――――……」
確かに突拍子もない話だ。
そして背徳的でもある。
どうも専門外なのか、リアはそこで話を止めると横目でちらちらとクエリに視線を送って、彼に仕事を引き継がせた。
「……まあ、理論的には無い話でもない。どうもこの地域では古来から語り継がれる“山の神”という存在がいるらしい。そして、その残滓が我々の理解を超越し得る現象を巻き起こしたのだとすれば一応説明がつく」
この世界から神は去った。しかし、その息吹は未だ、山の、海の、空の、宇宙の、生物の間を駆け抜け、常に彼らの頬に感覚を残し続けている。
「まあ、規模は違えど俺たちネームドと同じだな。俺たちネームドも彼らの力の残滓によってその働きをまだ止めていないとされているし、そもそも、この宇宙のあらゆる力の働きや物質の変化は彼らの最後の一押しから為されているとされているんだ。そして現生人類はそれらの働きを完全には解明できていない。それこそ観測問題等の理由からね――だからあのような、まるで無から何かを生み出したかのような力の脈動があったとしても、俺たちがその存在を確信する根拠にはならない」
だがそれらの感覚が必要以上に熱を持ち、出所すらわからないそれが、実際に意志を持って触れてきたらどうだろうか。
「でも少なくとも俺個人の視点からすれば、あの時感じた純粋な力の本質とも言えるものは、神以外が持ち得るとは思えないものだった――」
果たして去ったと思われたそれが、実際にこの世の中にはまだ存在して、しかも具体的な形を成すまで自らの前までやって来たとしたならば、人は一体どう振る舞えばいいのだろうか――
“彼女”がもう一度目の前に現れたのならば、一体どのような言葉を語り掛けるべきなのだろうか。
「はは、何もかもがわからんね。全く、神様ってもんは一体何を考えてるんだか……彼らは人に使命を与えた。苦しみを与えた。快楽を与えた。罪を与えた。善を与えた。悪を与えた。そして幸福を与えた――何故? 何故それを人々に平等に与えた? 何故それらを不平等に振りまく?」
神は物質に均衡を与え、そしていたずらに苦しみと快楽を配った。
不幸はその人が善か悪かに関わらず不平等に訪れる。
――それは何故か
「あの、それって今そんなに重要なことですか? 神様が何を考えてたのかとか。そんなことどうでも良くないですか? 結局は神様だって他人なんですから――そんな事より私は彼女にあの時何があったかを知りたいだけなんですけど。小難しい理屈を理解したいわけじゃないんですけど……」
“他人に関する思いで君の余生を消耗してしまうな”
人と人は隔絶している。たとえその外圧的な意志がどれほど大きなものだとしても、内なる思考は一切妨げられることはない。もしそうでないと感じるのならそれはまやかしだ。人はいつでも己の内に引きこもることができる。
「――――……はは、うん、全く本当にその通りだ。真に問うべきは物質の移り変わり、力の方向、根源の在り処だ。それらの事象にフレーバーテキストがついていようがついてなかろうが、よく考えてみれば、本当に心底どうでもいい話だ。そう考えればそれが元から仕組まれていたかどうかとか、あの旅路にはなんの意味があったのかとか、姿さえも見えないものに憶測で恨みを抱く必要も無くなる」
クエリは自らの外殻に纏わりついた、目に見えない瘴気を払うように軽く手を振った。
メイリのその弱気と強気が入り混じった論点のすり替えは、少なくとも今のクエリには有用な手段ではあるらしかった。
「まあともかく、俺たちはそのよくわかんない力によって進路を大きく変えさせられ――というかその方向自体を見失って――こうしてこの果てしない洋上でぷかぷかと浮かぶ羽目になっているのさ」
そうしてクエリはそこで話を区切ると、新しく運ばれてきた今度は赤茶色の液体に手を伸ばして、その中身をずずと啜った。
「うーん、幸福だ。もしこれが僕たちに向けた神様の性質の悪いサプライズだとしたら、俺は一生神様を恨むし、それと同時に一生感謝を捧げ続けるよ」
「……カッコつけてなんか良い感じにしようとするのやめてもらえますか? あなたはただいたずらに文章量増やしただけの戦犯ですよ? ただ意味不明のことを話し続けた意味不明な男なんですよ?」
「意味不明で上等。こんな意味不明な世界なんだから、話す言葉も意味不明になるってもんよ。意味不明だから追求する価値がある――あー、この紅茶意味不明なぐらいうめえ」
「なんなん、こいつ」
「はは、じゃあ、そろそろ次に行こうか。実は具体的な説明は全然してないからねー」
リアはまた沖へと流されそうになっている船に舫いを繋いで、強引に戻した。
少し不満そうなメイリの視線と、クエリのしてやったりと言った視線が同時にリアに注がれた。
リアはクエリが今回の集まりに、もともと後ろ向きだったことを知っていつつ、彼に話を振ってしまった自分の間違いを責めた。
「あはは……えーと、確かにあの時のレーたんたちはまだ本当の意味で世界を救うほどの力を持っていなかった。もちろん、目の前に迫る造り物の勇者達に勝てるほどの力もね――」
しかし、語る。それが彼女の仕事だった。
「だけどもうそこには在ったみたいなの、その力が――」
いつよりも終焉に近く、いつよりも幸福に近づいたあの日のことを語る。
――――…………
――……




