5-22
「はあ、話を戻しましょう。今回はレーネさんの事を知るためにあなた方を呼んだんです。関係の無い話は下水にでも流しときましょう」
「メイリちゃんは今の話本当に関係が無いと思ってる?」
流れる下水が言った。
「うるせえな、この下水……」
もちろん流れる下水は常に一定ではないが、その水路自体は常に存在している。
人はその水路に流れる下水が昨日のものであるか、今日のものであるかをすぐに判断することはできない。
これまでの話を聞いて、レーネの思惑についてうっすらと想像がつき始めた時点で、メイリもこれらの話が完全に関係の無い話だとはもうそろそろ思えなくなってきていた。
しかし、道を行き、たどり着く終点が思った以上に彼女の心を追い詰めるものだと理解するうちに、できる限りそれらの要素を遠くの方に置いておきたいと思うようになっていた。
「まあ、とにかく話を進めましょう。今エルハルト様は元気に生きていらっしゃいます。そして私たちもそのおかげでこうして楽しく暮らせています。もちろんレーネさんやあなた方も……」
メイリはここで一つ言葉を切って、本題への導入とした。
「レーネさんに何があったんです?何が彼女を真の勇者に仕立て上げたんですか?」
「おっ、さすがだねーメイちー」
リアはわざとらしく手を叩いた。
彼女の話を聞く限り、その状況で過去にエルハルトたちが生き延びるためには現実を超越するような何かが必要なのは間違いなく、それは彼女たちが言い淀むほど、突拍子もないものでなくてはならなかった。
「その通り。レーたん達があのミーシャの眼光から逃れるためにはちょっとやそっとの出来事じゃあ、まかり通らない。そして当然現実では、そのちょっとやそっと以上のことが実際に起こった――」
しかし、それは才女である彼女が苦難するほどの少々複雑なものでもあるらしかった。
「だけどねー、それを説明するのはちょっと難しいんだよねー。そもそも私たちだって全部を見てたわけじゃなくて、一部はミーちとレーたんの証言に頼るしかないところもあるし……」
「構いませんよ、そういうの慣れてるので」
だがメイリは迷わず頷いた。
メイリはエルハルトのおかげで難しい話を聞き流すスキルだけは良く鍛えられていた。
「あはは、ごめんね。でもなんていうのかなー、これはそう言う難しいとはまた違う難しさと言うかー……でもまあ、いっか、私たちも大体よくわかってないし、話半分で聞いてよ」
「はい」
「じゃあ、話すね――うーん……まずは、メイリちゃんは“山の神”って聞いたことあるかな?」
「……!」
しかし、どうやらその聞き流しスキルも、レベルが足りずにデータ処理のサイクルがまだ完全になされていないようだった。
「あ、知ってるんだ。じゃあ話は早いね――メイちも知っての通り、一般論としては神々は遠い過去にこの世を去ったと言われている。大変動以前に実際にこの地上にいた神々はある時を境に姿を消し、それ以降私たちの前に現れることはなかった――」
そう、「彼女」にはもう二度と会う事はできない。
しかし「彼女」はそれが逃れられない定めだと言った。
「なぜ彼らは不完全な我々を置いて去ったのか、果たして彼らはどこに向かったのか、この命題を人類は遥か古代から探し求めたが、未だその解を得られた人類は誰一人として存在していない――と、まあそんな感じなんだけどー、例えばさー、そもそもの前提が間違っていたとしたら?」
命題の前提……神々の黄昏。
「彼らは本当はこの世を去っていなかった?」
それは人類の夢、願望。人は皆まだ幼くその眼差しを常に希求した。




