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「うぃーす。おつかれー。君らもやっぱ気になった感じー?」
「ほら、やっぱメイメイ姉妹じゃーん。うぃすうぃす」
ミーシャとエルハルトと同じように、認識阻害の魔法を掛けていたはずの二人に話しかけて来たのは、ノリの軽い美男美女だった。ネームドの認識阻害の魔法が見破られるのは、使用者が特別に目立ってしまった時か、それなりに交流のある者と接触した時だけだ。つまり二人はメイリとメアの知り合いだった。メイリは話しかけてきた二人の顔の片方を見てあからさまに嫌そうな顔をした。
「何の用ですか。私たちはデートの真っ最中なんです。用が無いのでしたら申し訳ございませんが、全裸になってから首輪をして、馬に引かれながら町中を逆立ちでワンと三百回ぐらい言い終わるまで歩き回ってから帰ってください」
「ちょっ、それどーいう意味!?欲張りセット過ぎんだろ!?」
「ごめんねーメイリちゃんそんな邪魔しないからさー」
彼らはそういって、胡散臭そうな、金髪のやけに顔のつくりが整った色白の男は、メイリの毒舌に、その顔に似合わぬ堅実な突っ込みをいれ、そしてもう一人の少し気だるげな雰囲気を持つ褐色の肌の女は気にした風でもなく、柔らかな笑みを浮かべて、ごく自然に隣のテーブルを近づけて座った。
「あ、うち、エスプレッソでー」
「俺はどうしようかなあ………あ、じゃあこの特製にゃてあーとで」
「あっ、にゃてあーと!私も頼むか迷ってたんです!」
「やっぱメアちゃんも?絶対かわいいよねー楽しみだよねー」
「汚らわしい、うちの妹に話しかけないでいただけますでしょうか。大体なんですかその注文は。女受け狙った下心が透けて見えるんですよ。さあ、メア、今状態異常回復魔法を掛けてあげますからね」
「う、うん………」
「ひ、ひどい!!別に俺から話しかけたわけじゃないのに!」
「もー駄目じゃーんクエリっちー。もっと下半身隠して隠してー?」
「汚らわしい!―――リアさん!早くこの男を抓みだしてください。この男が出続けると作品に年齢制限掛けないといけなくなるんですよ?」
「ええ!?俺ってそんなモザイク掛けられるような存在なの!?」
クエリと呼ばれた金髪の青年は、いわれもない誹謗中傷を受けつつも、突っ込みのタイミング以外はそのにやけ面を絶やさず、リアと呼ばれた褐色の女の対面の席で、その集中砲火を甘んじて受け入れていた。なかなかに威力のあるそれらを受けて、平然としていられる彼は、相当な精神力の持ち主か、もしくはただのドMだろう。
「うーん……!メアちゃん!これ見た目だけじゃなくて味も最高だよ!」
「――――キッ」
「ひっ、ごめんなさい」
運ばれてきた可愛らしい猫の絵柄のラテアートを皆で一通り眺めて楽しんだ後、カップに口を付けたクエリがそういって、メイリに睨まれるとようやく話が本題に入った。
「やっぱあの二人全然進展なさそうだねー」
カップの中身をすすりながら、リアが遠目に窓際の席に座る少年と少女を見つめた。
「もう、じれったいなー………ミーシャも魔物を倒すときみたいにもっとこう、がっといってがっといっちゃえば良いのに――――っていたっ………なんで!?」
「あはは、クエリっちデリカシー無さすぎー。エルっちはもう敵じゃないんだよー?」
メイリがクエリに小粒程度の魔法の塊をぶつけたのは、たぶんそういう意味ではなかったがリアはメイリの心情を何となく察してそういった。
「ああ………その、ごめんなさい………」
「……ええ、こちらこそ」
「――――てかさ、あの二人何話してんだろーね?一応なんか会話はしてそうなんだけどねー………」
「さあ?なんだろうね――――あ、俺良いこと思いついちゃった!聞きたい?聞きたい?」
「うっざ………どうせ魔法で盗聴しようとか、そんなものでしょう?」
「おお!さすが玲瓏館の有能メイド長!!この大賢者たる俺に遜色ないレベルの頭脳を持っていると褒めてあげよう!」
「ああ!お姉さま落ち着いて!!ほらまだパフェ残ってますよ!!」
暗にこの男と同レベルの思考回路と言われたメイリは、妹から差し出された甘味の暴力で最後の一線を踏みとどまった。
「はあ………はあ………ふう………ありがとうメア、間違いを犯さずに済んだわ――――こほん……大賢者様、私はその意見には反対でございます。お二人は実力者でありかつ、魔法にも造詣が深いお二人ですので、当然そのような魔法、勘付かれてしまいますし、第一我が主であるエルハルト様のプライベートに関わることでございますので、そういった人間の最底辺のような、下世話な詮索はおやめください」
「――――ふうん………でもそういう割には、俺が見る限り、お二人さんも主様のプライベートが気になっっちゃったからここにいるように見えるけど?メイド長様なら主様のスケジュールは当然把握してるよね?それにそもそもその敬愛する主様をフリー素材にしちゃう人に言われてもね………」
「ッキ――――………!!」
「お姉さま!!生クリーム!チョコ!生クリーム!チョコ!」
「あはは………まーまー、クエリっちもその辺にしときなー?」
リアはそういって相変わらず気だるげな雰囲気でへらへらと笑っていたが、唐突に居住まいを改めて、雰囲気を引き締めるとメイリに向き直った。
「ねえ、メイリさん。でも一度冷静に考えてくれないかな?私たちにとってこれって重要な事……だと思わない?………ネームドは恋をしない…………私もクエリっちもメアっちもそしてきっとあなたも――――」
リアがその目じりの垂れ下がった柔和な印象の目元をメイリに向ける。だけど彼女のその瞳はその印象を吹き飛ばしてしまうほど威圧感をもって、鋭く、まさしくその眼光は多くの修羅場をくぐってきた勇者パーティの戦士、リア・グラエキアその人に相応しいものだった。
「俺はいつも全世界の女性に恋してるけどねー」
「あはは、クエリっちのはたぶんただの女好き設定じゃん。賢者は元は遊び人って大体相場が決まってるっしょ?」
そしてここまで一切そんな雰囲気を出していないが、一応このへらへらと笑うこの金髪の男もまた勇者パーティの一人、賢者クエリ・トーラスその人で間違いはなかった。
「――――恋をしない。だけど彼女だけは、ミーシャだけはどうやら違ったみたい。ねえ、私達、どうなるんだろうね、変わってしまったら。私たちは私たちのままでいられる?私たちは生きていられる?…………私たちにとってミーシャは大切な仲間なんだよ。でも彼女は今変わろうとしてる。私たちは心配なんだ彼女が。君はどうかな?主様の事、気にならない?」
「…………」
「お姉さま…………?」
「それに、私達だってきっと他人事じゃない。いつ自分が変わってしまうか。変わってしまえばどうなるのか………知っておくに越したことはない。もちろんこんな事、良くないと思う。でも彼女を一人にしておくよりずっとましだと思うんだ…………私はね。――――君はもしこのまま主様が変わってしまったらどうする?何があったかもわからず目の前から彼が去ってしまったら…………?」
リアの言葉はメイリの心の奥底の、一番柔らかい所にすっと忍び込んで、そのざらざらとした猫の舌のような感触で、それを舐めた。
「――――――………わかり、ました。良いでしょう。今回だけ特別に………その……聞き耳を立てることを許可しましょう」