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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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5-12

 「エルハルト様、お加減はいかがですか?」


 左腕とおでこ。エルハルトの負傷個所に治癒魔法を掛けていたメアが、木の幹を背に座り込むエルハルトを下から心配そうな顔で覗き込んだ。


 「ああ、もう大丈夫。ありがとうメア」


 エルハルトがそういってメアの銀色の髪をなでると、メアはたちまち硬い表情を崩して、元のほんわかとした笑顔を取り戻した。


 「えへへー」


 ちなみに負傷の原因はもちろん、今の今まで執り行われていた、「試合」にあった。


 腕の怪我はレーネの放り投げた野球ボールによって、そしておでこの怪我はレーネの手からすっぽ抜けたバットによって……つまり投打一打席ずつの勝負は、死球と三振と言う結果で勝負がついた。


 レーネの投げたボールは吸い込まれるようにエルハルトに向かってその左腕に青あざを作り、対してエルハルトの投げたボールは、三球中三球とも無駄に規則正しい軌道でストライクゾーンを通り抜け、捕手のミットに収まったが、それはそれとして、振り遅れたレーネの手からすっぽ抜けたバットは、ものの見事にこちらも吸い込まれるようにしてエルハルトに向かい、そのおでこに大きな腫れをつくった。


 戦績上はもちろんエルハルトの勝利である。しかし、その代償は決して少なくはないものだった――


 「い、痛い!!アリアさん!もっと優しく!!」


 「もう……ちょっとくらい我慢してくださいよ。あなたダンジョンボスでしょ?」

 

 迫真の叫び声とそれを宥める少しあきれたような声。


 エルハルトがうーうー唸っている声に釣られて隣を見ると、彼と同じように、「試合」の最中に受けたコラテラルダメージによって、頭に大きなたんこぶを作ったメイリと、それを治療するアリアの仲睦まじい(?)治療風景が目に映った。


 ちなみに彼女の負傷は、レーネがバッターボックスで起こした強烈な暴風に吹き飛ばされ、背後の木の幹に頭から突っ込んだ末に負ったものである。

 レーネの最後の振り遅れには決して少なくない量の魔力が込められていた。

 

 「うう……軽い気持ちでキャッチャーなんか引き受けるんじゃなかった……」


 レーネの襲来時に偶然近くに居合わせたメイリは、勝負の補佐兼立会人の為にボールを受け取るキャッチャーの任を任されていた。つまり今回に限っては完全に被害者である。

 

 「ああ、メイリさん、動かないで。少し血が出てるんですから動くとメイド服についちゃいますよ?」


 「ひっ……う、嘘っ!?血まで出てるの!?」


 「ああ、だから動かないでって……安心してください、そんな出血量は多くないので――」


 さながら野戦病院である。

 だが、病床には優秀な軍医はいても、歴戦の勇士は誰一人としていない。もしここが最前線の防衛拠点だったとするならば、その陥落は目と鼻の先にあるだろう。


 「メイリさん、やっぱり最近運動不足なんじゃないんですか?良かったらトレーニング付き合いますよ?」


 そんな情けないメイリの姿に気付いたミーシャがメイリに近づいて来て言った。

 ミーシャはメイリと同じく補佐を務め、審判の役割を負い、レーネの振るバットの風圧を同じように食らったものの、もちろん怪我を負う事も、吹き飛ばされる事さえも無かった。


 「勘弁して下さいミーシャさん。私を殺すつもりですか?あなたとのトレーニングで生き残れる人類なんて片手で数えるくらいしかいませんよ」


 「事実かもしれないけど言い回しが失礼過ぎる……」


 折角の見舞客にもあんまりな言い草をするメイリを見て、隣のアリアがあきれたように言った。


 「はは……アリアちゃん、君の言い回しもそれはそれで失礼だよ――」


 「そんな事よりもアリアさん、さっさと頭の傷治してくれません? まだ全然痛いんですけど――」


 その時ふとメイリの視線がミーシャの背中に隠れる――実際にはその背丈によって隠れ切れてはいないが――レーネを捉えた。


 「……」


 普段避けられ続けてきたメイリにとってこれは千載一遇の機会である。


 「なら自分で治してくださいよ、あなただって治癒魔法ぐらい自分で――ってメイリさん?」


 メイリは懸命に治癒魔法を掛けつづけるアリアを制しておもむろに立ち上がると、ミーシャの――正確にはレーネの――前に立って


 「そ、それはそれとしてレーネさん」


 と絶妙に言葉を詰まらせながら言った。


 「……」


 「……」


 メイリの額から血が一筋垂れた。

 その姿に何かを察したミーシャは背中に隠れるレーネを前に押し出して、メイリの対面へと向かわせた。


 「……」


 「……」


 この場にいる全員の視線がメイリに集まった。

 彼女の白い肌がいつも以上にその白さを増しているような気がした。


 「……あ、あなたもあなたですよ!?魔法使うならもっといい感じに使ってください!あなた、ボールが届いてから二秒後くらいにバット振ってましたよ!?もっと他にあるでしょ!?動体視力上げるやつとか。そういうのを使ってくれればこんな――」


 「ああ、そういえばこの人、こうして説教垂れることでしか現場でコミュニケーションを取れない老害の権化みたいな人だったなあ」


 突然キレ始めたメイリを解説する、アリアの無情すぎる的確な人物評が零れ落ちる木の葉と共に流されて、夏の日差しの中に消えた。

 どうやら彼女に足りていないのは度胸よりもその対人能力にあるようだった。 


 「だめ、それは反則」


 「基準がわからん」


 しかし、レーネもレーネで他とは一線を画すオーラをその身に纏っていた。

 あまりに普通に返してきたレーネにメイリは鼻っ柱を折られ、思わずこちらも素の声で普通過ぎるツッコミを返すことになった。


 「……」


 「……」


 またしばらくの沈黙が続いた。お見合いを続ける両者に一旦審判による物言いが入った。


 「まあまあ、メイリさん、レーネもこう言ってることだし許してやってよ」


 自分より少し高い位置にあるレーネの頭を撫でながらミーシャが言った。


 「そ、そうですね……」


 しばらくフリーズしていたメイリはその助け舟を得て、また息を吹き返したものの、しかし、その判定には少し不満があるようだった。


 「いや、どう言ってるんですか?謝罪らしい謝罪なんて一個もなかったですよ?」


 そして、騒ぎ立てるメイリがミーシャから視線を逸らすとレーネの無感情な視線とかち合った。


 「……」


 「……」


 もちろん、先に我慢できなくなったのはメイリの方だった。


 「な、何ですか、あなた!まずはごめんなさいですよね!?それくらい常識ですよ!?ミーシャさんあなた一体どういう教育しているんですか!?」


 「あはは、ごめんねメイリさん、レーネも別に悪気があるわけじゃ無いと思うんだけど……」


 「……この人、頑張ってはいるけど、それにしても絡み方が大体小学生なんだよなあ」


 アリアの冷静な解説がすべてを物語っていた。

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