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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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5-11

 窓際のカーテンが夏の終わりの、生暖かい風に吹かれてふわりと揺れた。


 時刻は昼下がりの、ようやく太陽の烈しさも落ち着いてきた頃合い。


 館は山の中にあるとは言え、季節はまだ夏の終わりである。

 窓から忍び込む夏の熱気にさらされたエルハルトはむっと顔にしわを寄せて、その余韻がまだまだ続きそうであることを実感した。


 あの日からエルハルトはできるだけ窓を開けたままにするようにしていた。


 彼の自室の温度を快適に保とうとする、最近発掘され量産され始めた科学文明の産物は、窓を閉めたままにした方がより効率が良く、またそのことはたとえ小さな幼子であっても直感的に理解し得る、普遍的な事物であったが、しかし、彼はそれでもこの酷暑の中で窓を閉めることを躊躇っていた。


 何故なら、いつこの窓枠に石が投げつけられるか分かったものではないからである。


 外から投げつけられた石がガラスに直撃し、部屋に飛び散った破片を、その鋭利な先端に気を使いつつ、えっちらおっちら片づける苦労はもう二度と味わいたくはない苦役だった。


 ここ数週間にわたり、レーネは襲撃という形でこの館を訪れた。

 ある時はかけっこ、ある時はボードゲーム、ある時は室外球技――


 レーネはいつも突然押しかけてきて、様々な競技を持ち込み、争い、時に窓枠に取り付けられたガラスを破壊しながらも、しかしそのことごとくをエルハルトに退けられていた。

 というか、防衛するエルハルトの視点としては退けたというより、自滅して去っていくレーネをただ見届けた、という表現の方が合っているのかもしれない。


 エルハルトは夏の香りが押し迫る、ぽっかりと穴を空けた自室の窓枠を眺めながら、彼女がいつものように押しかけてきて、急遽開催されることになった裏庭での野球大会を思い出した。


 あの日はちょうど昼休憩の時間帯で、メイリとメアとアリア、そして偶然居合わせたミーシャも参加する、ちょっとしたレクリエーション的なイベントとなっていた。


 勝負は互いが一イニングずつ投げ合って、どちらがバッターボックスに立つ対戦相手を上手く打ち取れるかの戦いだった。

 しかし、時間の都合上サドンデス方式で始まったこの勝負は、集まった数人の観客を湧き上がらせる間もなく、早くも一度の投げ合いで勝負がついてしまった。


 ――――…………


 ――……



「レーネ、楽しかったね!」


 思い起こす夏の日の記憶は、高いコントラストが彩る真夏日の景色だった。


 強く照り付ける太陽との対比でより濃く落ち込んだ木漏れ日の影の中、エルハルトは仲睦まじく戯れる二人の姿を見ながら、その会話にこっそりと聞き耳を立てていた。


 「むー……」


 依然勝負の行く末に納得が行っていないかのように額にしわを寄せるレーネ。

 しかし、無邪気に笑うミーシャの楽し気な雰囲気に、釣られてレーネも少しだけ口角が上がっているのをエルハルトは見逃さなかった。


 「もう、楽しいなら笑えばいいって教えてくれたのはレーネだよ?」


 「うん、だから笑ってる、ほら、にい」


 レーネは仏頂面を器用に維持したまま、唇の両端に人差し指を添えて無理矢理、にいと口角を釣り上げた。


 「ぷっ……ははは、見ただけじゃ全然わかんないよ!」


 ミーシャは少しの間レーネのその奇行に耐えて無表情を貫いていたが、ついに耐え切れなくなって噴き出した。


 「はは……そういえばあの時も正直思ったもんね、この人普段あれだけ表情わかりづらいのに、よくこの分野で人に説教できるなって」


 「むー、私は人類の中では表情豊かな方。ただ、表情筋の筋肉量が人よりちょっと劣ってるだけ」


 「ふふっ、なにそれ?じゃあ筋トレでもしてみる?そしたらさ――」


 「ぜったい、いや」


 「ふふ、確かに嫌そうな顔のレパートリーだけは多いね」


 「ふふん、そうでしょ?」


 「いや、褒めてないよ?」


 (……相変わらず気の抜ける会話だ)


 大樹を背にして座り込みながら、会話が成立してるんだがしてないんだかわかんないような益体のない彼女たちの話に、心の中で「アホの会話」という烙印を押していると、そんな視線を遮るようにして視界の端から可愛らしい銀色が飛び出してきた。


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