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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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5-10

 少年の叫びと共に大広間の冷気に殺意がこもった。

 少年から放たれた氷塊の礫がリアを襲い、更には床に這う冷気を伴った魔力も共鳴して、足下から鋭利な氷晶が彼女を貫かんと群がる。


 (でもどういうこと?ミーシャはあの時、神剣を抜いていない。あの使用人たちもネームドならば、あの程度の傷、一晩で治っていてもおかしくはないはず……)


 あの襲撃の日、確かにリアは彼女たちのマナの流れに非人間的な、ネームド特有の滞った吹き溜まりを見たはずだ。


 「なるほどねー、だからこの子たちこんなに怒ってるんだ」


 間断なく襲い来る氷塊を魔法で出現させた障壁で防ぎつつクエリが言った。


 「たぶん当たり所が悪かったんだろうねー……でもリア、わかってるよね?僕たちにとってこれは不幸じゃない。むしろ幸運な事だ」

 

 「はあ、わかってる……結局見た目は幼くともネームドはネームド……」


 少年の放つ魔力に強い敵意と、危険性を認めたリアは彼の優先順位を繰り上げた。そうやって事務的に処理をすることで、少しだけ胸の中のもやが晴れるような気がした。


 「――リア、今だ!」


 床の冷気が魔力の根源だと一瞬で見抜いたクエリが、風と炎の複合魔法で床に這う冷気を吹き飛ばすと、リアに素早く防護魔法を送り込み合図を送った。


 「――――!」


 その合図を受けて、一瞬の内に少年に距離を詰めたリアは、相対的に速度を増した氷塊たちを目にも止まらぬ斬撃で振り払いながら、少年の腹に速度を乗せた強烈な蹴りをしかと食らわせた。


 「ぐっ――かはっ……!!」


 リアの蹴りを腹部にまともに食らった少年は、肺の中の空気を絞り切られるようにして、嗚咽を漏らした。

 少年の質量の低い身体が毬のように吹っ飛び、衝撃を受けて粉々になった氷晶の中へと消える。


 「エル君……!!」


 少女の悲痛な声が大広間にこだました。


 戦とは無情なものである。どれだけ崇高な願いや信念が人々をこうして戦場に招いても、結局残されるのは破壊と殺戮に塗れたぼんやりとした泥濘だけ。

 泥に塗れ、溺れた魂はたとえどれほどの奇蹟に洗われたとしても、その痕跡が消え去ることはない。


 「さあ、君も痛い思いをしたくなければ、その杖を下ろしなさい」


 ならばその穢れができるだけ少ないうちにその魂は洗われるべきだろう。


 氷晶の瓦礫の中へと沈む少年を見届けたリアは、隣で恐怖に震える少女に鋭い視線を向けていった。


 「……」


 しかし、その厳しい視線を受けてもまだ少女は掲げた杖を下す事も無く、その涙に濡れた目線を逸らす事も無かった。


 「……強情ね。まあそれもそうか……でもごめんね、君も――」


 ネームドだから、殺さなくてはいけない。


 たとえ幼い容姿をしていたとしてもその内に秘めた力は絶大だ。こうして対面してみるとわかる。無尽蔵に取り込んだマナは閉じられた彼女の体内を循環し、永遠と落ちることの無い果実と決して朽ちぬ枝葉を与えている。


 決して尽きぬ命と、永遠と変わらぬ風貌、それは果たして生命と言えるのだろうか?


 少なくとも、勇者に力を与えた者はそれを、世の理に沿わぬもの、世に非ざるものとした。

 世に非ざるものが、世と混じり、その結果世界は毒に侵され、人とそしてあまねく命は滅びの道を歩むのだと……


 「世界は生きている者達の為にあるべきなの。私たちは死よ。停滞とよどんだ濃霧を生み出す死――」


 生きていないのなら、それは死である。死は命を取り込んで、また新たなる死を振りまく。


 「これはただの感傷的な詩劇では無いわ。事実よ。ネームドに取り込まれたマナはその体内で停滞し、生命の循環を司るマナはその流動性を失って、その結果世界は徐々に、死に蝕まれていく――」


 生命の維持や魔法、その他様々な力の源と考えられていたマナが、魂の導体であると知られるようになったのは最近のことだった。


 人や動物などの有機生命体に命を与えていると考えられている、非唯物論的な概念、魂。

 どんな物質をも通り抜け、触れることも見ることもできない、現況の生物においては概念としか説明できない存在。

 その魂の道筋を形作っているのがマナであると、創造主たちの遺した様々な痕跡は語っていた。


 「物質へと変換し、超現実的な現象を引き起こせるマナという不可視のエネルギー、それが同じように不可視の魂の導体となっていることはもちろん私たちだけでは証明することができない。だけど神々が遺した数多の痕跡を――」


 「リア!ちょっと待って!何かおかしい!――その子は人間だ!マナの流れが俺たちとは違う!」


 「なに?どういうこと……?私の目には――」


 だが魂と同じように、あらゆる物質を通り抜け、不可視とされるマナという存在をどういうわけか知覚できる者たちがいる。そういった者たちを人は魔術師と呼び、そしてその知覚方法や精度は生まれ持った才能によってその性質を異としていた。


 「いいから!とにかく早くこっちに戻って来て!小さな揺らぎは俺でも知覚できな――」


 魔術師として最高峰の力と才を持つクエリが叫ぶ。だから間違っているのはリアの方なのだろう。


 「もう言い訳は十分か?」


 ぱらぱらと割れた氷晶が崩れ落ちる中で立ち上がった少年が、不敵な笑みを浮かべる。


 少年の姿を認めたリアは思わず息を呑んだ。

 そしてそれと同時に、立っていられないほどの虚脱感が彼女を襲った。


 「ぐっ……なにを……したの……?」


 リアは無様にも膝から崩れ落ちるように床に手をついた。


 「リア!!」


 クエリの切羽詰まった怒号が大広間に響き渡った。


 「ほう……聞きたいか……?――おい!そこの男……!動くなよ、さもなくばこの女の命は――」


 「けっ、そんなのはったりに決まってる。俺たちは死なない。それは君たちが一番良く知ってるんじゃないかい?」


 (駄目だよクエリ君……いつもの君らしくない。そんなんじゃ相手に動揺が筒抜けじゃない……)


 リアはそう心の中で呟くと、彼を安心させるために表情の筋肉に力を入れようとするが上手くいかない。


 「ふっ、笑わせてくれる。決してその限りではないことは、お前たちの旅路が示しているではないか」


 「――――……」


 不死をも殺す剣。それが勇者が神から与えられた唯一の使命であり、力だった。

 しかし、それに匹敵するほどの力が、神から彼らにも与えられていたとしたら……?


 「いや、有り得ない。神の意志は最終的には一つの方角を示している。こんな真逆へと向かう対流はあり得ない。そうでなければ俺たちの旅は――」


 「――――……もう、ごちゃごちゃうるさいなあ、僕がわからない言葉でそれっぽい事言うのやめてくれないかな……こほん……とにかく――」


 少年は少女をかばうようにしてリアの前に立ち塞がり、そして床に這いつくばるようにして見上げるリアを見下ろして言った。


 「僕たちは絶対にお前たちなんかに負けない!神だかよくわかんない奴らの言う事にただ従って、滅茶苦茶に壊しまわってるお前らなんかよりも、僕たちの方が圧倒的に正しくて、圧倒的に強いんだよ!!」


 少年は少女に目配せをして、にっこりと微笑みかけると、少女はそれに応えるように晴れやかな笑みを返した――


 

 ――――…………


 ――……


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