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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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82/210

5-9

 中はだだっ広い大広間となっていた。背の高い窓から、月明りが差し込んで、青白い幻想的な色彩が周囲の空気を染め上げている。

 床を這う冷気が、部屋のいたるところから飛び出した氷晶の、波打つ脈動に合わせて蠢き、追跡者の足下からその熱を奪わんと迫った。


 「ううっ、寒っ……なんか冷蔵庫みたいだなー」


 「……最悪な感想」


 二人の吐く息が、大気に触れた先から白く染まって、狼煙のように立ち上がる。


 伽藍とした大広間の、刺すような冷気には魔力を感じるが、人の気配は無い。それは恐らくこの大広間自体が、世界から隔絶されたある種の結界になっているからであると予想された。


 「っていうか、一応確認しておくけど、まだ昼間だよね」


 クエリは間抜けな表情であごを押し上げると、天窓から差し込む月明かりを顔全体に浴びた。


 「……そのはず」


 「よく見ると月自体も有り得ないくらいでかいし。本当、これになんの意味があるんだろう?」


 「……」


 しかしそれはダンジョンにはよくある機構だった。神々の遺した、摩訶不思議な魔法技術は人類の長年の研究対象となっていながら、その欠片ほども解明はされていなかった。

 

 リアは噛み合わない歯をカチカチと震わせながら、慎重に前進を再開させた。


 彼女はその浅黒い肌が証明するように、比較的温暖な地域の生まれだった。様々な覚悟と使命を背負って彼女はその故郷を旅立ったが、この寒さが彼女に捨てたはずの故郷への未練を思い起こさせていた。


 ぎい、と音が鳴って、入って来た扉が背後で一人でに閉じた。


 「ほお、よくぞここまでたどり着いたな――」


 その声は、閉じる扉の重低音が収まってから、その静けさの中にこだました。

 リアはこのだだっ広い大広間で不思議な共鳴を起こしている、その幼く中性的な声音に自らの悪い予感が的中したことを理解した。


 「僕はこの玲瓏館当主、エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク。そして、彼女は――」


 「え……?私も名乗るの?なんで?」


 「いいから!そういう決まりなの!ていうか早くしろ。元々お前の台詞なんて用意してないんだからこれ以上長引くとテンポが悪くなるだろ」


 「う、うん、わかった……えーと……私は……えーと……レーネ……レーネ・フォン・フォーゼルブルグ……です……えと……えと――闇に飲まれよ……?」


 「うん、良くも無いが悪くも無い。及第点だ」


 荒い、氷風の渦の中から現れた二人組は、まだ年端も行かない少年と少女のような見た目だった。


 「あちゃー、やっぱりあの時の子か……折角拾った命なのに、なんともまあ気の毒な……しかも一人増えてるし……」


 隣のクエリがぼやくように言った。


 リアは彼の率直な言い草に、少しの羨望と大きな苛立ちを覚えた。


 決められたルーティンを行うだけのただの模造品ネームドが、子殺しを厭う、仮初の生物的な忌避感情をもトレースしていることにリアはいい加減うんざりしていた。


 「――ねえ!」


 リアは凍える冷気と湧き上がる鬱々とした感情に耐えながら、少年と少女を見据えて、突き放すように言った。


 「あの使用人たちはどうしたの?君たちじゃ相手にならない。さっさと彼女たちと交代しなさい」


 (そうすれば君たちを殺さずに済む――)


 リアは本当の願いを心の中だけで呟いた。

 ネームドをこの世から一人残らず抹殺するのが彼女たちの使命だったが、ここで彼らが矛を収めてさえくれれば、独自の優先順位に照らして、今だけはその願いを叶える事は可能だった。


 しかし――


 「――――……使用人たちはどうしたって……?お前たちが……お前たちがそれを言うのか……?お前が……――――お前たちがメイリを!!メアを!!あんなことにしたんだろうが!!」


 「――――……」


 どうやらやはり巫女の勘はよく当たるようだ。


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