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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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81/211

5-8

 振り上げた輝きがその声を受けてぴたりと止まる。


 「あーあ、来ちゃったかー。残念だったねー、リア」


 クエリが言った。


 「……そんなことはないわ。むしろ好都合よ」


 声とともに暗闇から地下牢の内部へと押し寄せたいくつもの氷塊を、リアは抜き放った二本の曲刀で軽くいなすと、その魔力でできた手りゅう弾を投げ込んだ犯人を追って独房の鉄柵ごと切り裂き、廊下に躍り出た。


 「クエリ君、通路東側の奥、曲がり角」


 「あいよ」


 弱い。この程度の力では勇者を足止めすることさえ叶わないだろう。

 氷塊が止んだタイミングでクエリが独房を飛び出して雷撃を解き放ち、暗闇に逃れようとした襲撃者を閃光が捉えた。


 が――


 「……!!――驚いたね。攻撃魔法はへっぽこだったけど、なかなかどうして、それに比べたらこの防護魔法プロテクションは国宝級だ!」


 襲撃者を捉えたかに思われた強烈な白い閃光は、薄い青白い障壁に遮られてその内側へと届くことはなかった。

 地下に反響する慌ただしい足音だけを残して、襲撃者の背中は地下牢の曲がり角へと消えた。


 「油断しすぎだよ、二人とも――」


 勇者は宝剣を上段に構えたまま、周囲を警戒するように目線を巡らせ、二人に次なる指示を送った。


 「足音からして襲撃者は二人。私たちの来た階段と同じ階段を使って上に向かった。私はこの老人を見張っておくから、二人はあの逃げた二人を追って。戦力は十分でしょ?」


 「ああ、十分すぎだよお姫様」


 「……了解」


 ミーシャの指示を素直に聞き入れた二人は地下牢の石畳を蹴り上げて、曲がり角に消えた二人の背中を追った。


 ミーシャの指示は的確だった。

 奇襲に失敗した襲撃者の二人組は、それ以上の攻撃を諦めて、逃げるように上階へ向かった。

 しかし、状況を考えれば逃げた二人は恐らく陽動だろう。陽動とわかっていて、戦力を割くのは本来は躊躇すべき行動だ。しかし、彼女としてはそれが一番の近道だった。


 彼女は最強だ。きっと彼女にどれほどの困難が迫ろうと、彼女が負けることはあり得ない。それは即ち、彼女に敵対した者達の敗北は定められた必然という事である。


 リアたちの役割はその敗北をいかに素早く彼らに背負わせられるか、それだけのものだった。

 ミーシャにとってはリアたちの勝敗如何よりも、むしろ相手の策に乗って、相手の土俵へと自ら上り出た方が、上手く行く確率は高いと言えた。


 「どうしたんだい?リア、そんな浮かない顔をして」


 館の廊下を駆け抜けながらクエリが横目でリアの顔を覗き込んで言った。


 「なんかこうちょっとね……嫌な予感がするというか……まあ、はは……気にしないで」


 リアは彼の軽薄そうな顔に、無理矢理笑みを浮かべて返した。

 出会った頃は露ほどにも思えなかったが、こうして少なくない時間を彼と共に過ごしていると、嫌でも彼の中に隠された、面倒見の良さや、そのごてごてと装飾された遠回しの言葉の中にある、ほんのわずかな優しさに気付かされるのだ。


 「そっかー、ていうかリアの勘って結構良く当たるよね?これも巫女パワーってやつ?」


 「うーん、どうだろう?これは関係ないようなそうじゃないようなー……はは……まあこれも気にしないで。実家でも結構そういうとこなあなあだったから」


 「へえ、そう……まあ、どうでもいいんだけどさ――一つ聞いていい?」


 「なに?」


 「喋り方、そっちの方が可愛いよ。ていうかさ、何でいっつも無理してんの?そっちの方が素でしょ?」


 「なっ……!――――……こほん、まあ私にもいろいろ事情があるのよ。君こそ、少し外面というのを意識した方が良いのではないかしら?その方が女の子にはモテるわよ」


 「えー?嫌だよ。俺はありのままの俺を愛して欲しいのー」


 「はは……ありのままのクエリ君を愛してくれる娘なんて世界中探したってどこにもいないよね」   


 「え?それちょっと普通に酷くない?」


 リアは場に似つかわしくないクエリとの他愛もない会話を通じて、不思議と集中力が高まっていくのを感じた。

 どうやら肩に力が入り過ぎていたようだ。


 リアの耳に、追う二人組の覚悟を決めたような静けさが入り込んだ。


 「そんなことよりクエリ君、ほら――彼ら、逃げ続けるつもりはないみたいだね。意外にもこっちが本命だったかな……?やるね、彼らも……まあ、私たちを倒したとしても、別に状況は変わんないんだけどさ」


 逃げる彼らを追って行きついたのは、薄暗い、一本道の長い廊下だった。奥の方に巨大で荘厳な装飾に彩られた扉が見える。


 二人はやけに毛足の長い、くすんで赤黒く変色した絨毯を踏みしめながら、廊下の先の大きな扉の前へと進んだ。


 「うーん、まさにボス部屋って感じだ。ダンジョンでよくある奴だね。どうするリア?念のためミーシャを呼んどく?」


 「いいえ、私たちだけで行こう。もし陽動ならば、追手が部屋に入るまで別動隊が動かない手はずになっているかもしれない」


 そういうとリアは、無駄に巨大な両開きの扉に片手を乗せると、そのまま力を入れて押し広げていった。


 クエリも頷いて、神秘的な冷気を吐き出す大扉の、その先に潜む何者かに警戒しつつ、リアがこじ開けたその隙間をたどって、彼女に引き続きその中へと身体を忍び込ませた。


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