5-6
「久しぶりだねーメイリちゃん、また会えて嬉しいよお。ここ三年間くらい全っ然連絡くれなかったからさあ、お兄さん嫌われちゃったかと思ったんだからねっ」
ここはカフェ「サギュリティア」。創業三年目にして村民の評価は上々。幾人かの常連を囲い込み、時代に取り残されたこの街並みの中でもすっかり馴染みの店となったカフェ「サギュリティア」は、もちろんメイド姉妹や勇者一行達にとっても憩いの地であり、また様々な出来事から多くの思い出が紡がれた因縁の地でもあった。
ちなみに名物は猫の絵柄を模したラテアート、通称「にゃてあーと」。
「いや、一億と二千年くらい前から普通に嫌ってましたけどね。あと、そもそもあなた何でここにいるんですか。私、呼んでないんですけど、誤発注なんですけど、返品したいんですけど、返金の後、更に慰謝料までもらいたいんですけど、ていうか返品も面倒くさいので今ここで処分していいですか」
「あっはは、相変わらず手厳しいね、メイリちゃんはー」
メイリの出会い頭の手痛いジャブをまともに食らった金髪男――クエリはそれでもなお軽薄そうに笑ってカフェ「サギュリティア」の名物「にゃてあーと」を啜った。
「まー、まー、メイち落ち着いてー、クエリっちもさー久しぶりの出番だからさーちょっと浮足立ってるんだよねー。まー、かく言う私もー?結構浮かれてるんだけどねー」
彼の隣に座る、相変わらず眠そうなたれ目をした女――リアが、その褐色のすらりとした指先でばっちりギャルピースを決めて「いえー」とやる気のなさそうな声で言った。
「何言ってるんですか、リアさん、あなたはちょくちょく出てきてはいるでしょう?」
「ミーちの添え物としてねー、でもあれ、全カットなんよなー、スピンオフとかあったらワンチャンあると思うんだけどなー」
「あ、あのさ、二人とも俺を置いて別の次元行かないでくれる?っていうか俺、その話全然知らないんだけど、もしかしてナチュラルにハブられてる?」
「クエリっちー?知ってるー?モザイク処理とか、ノイズ音声の処理とかって、結構大変なんだよ?」
「ええ゛っ!?それどういう意味!?」
「リアさん、この歩く放送事故は放っておいて、本題に入りましょう――――……今回私がお聞きしたいのは事前にお伝えした通り、レーネさんについてです」
「ああ、これ、このまま流されるやつだ……」
メイリは努めて冷静を装って、本題を切り出した。
自分の弱みを見せたくないというより、ある種の負い目のようなものが彼女の中にあった。
メイリは主人との対談の後、しばらくの間彼女について散々思考を巡らせてはみたものの、最終的には行き詰って、リアたちをこのカフェ「サギュリティア」に呼び出すことになった。
「確かに本人の意向を無視して彼女の過去を探るような真似はとても褒められたものではないのは承知しております。ですがあなた方もご存じのように当館においては彼女の来訪――もっと正確な表現をするならば襲撃――によって、様々な対物的な損害および主人や他使用人への物理および精神的な被害が相次いで発生しております、つきましては――」
そして、メイリがうかうかしている間にその被害が無視できないほど積み重なってきていることもまた事実ではあった。
「あー、わかった、わかったからもういいよーその辺で。大体何が起こったかは知ってるから……えーと、ごめんねー、あの娘ちょっと不器用だからさー」
リアは両手を挙げて全面的に彼女の非を認めた後にメイリのつらつらと並べ立てる建前を途中で遮った。
「えーとー、ちなみに本人から何らかの説明は……」
「されてる訳ないじゃないですか。だからあなたたち保護者をわざわざ呼び出したんですよ。それに――」
メイリはあの、目を合わせた瞬間その姿が消えてなくなる、彼女が引き起こすある種超常的ともいえる現象を思い浮かべた。
「私はレーネさんにその……あまり好かれてはいないようですので……」
「あー……そういう感じねー……」
メイリが袋小路に行き会っている単純な原因。それは彼女についての情報の不足だった。
彼女本人とは話し合いはおろか、目すらも合わせてくれない状態だし、その他の情報源――つまりエルハルトとミーシャのことだが――から情報を得ようとするのも、然る事情によって、メイリとしてはなんとなく憚られた。
「だから、その……問題解決のため、どうか私に力を貸してはいただけないでしょうか」
「あはは……あー、うん。いいよー、もちろん何でも聞いてー。元はと言えばあの娘が悪いからねー。直接的な被害が出てるんなら尚更ねー」
「……ありがとうございます。でもその前に最近のレーネさんの動向について、あなた方の意見を聞かせていただいてよろしいでしょうか。所詮私は部外者です。もしあなた方に考えがあるのなら私が余計な事をする必要もありませんから――」
しかし、メイリの話をアイスコーヒーのカップに刺されたストローを噛みながら、やる気なさそうに聞いていたリアはメイリの質問にすぐには答えず、別の答えを返した。
「……なんか、メイちって意外と真面目だよねー」
「……何言ってるんですか。私はいつも真面目ですよ。連続ログイン日数とか途切れさせたこと無いんですから」
「そう言うとこだよねー」
夏らしく、黒のノースリーブニットの私服で大人っぽく決めたメイリの内面が、本当のところは幼く、少女然とした垢ぬけない心象を保っていることを知っているリアは改めて彼女に愛らしさを感じて、柔らかい微笑みを見せた。
(ふふ、いつもこうならエル君だって、あなたのことを意識せざるを得ないのに……)
「……何ですか。別に人を笑いものにするのは自由ですけど、質問にはさっさと答えてくれませんか」
「ああ、ごめんごめん。別に笑いものになんかしてる訳じゃないよー。ただ、可愛いなあ、この娘って思って」
「やっぱ、馬鹿にしてるじゃないですか」
「そんなことないよー?」
リアは少し不満そうなメイリの無表情に、にへらと笑って返すといい加減質問に答えることにした。
「ええと、最近のレーネについてだよね? うーん、普通ではない……し、もしかしたらあの娘は間違った方向に進もうとしているかもしれない……でも私たちはそれでも、あの娘の自由にさせたい……そんな感じかなー?」
「なるほど」
「うーん?意外そうだねーメイちー」
「いえ……まあ……」
隣からクエリが口を挟んだ。
「可愛い娘には旅をさせろってねー。まあ、もう旅に出ることはできないんだけど」
「うるせえな、父親面すんなよ、遊び人風情が」
「うっ……なんか意外と傷つくなあ……女遊びやめようかな……って、何で俺怒られてるの? 意見求められたから答えただけだよね?」
「まあ、そういう事だよねー、だけどね――」
「ねえ、本当に俺この場に存在してる? なんか返答が半々ぐらいの確率でしか返ってこないんだけど」
クエリ量子論。
「……もうあの子は十分すぎるほど旅をしたんだよ。だから周りが思ってるほど子供でもないっていうかー?」
クエリの存在が確定されたその裏で、リアは目の前を流れる非情な現実と、絶対なる法則について吶々と語った。
「ほら、背だってもう私より高いんだよ?」
リアは自分の頭の上に手のひらを持ってくると、頭と水平にして拳一個分ほどの高さで留めながら、「こんくらーい?」と言った。
「不思議だよね……あの娘が大きくなるたびに、喜びより寂しさの方が上回る。ああ、いつかは終わりが来るんだなって……」
「リアさん……」
「でも、終わりがあるからこそ、私たちがあの娘の障害であってはいけない――はは、私もなーんで母親面してそんなこと言ってるんだろうね。本当は自分の決断に自信が持てないだけなのに……」
「……」
結局メイリはリアの複雑すぎるその心情に、それ以上踏み込む勇気が持てなかった。
それほどにそれは深淵で、たとえこの場でメイリが覚悟を持って、その果てしなく続く縦穴に挑んだとしても、そこで見つけたいくつかの碑文が彼女の真実を示すすべてになり得るとは到底思えなかった。
今のメイリが知り得るのは、ただ彼女がレーネを愛していることだけは確かであるという事のみである。
「ねえ、メイちー、知りたいんでしょ?レーたんのこと」
深淵の入り口に招いた本人は、そんな暗く淀んだ空気の中で我知らずといった調子で再び会話を再開させた。
「レーたん……?」
「ちょっとね、語呂が悪かったからねー、レンチンみたいで」
「……そうですか――まあ、はい。仕事ですので……」
「ふふ、素直じゃないなー……まあ、いいや」
だから、メイリにとってはその一撃は完全な不意打ちとなった。
深淵の入り口に立つメイリに背後から近づいたリアは何でもないことのように言った。
「レーたんはね、人間とネームドのハーフなの――ああ、それは知ってる?……で、父親がネームドなんだけどね……その父親をね私たちが――――殺したの」
「……え?」
背後のリアはメイリの背中をとんと叩いてその深淵へと突き落とした。
「それ喫茶店でする話ー?」
クエリが心底面白くなさそうな声で言った。
「ね?エル君が話したくない理由わかったでしょ?」
その口ぶりからすると、このことはエルハルトも知っていたのだろう。
深淵の底へと迫るその浮遊感で、メイリはしばらく言葉を失った。
「――――それが、今回の件に関係していると……?」
ようやく言葉を取り戻したメイリは、もうここが自力では這い上がることができないほどの深淵の底であることに気付いた。
「うーん、どうだろうねー、関係あるといえば関係あるとは思うけど、まあ物事は因果、つまり原因と結果の積み重ねだからねー、とりあえず話しておいた方がいいでしょ?大きな原因があれば、結果も自ずと大きくなるし、余波で色んな原因の元となるからね」
「……」
「で、関係あるかも繋がりでなんだけど、ちょっとした私たちの、面白くない昔話を聞いてもらいたいんだー」
「昔話――ですか……」
隣でカップをすするクエリの手が止まり、眉がほんの少し釣りあがった。どうやら彼女の言う面白くない昔話という触れ込みは、ある程度は本当であるらしかった。
メイリは少し躊躇したのちに、首を縦に振った。もう後戻りできないことは知っていた。
彼女の脳裏に先日の安楽椅子に座る主人の、しかめ面がよぎった。
「……はい。私もようやく最近になって、面白くない話も我慢して聞けるくらいには大人になったと自負してますので」
「ふふ、そっかー、やっぱり残酷だね。時の流れって言うのは」
「そう、ですね……」
人は氷塊が時と共に水へと姿を変える姿から、物質と時間の不可逆的な方向性とそれに伴う法則を見出した。
時間を持たない彼女たちも、いや、時間がまやかしであると証明されたこの世界であっても、個人の主観、および現実的な体感からすればその法則からは逃れられない。
熱の移り変わる様子と同じように、彼女たちの記憶と主観が、生物的な時間という概念に囚われているのであれば、例えそれがどれほど堅牢な檻の中にあり、そしてそれがどれほど膨大な情報量だったとしても、この世界の法則に照らすのならばいずれそれは溶け出して、無秩序的な振る舞いをしたとしても不思議ではないのかもしれない。
「――彼を殺したのは、私たちがこの地を訪れる前だった」
リアは溶け出した過去から、粛々とそれらを掬って盆を満たしていった。
「そもそも、私たちがこの地にたどり着いた原因こそ彼だったの。彼は私たちに封印される直前に痕跡を残した。その痕跡は儀式的な要素を伴った魔力の渦で、その痕跡はとある辺境の古城を指し示していた。幸いなことに、まだその儀式は成立していなかった。私たちは彼の死をトリガーとした、儀式の起動を阻止するために、その痕跡が指し示す地、フォーゼルクへと急いだ。もちろん罠である可能性は高かった。だけど、その儀式がもし、人類に危害を加えるようなものなら、私たちは放っておくことなんてできない」
満たされた盆に映るのは赤茶色の錆びた記憶。
「そしてフォーゼルクにたどり着いた私たちはその儀式の痕跡や関わりのありそうなものを片っ端から破壊していった――」
「あの、少しいいですか……もしかして私たちって、それに巻き込まれた感じです?」
淡々と往復を繰り返すリアに気後れはしたものの、それはメイリにとってどうしても確認しなければいけないことだった。
「ふふっ」
弁解や釈明を全て諦めたようなその微笑みにメイリは全てを理解した。
「はあ、そうですか……私たちはついでみたいな感じで、あんな……」
「ごめんねー、メイリちゃん。俺たちも仕事だからさー、不安要素は真っ先に排除したいのねー」
「うるせえよ、このゲス野郎、慰謝料払えや、このゲス!」
しかしながら全ては流れ去った過去のことである。少なくとも被害者の代表である彼女の主がそれらを氷河の中に閉じ込めてそれを良しとしているのならば、彼女にそれ以上追求する権利はなかった。
「はは……ごめんね……」
「いえ、もう何年も前のことですから時効でしょう。長い時間を掛けて構築してきた今の関係を個人の感情で台無しにしてしまうほど、私は愚かではありません」
「ありがとう、メイち」
そう言ってリアは再び溶け出した過去を掬い続ける作業に戻っていった。
帰っていくリアの表情にメイリは彼女の作業を中断させた自らの振る舞いを少しだけ後悔した。
「でも、メイちも知ってる通り、この山では上手くいかないことだらけだった。襲撃したネームドには逃げられるし、真夏なのに唐突に襲って来た寒波は辺り一帯を氷の世界にしちゃうしで散々だった。確かに幾たびの破壊を繰り返して儀式の気配は完全に途絶えた。だけど、異常気象による村の異様な雰囲気と、逃げたネームド達の行方がどうしても気になった私たちは、捕らえたネームドの一人を人質として、彼らの本拠地である館に立てこもり、彼らが人質におびき寄せられるのを待ちながら、数週間程の逗留をすることになった――」
――――…………
――……




