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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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5-5

 「お前も知っている通り、レーネはフォーゼルクの盟主、フォーゼルブルグ家の子孫で、僕たちとは同郷だ。だけど、同郷とは言え、僕たちのいる玲瓏館と、彼女が住むフォーゼルブルグ城とはそれなりの距離も離れているし、接点も無かった。もちろん僕たちの方からも彼らと接触することはなかった。ネームドがいずれかの組織と過度な接触を行う事は基本的に避けるべきだ。結託していると思われると地域住民からの視線が厳しくなるからな……だが、とある事件をきっかけに僕たちは出会った……なあ、メイリ、お前は憶えていないかもしれないけど、その時にお前も彼女と会っているはずなんだ」


 「え?そう、だったんですか……?全く記憶にない……」


 「うーん……まあ、仕方の無いことではあるけどな……あの時はお前も大変だったはずだから――」


 「あの時――」


 「ああ、あの時――今から数えて、大体五百年前のことだ」


 「――――……五百年前……そう、ですか……だから私は……」


 思い出したくもない、忌まわしい記憶。


 「ああ、そうだ。五百年前……ミーシャたち勇者一行がこのフォーゼルクの地に侵攻してきた時だ。お前たち姉妹は僕をかばって、傷を負い、落ち延びた隠れ家で病に臥した……」


 「…………」


 荒れ狂う吹雪と、全てを焼き尽くさんとする灼熱の記憶。


 「お前が気に病むことじゃない。彼女たちが強すぎたんだ。ミーシャ達の強襲に僕たちは為す術はなかった。じいやは半封印の憂き目に合い、命からがらじいやを見捨てて逃げ伸びた僕たちも、山奥にある創造主(母上)の遺した隠れ家にたどり着くことができなければ、きっと彼女たちに封印されていただろう。今そうなっていないのはお前たち姉妹が、身を張って僕を助けてくれたからだ。僕はお前たち姉妹に大きな借りがある」


 彼女たち玲瓏館の使用人とその主は勇者の侵攻にさらされ、壊滅的な被害を負った。


 そして当然メイリもその大いなる力に抗い、そして為す術も無く敗れた。

 今こうして生き延びることができているのは、少しの幸運と創造主の愛に他ならない。


 「…………」


 「話を戻そう……その時に僕がいろいろと……世話になったのが彼女だ。隠れ家で病に臥したお前たちが彼女のことを覚えていなくても無理はない」


 つまりその当時のレーネはまだ勇者一行ではなく、むしろ彼女たちと敵対するエルハルトたちと同じ勢力であったと言う事である。


 「そう……だったんですか……ならば私たちもあの方に大きな借りがあったんですね……」


 「いや、お前たちは関係ない。どれもこれも僕が未熟だったばかりに起こしてしまったことだ――――……彼女を戦いに巻き込んでしまった罪は僕だけにある」


 「……」


 しかし敵か味方かなどそう単純な話ではないのかもしれない。

 少なくともそれが彼の抱える罪の本質だった。

 

 彼女は彼にとってどのような存在だったのだろう。


 「とにかく、色んな事があって、お前が知るように、勇者一行と僕たちの間で和解があった。その時にレーネは僕たちの間を取り持つ為にある役割を負った。そしてその関係でレーネは彼女らと共に勇者一行として旅に出ることになった」


 「…………」


 メイリはトレーを握る手のひらに思わず、力が入るのが分かった。当時の自らの無力を思い出し、彼が今までひたすら口を噤んできた当時の激動について、それ以上深く踏み込めない自分が憎らしかった。


 「彼女はお前も知っての通り、ネームドと人間のハーフだ。彼らの通例上、ネームドと人間のハーフは通常の人間として扱われる。何故なら、彼らの神話では、ネームドと定命のものが交わり、そこから分かたれた者達が今の人類であるとされているからだ」


 それは様々な分析から、もっぱら事実らしいと思われている、史実および科学的根拠に基づいた仮説だった。


 しかし未だに彼らは、祖先であるはずのネームドを特定できていない。その人物がまだ生き延びているのか、そもそもその神話が本当のことだったのか、それすら知る者はいない。

 だが、人とネームドが交わり、子を成した事例は非情に稀であるが存在する。その子孫によって繁栄した都市や国家は、史実にも語られているし、現在も存続している朝廷も存在している。

 史実で語られているそれらの事象においては、現在の科学的分析に照らせば、いささかその数は多すぎ、また抽象的かつ装飾が過ぎるという見方もあるが、少なくともそういう文化の上に人類史が綴られてきたのは事実だった。


 そして人とネームドの間に生まれた者たちは“デミノマディタ”と呼ばれ、その人ならざる長寿と類まれなる力は、迫害や崇拝の対象になった。


 「彼女は人類の本当の意味の旗印として利用された。彼女が生み出した新たなネームドの封印技術は人類に莫大な富と力をもたらし、それらは勇者一行が為した大封印の旅路で、最も重要な役割を果たしたとされている」


 ネームドをダンジョンに紐づけて封印する新たな技術革新は、こうして世界中にもたらされた。この封印技術によって、各国はそれぞれネームドの軍事力、知識、そしてそれに伴う厄介を得て、現在の支配構造が確立した。それらによって生み出された抑止力が現在の彼らとその周辺の一部地域の平和を取り持っている。

 しかし、それらの技術が、旗印である、かの大魔術師のみの力ではないことを知る者は、現在の人類に置いてはほんの一握りである。


 「そして、その大いなる旅路から他の勇者一行を引き連れて帰還したレーネは、そのまま静かにその余生をあの冷たい城で過ごしているってわけさ」


 一応レーネはフォーゼルクの領主としてこの地に身を置いているが、険しい山に囲まれる小村の、更に山に分け入った古城には誰も手を触れることはできない。

 

 「辛い……旅路だったのでしょうか」


 「さあ、どうだろうな。この件についてはミーシャもあまり話したがらない。彼女たちは恐らくいくつかの代償を払って、今の平穏を手にしている。そして、それはいつ終わるとも限らない。僕たちが彼女たちにしてやれることは本当に限られている」


 エルハルトはそう最後に締めくくり、熱の抜け始めた紅茶をすすった。

 メイリも同じように紅茶をすすりつつ、横目でエルハルトの憂いを帯びた表情を眺める。


 「……で、今朝の、なんでしたっけ?折り紙対決ですか?」


 少しの沈黙の後にメイリは話を切り出した。


 「……紙飛行機だ」


 「一体、彼女は何を考えてるんです?」


 「…………」


 本当、何考えてるんだろうね。


 「まあ、滅茶苦茶深刻な事態になってるか、滅茶苦茶どーでもいいことかの二択だな」


 「エルハルト様は彼女を助けたいですか?」


 「助ける……? そうだな、もし彼女が困ってるのなら、僕は力になりたい――彼女に負い目がある僕が言うのはおこがましいことかもしれないが……」


 「それはなぜですか」


 「なぜって、それは……僕には彼女に返さなくてはならない借りがあるから……」


 「本当にそうですか……?」


 メイリは彼が微かに小さく息を呑むのを聞いた。


 エルハルトは目を閉じると、何かに思いを馳せるように大きく息を吸った。


 「なるほど……確かに贖罪の為だけなら、こんな気持ちになることはないかもしれない。僕はたぶん彼女に幸せに生きて欲しいんだ。自分の罪とは関係なく――」


 でもエルハルトはまた難しそうな顔をつくると、ううむと唸った。


 「でもレーネはどうなんだろうな……確かに彼女は引きこもることをやめて、ついに僕の前にも姿を現してくれるようになった。だけど、だからといって彼女が僕の贖罪を受け入れてくれる気になったとは言えない……僕はこれまでその罪を放置してきたんだ、それを今更――」


 「エルハルト様――」


 もうメイリは彼の本心に気付いていた。

 彼の善性はこの長い月日の中ですっかり板について、メイリは幾たびもこうして彼のお節介が発動するのを見守って来た。


 だからきっと今回も――


 「ふっ、そうだな――でも、確かにどうしてだろう……たとえ彼女が僕の助けを求めていなかったとしても、それどころか敵対しようとしたとしても……僕は彼女を助けたいと思っている……あの教会の屋根で再開した時から、いや、それどころか彼女が使命を終えて、この村に戻って来た時から、またどうしようもなく彼女のことが気に掛かってるんだ……」


 (……またこの顔)


 メイリは心の中で呟いた。


 「……そうですか」


 メイリは、おもむろに立ち上がって、座っていた四脚の背もたれを持つと後片付けを始めた。


 「ああ、すまない」


 最後にメイリはエルハルトに残ったコーヒーを一気飲みさせて、持ってきたトレーに全てのカップを乗せた。


 「なんか、お前今日は本物のメイドみたいだな」


 「正真正銘、本物のメイドですよ、ずっと前から――」


 「ふっ、そうだな。ありがとなメイリ。お前のおかげで踏ん切りがついたよ。僕には彼女に返さなくちゃいけない借りとそして贖い切れない罪がある。だから簡単に彼女に触れるわけにはいかないかもしれない。でも、それでももし目の前に困っている人がいるのなら、そしてその人を助けたいと思うのなら、それを躊躇う必要は無いはずだ……ふっ、ああ言うよくわかんないのは、だいたい他人のお節介がいるもんなんだ。だからお前も良ければレーネを助けるのを手伝ってくれないか?」


 「ふふ、もちろんです。あなた様が決めたことならば、私に選択権はございません。私は超有能な本物のメイドですからね……」


 長い指先が器用にトレーを持ち上げ、くるりと丈の長いスカートのフリルが静かに舞う。

 扉へ向かうその足取りは楚々として、手の上に乗る陶磁器たちの囁きすら許すことはない。


 (だから――)


 メイリは扉の前に立ってメイドらしく、優雅に礼をする。

 

 「お休みなさいませ、エルハルト様」


 「ああ、おやすみ、メイリ」


 扉を開け、手に持ったトレーの上のティーカップが、最後まで音を鳴らさないように注意して後ろ手に扉を閉める。


 「だから、もう良いんです、エルハルト様。もう、私はたくさんのものを貰いました。唯一無二の親友も、気の合う同僚も、夏の日の思い出も――」


 長い廊下を進んで、彼に聞こえる心配が無いところまで来たところで、メイリはそう呟いた。


 (あなたの向かう先はどこ、見つめる先には誰がいるの。あなたの原動力はなに、あなたの心の一番奥底にいるのは誰……)


 彼を取り巻く人間関係は絡まり合って、少々複雑な迷路となっている。が、しかしいずれは何かに導かれるようにして、しかるべき出口へとたどり着くだろう。

 

 メイリはもう一度大きく息をついた


 「一つは疎遠になったかつての幼馴染ルート、もう一つは誰もが憧れる明るく活発な転校生ルート……ふん、ベタですが、私はどちらも嫌いではありませんよ」


 そしてメイドはそう、一人嘯く。


 「そして、出口を目指す主人公をお助けするメイドキャラ……なかなか美味しいキャラですね。やぶさかではありません」


 長い廊下を行くメイドの足音は、床を這う毛足の長い高級なカーペットに消されて、誰にも聞かれることはなかった。

  



 ――――――…………


 ――――……


 ――……


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