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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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5-4

 今日一日中気もそぞろで、やっとの思いで仕事を終えたメイリは、様々な雑用を済ませて自室に戻った後も、なかなかその気は収まらず、勢いでそのまま部屋を飛び出したメイリは台所へ行き、二人分のティーカップをトレーの上に乗せると、気付けば主人の自室の扉の前に立っていた。


 ――――コン、コン……


 主人の部屋の扉の、深茶色の木目と長い間睨み合いをして、ようやくメイリはその扉を叩いた。


 「エルハルト様、今お時間よろしいでしょうか」


 「ああ、メイリか、いいぞ、入れ」


 「失礼します……」


 扉を開け、後ろ手に閉める。主人の、暖かみのある、穏やかな悠久の森の息吹と、そこに降り注ぐ柔らかな木漏れ日を思い出すような、優しい香りがメイリを包んだ。


 「エルハルト様、お紅茶をお持ちしました」


 彼は火の入っていない暖炉の前で安楽椅子に座り、簡素なペーパーバックを持ちながら、睡眠につくまでの短い余暇を過ごしていた。


 「お、おう……ありがとう。なんか今日のお前、本物のメイドみたいだな」


 エルハルトは開いていた文庫本に栞を挟みながらそう言うと、サイドテーブルに読みかけの本を乗せて、メイリを少し疑いの目で見た。


 「エルハルト様!」


 「――なんだよ……まあ、とりあえず適当に椅子とテーブル持ってきて、そこに座れ」


 「はい……あと、こちら紅茶でございます」


 「ああ、ありがとう」


 メイリはまだ飲みかけだったエルハルトのコーヒーを押しのけるようにして、狭いサイドテーブルに、自らの淹れた紅茶をトレーごと潜入させた。


 そして、主人の言いつけ通り、部屋の隅にあった、同じようなサイドテーブルと四脚の簡素な背もたれの付いた椅子を見つけて、それをエルハルトの対面に並べた。


 「ええと……今日はどうした?なにか困りごとか?」


 「いえ、その……レーネさんの事なんですが……」


 メイリはサイドテーブルの上からトレーを持ち上げて紅茶をそれぞれのテーブルの上に配った。


 「レーネ……?珍しいな、お前が他人に興味を持つなんて」


 「……エルハルト様は私をなんだと思ってるんですか」


 「他人に興味がない根暗な引きこもり」


 「…………」


 「…………」


 コーヒーと紅茶の香りが交じり合って、独特の香りが部屋の中を支配した。

 

 「レーネさんの事なんですが……」


 空のトレーを抱えながら着席したメイリは、そのまま何食わぬ顔で会話を続けた。

 

 「ああ」


 「彼女と最近何かありました?」


 「うーん……たぶん何かあったんだと思うんだけど、僕もよくわからないんだよな……」


 「…………」


 メイリはまじまじとエルハルトの顔を見つめた。

 何もないはずはない。少なくとも朝のイベントを終始固唾をのんで見守っていたメイリには、普段と違う主の表情の変化がその場面に何度も現れていたことを知っていた。


 「どうした、メイリ、もしかして何か知っているのか?」


 「知ってるわけないでしょう?知らないからこうしてあなたに聞いてるんですよ」


 「そ、そうか……すまん」


 (何で僕は怒られてるんだ……)


 エルハルトはメイリのあのいつもの冷たい視線の中に、いつも以上の冷たさがあるのを彼女の雰囲気から感じ取った。エルハルトは冷えた体に温もりを求めて、思わず淹れ立ての紅茶に手を伸ばした。


 「ま、まあ、そもそもレーネはあまり外に出たがる性格じゃないからな。僕もあいつと直接顔を合わせたのは何百年ぶりとかだし……」


 「そもそもどうして、彼女は引きこもってるんですか?やっぱりエルハルト様がなにかしたんですか?」


 「いや、まあ、僕は関係ない……事も無いんだけど、基本的にはさっきも言ったけど性格だろうな。お前と一緒だよ。彼女はあの冷たいフォーゼルブルグ城で一人で過ごすのがどうやら好きらしい」


 玲瓏館とは川を挟んだ反対側の山の上にある、孤高の城フォーゼルブルグ。元は外敵から身を守る要塞として建てられたその城は、長い月日が流れて、領主の居城となった。


 「(別に僕に会いたくないだけならば城に引きこもる必要はないもんな……)」


 「……」


 メイリは主のその呟きを聞こえなかったことにして流した。


 「――それに彼女なら、わざわざ大変な思いまでして村に下りて行く必要もないだろうからな……ますます他人と関わりが薄くなっていったのは想像に難くない」


 「確かに結構村とは離れていますしね……あれだけハイテクな魔法を生み出せる能力があるなら、長い期間籠城するためのあらゆる設備や準備が整っていたとしても不思議ではないですね」


 「まあ、世話好きのミーシャやリアもいることだし、最悪な事にはなっていないと思うが……しかし当の彼女達の話によると最近ではとんと家から出なくなってしまったらしい」


 「うーん、なんとも不健康ですね」


 「お前が言うか?」


 「うるさいですね、最近は結構出てるでしょ、ミーシャさんとかアリアさんのせいで――」


 「あ、そうか、っていうかやっぱりお前が原因なんじゃないか?」


 「は?」


 「最近お前がミーシャと仲良くしてるから……」


 「は?」


 「いや……すまん……なんか、そう言うのあるじゃん……たぶん……」


 「……思ってても言って良いことと悪いことがあるでしょう。デリカシーとか無いんですか? だから、あなた友達いないんですよ?」


 「うぐっ……」


 メイリは先ほどの気遣いが、全くの無駄であったと後悔した。


 「それと、あなたもミーシャさんのあの性格と謎のバイタリティーは知っているでしょう?あの人が仲間を見捨てて他の何かを優先させる訳ないじゃないですか」


 「まあ、それもそうだな……じゃあ、問題は彼女自身にあるのか……?」


 「そうでしょうけど、そうであるならば今回の件は彼女にとって、とても大きな意味を持つことになります。本当にその意味があなたにはわかってるんですか?」


 「だ、だよなあ……やっぱり僕がなんかしたんだろうか?なんかこの前もミーシャにお前の所為だとかなんとか言われたし……」


 「……」


 「そもそも、最近ミーシャの様子がおかしいことも原因な気がするんだよな……あいつ、結構ミーシャに懐いてたからな……僕に彼女がおかしくなった原因があると思って、それで怒ってるのかな……」


 「……」


 「まあ、原因であるらしいのは事実だけど――」


 「……」


 「難しい……一体どうすればいいんだ? 僕が勇者一行との接触の機会を減らせばレーネは機嫌を直してくれるだろうか?」


 「――――……」


 うーん、これはなろう系主人公。


 「それは……どうでしょうか。なんとなくですが、レーネさんは誰と誰が仲良くしてようと、それを邪魔してまで自分が割り込もうとするタイプには見えないんですよね……」


 エルハルトはメイリの言葉にいかにもといった風にゆったりと頷いた。


 「――――……そうだな、あいつは昔から引っ込み思案だったけど、その分相手のことを思いやれる良い奴だった――」


 そうしてエルハルトは目の前の暖炉から、在りし日の思い出を探るように、物言わぬその煤まみれの暗がりをじっと見つめた。


 「……」


 メイリは、ただじっと闇の中を見つめるエルハルトの横顔に、何か自分の中で抑えられないもやのようなものが湧き始めていることに気付いた。


 「メイリ?」


 「いや、なんかもう死んだみたいな感じで話すのやめてもらえます?っていうか、そもそも――」


 抑えられそうにない。 


 「エルハルト様とレーネさんって、どういう関係なんですか?」


 「え……?どういう、関係って……」


 彼にとってもどうやら完全に意識の埒外に有った質問だったようだ。

 そしてエルハルトはうーんと、しばらく喉を唸らせた後に、


 「うーん……どういう関係?」


 とのたまった。


 「いや、私が聞いてるんですけど」


 メイリはエルハルトの言葉と連動して、いちいち反応する自らの鼓動に、いい加減説教を食らわせたい気分だった。


 「うーん、どうだろうな……ミーシャ達と同じ、勇者一行で……敵になったけど今は味方で……友達って程じゃないと思うけど……見知らぬ他人ってわけじゃ無いし……」


 「それにしては、なんか距離近くないですか?」


 「そ、そうか……?まあ、確かに勇者一行の中では一番付き合いが長いし、っていうかそもそも、あいつが勇者一行になる前から僕はあいつと知り合いなわけで……そう考えると――」


 「え、ちょっと……ちょっと、待ってください、それはどういう事ですか?私が知らないうちにそんな幼馴染設定が――」


 「――――……」


 そこまで言った後にメイリは、彼の表情がかつて見たこと無いほどの曇り空に突入していることに気付いた。


 「ああ、そうか……お前は知らなくて当然だよな」


 どうやら勢いあまって地雷を踏み抜いてしまったようだ。


 「……――――」


 メイリは重苦しい空気の中で、語るべき台詞を見つけられないでいた。

 暖炉の中の深淵が、過去の黒々とした瘴気を持ち出して彼を引き摺りこもうと迫っていた。


 「うーん、いや、しかし、もうそろそろ話すべきということなんだろうか……」


 しかし、エルハルトはその瘴気を振り払うようにまた前を向いて、またその色味を取り戻した。彼は語ろうとしている。 

 メイリはそんな主人の表情を見て、少しだけほっとすると同時に少しだけ握る手に力が入るのが分かった。


 「いや……話せと言う事なんだろう……罪を認めろと……それが彼女の真意なのかもしれない」


 主人の知られざる過去……それを知ったからと言って、果たして彼女に何か得があるのだろうか。

 いや、恐らくない。彼の表情を見るにそれはあえて恣意的に触れないように扱われていたように思える。

 彼は基本的には従者の得にならないことはしない。それは彼の神経質過ぎる気質によるものだったが、その優しさを知っているからこそ、その事実がより彼女の根底にある恐れを加速させた。


 「少しだけ……時間をくれるか……?少し長くなるかもしれないし、嫌な気分にもなるかもしれない。もし覚悟ができていないというのであればまた日を改めて……」


 だけどメイリはただ首を横に振った。

 新たな問題を解決するには知る必要があると思ったのだろうか、それとも主人の気持ちを優先させる為にそうしたのだろうか。それとも――


 「そうか、じゃあ、まずはレーネの身の上とそして僕と彼女の出会いの話から……」


 わからない。だけど知る必要があると思った。


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