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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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75/210

5-2

 エルハルトが屋敷の裏手へと降りていくとレーネは、メアが丹精込めて育て上げた色とりどりの花たちが立ち並ぶ花壇を背景にして、下から見上げていた時と同じ体勢で彼を待ち受けていた。


 足音でエルハルトの到着を知ったレーネは、顔だけをこちらに向けて、呟くように言った。


 「エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク――」


 「ああ、ええと、おはよう、レーネ」


 「うん、おはよう――エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク」


 「……何で毎回フルネームなの?」


 「……」 


 レーネはその質問には答えず、相変わらずの何を考えてるんだかわからない表情で無言を貫くと、そのまま視線をエルハルトが元居た二階の窓へと戻した。


 「いや、まあ、答えたくないなら別にいいけど……というか、そんな事より――あのな、レーネ、もし僕がお前の機嫌を損ねるようなことをしていたのなら謝るから、だから、『お前を倒す』だとか『決闘を申し込む』だとか、早まった事を言うのはやめてくれ」


 エルハルトの頭上の棚は、レーネに関する解決できない事象でいっぱいいっぱいになって、非常ににごちゃついていたが、安全保障上の問題でそれらの質問は、その雑多な棚の中から苦労して引っ張り出してこなければならなかった。


 「それは……できない……」


 「いや、そこを何とか。せめて理由くらいは教えてくれ。出来る限り努力してみせるから。それに第一、決闘する前から結果なんて分かりきってるだろ?僕が勇者であるお前に勝てるわけない、だから争う前にやるべきことが――」


 「はい、これ」


 レーネは唐突に振り返って、つかつかとエルハルトの方へ歩み寄ると、懐から一枚の紙を取り出して、それを渡してきた。


 「……?これは何……?」


 「紙」


 「いや、それはわかるけど……」


 「再生紙、両面使用済み。B5、ミーシャからもらって来た」


 確かによく見ると、その紙は微かによれて、誰かに使われたような形跡があり、両面には事務用の取るに足らない社内文書のような印刷がされていた。


 「うん、それもわかるけど……っていうか、あいつらも大変だな。休みの日なのに朝から町内の奉仕作業か……これが地域密着型ってやつ……?」


 「そんなのどうでもいい……」


 「え?内容は関係ないの?じゃあ、これは何……?」


 「紙飛行機をつくって遠くまで飛ばせた方の勝ち」


 「え?ああ……そういう事……?っていうかもしかして決闘って――」


 「うん」


 エルハルトの肩の力が抜けた。


 「ああ、なんだびっくりした……今から屋敷裏でボコられるのかと思って、生きた心地してなかったから……」


 そういってエルハルトは安堵のため息をついた。

 とりあえず今すぐボコられることは無いという確信を得られただけでエルハルトにとっては、大きな収穫だった。

 

 「……」


 「……」


 だがしかし、それはそれとして疑問は残る。


 「っていうか、なぜいきなりこんな事を?遊び相手ならもっと他に――」


 「私が勝ったら何でも言う事聞いて」


 「うーん、絶妙に話が噛み合ってないような……別にこんな事しなくてもレーネの言う事なら大体は聞いてあげられると思うけど……」


 「それじゃあ、だめ」


 「……――――一体君は僕に何をさせようとしてるの」


 「……」


 レーネの無表情に再び、エルハルトの長年の経験で培われたジェダイ並みの精度の勘が、頭の中でけたたましく警鐘を鳴らした。


 「うう……なんか嫌な予感がする……――――あ!そうだ!……レーネ?残念だけど僕は今から仕事なんだ。だから代わりに世界で一番暇な奴を連れてきてやる。そいつなら――」


 「だめ。あなたじゃなきゃだめ」


 「う゛っ…………圧が強い……」


 「じゃあ、今から三分計るから、その間に紙飛行機つくって」


 「え?ああ、うん」


 「よーい、スタート」


 そういってレーネは空中に魔法でつくられた幻の砂時計を出現させると、それを反対向きにひっくり返した。


 「なんか、最近人の話聞かないやつばっかになって来たな……」


 エルハルトが脳裏に幾人かの顔を思い浮かべながら、そう苦々し気に独り言ちていると、隣ではもうすでにレーネが紙飛行機作製に取り掛かっていた。


 「あ!ずるい!しかも自分だけ魔法で作業台作って……!そこまでして勝ちたいか!」


 エルハルトは負け慣れてはいるものの、それはそれとして、普通に負けるのは嫌だった。


 「……」


 レーネはエルハルトの苦言にちらりと目線をよこすと、自らが使用しているのと同じような、目の前に浮かぶ不可思議な半透明なパネルを、エルハルトの前にも出現させた。


 「え?ああ、ありがとう……やっぱレーネは違うな……根本に優しさがある……」

 

 しかし、エルハルトの「良い奴」の判断基準は、鼻先にエサを垂らされた飼い犬並みにガバガバだった。理由はあえて言うまい。


 「――ふっ、いいだろうレーネ、だが覚悟しろよ、これは僕の得意分野だからな」


 「――――……」


 だがしかし、こうなってしまったらエルハルトも工作に集中せざるを得ない。

 エルハルトは大人しく彼女の創造した作業台(のような物)に向き合うと、その繊細な指先で器用に折り目を付け始めた。


 「…………」


 「…………」

 

 そして二人はしばらくの間無言で、黙々と紙飛行機を作り上げていった。

 長閑な朝の日差しが、花壇のまだ乾ききっていない水玉に反射して、きらきらと光った。

 どうやら、エルハルトたちがここを訪れるより早く、ワーカーホリックの……いや、早起きで、働き者で、勤勉なメアがこの花壇を訪れて、花たちに今日一日を生き抜くための恵みの雨を振らせていたようだった。


 レーネより一足早く紙飛行機を作り終えたエルハルトは、その葉を伝う雫に、早朝に花たちに水を与えるメアの笑顔を想像して、彼女の功績をレーネに伝えてやろうと思った。そうすればきっと優しい心根を持つ彼女達の間に、また新たな共鳴が生まれるような気がした。



 ――――……


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