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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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4-18

 ――エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク!!


 メイリは終焉の熱が残した、冷めやらぬ雑多な騒音の中で、彼の名を叫ぶ声を聞いたような気がした。だけどそれはきっと、遠ざかる彼の背中へ追いすがる、彼女自身の弱さが見せた幻聴にすぎ――


 「エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク!!」

 

 その時突然、彼の名前を呼ぶ不可思議な声が八角形の鐘楼に響き渡った。


 「エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク!!」


 そしてもう一度。間違いない。今度は聞き間違いじゃない。


 「……なんだ、この声。なんか僕の名前を呼んでいる気がするんだけど……っていうか、もしかして僕の変装バレてる?僕の人生、終わるの……?」


 「声は下の……教会の屋根からですね……暗くてあまりよくわかりませんが、人影のようなものが見えます」


 声は大通りとは逆側の、裏路地に面した、今メイリたちがいるちょうど反対側のアーチの隙間から聞こえる。

 メイリは鐘楼の反対側へ移動すると、手すりから身を乗り出して、その暗がりに目を凝らした。


 「エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク!!」


 「ああ!もうわかったからやめて!!村中にバレる!!人生が!!終わる!!」


 メイリを追って、同じようにアーチの隙間から暗がりに目を凝らしていたエルハルトが、ひたすら自分の名をリピートする、未だはっきりとしない人影に向かって金切り声で叫んだ。


 「うん、あそこで間違いないですね……エルハルト様失礼いたします」


 「わひゃあ!」


 メイリはあの大通りの時と同じく、エルハルトの膝裏に手を回して抱き上げると、アーチ状の隙間から、真下に見える、教会の屋根目掛けて一気に飛び降りた。


 「わあひゃあ!」


 しがみ付くエルハルトの悲鳴を置き去りにして、アサシンもびっくりの謎の衝撃緩和技術で物音一つ立てずに教会の屋根へと降り立ったメイリは、暗がりの中で目を凝らし、彼の名を呼び続ける、謎の敵対者(?)を正面に捉えた。


 「……エルハルト・フォン・シュ――」


 「ああ、だからやめて!!わかったから、もう少し音量下げて!!」


 普通に敵対者は距離を縮めたエルハルトたちに合わせて声量を下げていたのだが、限界状態のエルハルトはそれに気づかないほど追い詰められているようだった。ていうか、エルハルトが現状一番うるさい。


 「……(エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク)」


 そして、なぜか敵対者もそれを真に受けて、囁き音声に切り替えて彼の名前を呼び始めた。


 「……(エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク)」


 「ああ!やめて!!」


 「……(エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク)」


 「もう……!やめてくれ……!」


 「……(エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク……♡)」


 「あぁ!!」


 しかもなんかすごくいい感じのASMRになっていた。


 「――――……あの、ちょっといいですか……?顔出しはできればでいいんですけど、せめてお名前と目的だけは伺ってもよろしいでしょうか?」


 「………………――――」


 メイリの妥当過ぎる問いに、暗がりの中の敵対者は終始だんまりを決め込んでいたが、最終的には頷くような気配を見せて、メイリの問いに前向きな姿勢を見せた。


 「えっと……では、あなたの……」

 

 しかし、一応話を通じる相手だと、メイリがほっとしたのも束の間、暗がりの影は唐突に目にも止まらぬ速度で、隠し持った杖を抜き出し――


 「――――!……」


 「うわっ眩し!!」 


 夜空を裂くような……とは少し言い過ぎの、魔術師ならば初期の初期で覚えるような暗がりを優しく照らす球体状の照明呪文が、敵対者の隠し持っていた、背の丈ほどある杖から放たれて、それはゆらゆらとほんの少しづつ高度を下げながら、確実に裏路地にある教会の屋根を照らした。


 「って……レーネ!?」

 

 「――――……」


 そして明るみになった屋根上の敵対者はなんと驚いたことに、エルハルトの良く見知った人物だった。


 「お前だったのか!!――――……もう、なんだよお前、驚かせやがって……びっくりするじゃないか……ていうか、なんかすごい久しぶりな気がするな。どうだ?元気してたか?」


 「……」


 しかし、正体を明かした敵対者は、なぜか未だ沈黙を貫いたままだ。


 「レーネ?あれ?これ聞こえてる?レーネー?どうだー?元気してたかー?ミーシャたちから城に引きこもってばかりって聞いてたから、僕はちょっと心配して――」 


 敵対者……もといレーネ、レーネ・フォン・フォーゼルブルグはかの有名な勇者一行の一人であり、大魔術師、そしてこの村、“フォーゼルク”を治める領主でもあった。もちろんエルハルトとも旧知の仲である。

 レーネはエルハルトの言葉にただ無言で頷いた。

 最後に見たときより、“少し伸びた背丈”は腰まである癖のない艶やかな長髪と相まって、大人びた印象を見る者に与えたが、昔を知るエルハルトは、無言で頷く彼女があの頃と何も変わらぬ無口な少女だとわかり、少しほっとしたような気分になった。


 「ああ、良かった、聞こえてた……あっ、そうだ、おい、メイリそれ一本くれ――――……レーネ、少し冷めちゃってるかもだけど、これ食うか?」


 どこに隠し持っていたのか、エルハルトはメイリの至極大事そうに抱えた、屋台巡りの戦利品である紙袋から一本の串焼きを抜き出して、終始無言のレーネの目の前に差し出した。


 「――――……うん」


 そして、しばらくの無言の後にレーネは観念するように、エルハルトから串焼きを受け取った。


 「どうだ?うまいか?」


 「……うん、美味しい、ありがと」


 受け取った時と同じように、蚊の鳴くようなか細い声音で感想を言うレーネは、これまでずっと無表情だった顔を少しだけ緩めて、彼女が本来持ち合わせる優しくも魅力的な笑顔をエルハルトに見せた。


 「どういたしまして」


 エルハルトも彼女に釣られて笑顔になる。

 彼女の持つ、不思議だけど、どこかほんわかとした雰囲気は、祭りで高まった熱の余韻をまるで山から吹き下ろす冷たい風のように優しく冷まして、気だるげだけど心地の良い、疲労感をエルハルトに与え――


 「って、違う……!!」


 しかし、レーネ姫は何かがお気に召さなかったようで、そういうとレーネは勢いあまって、綺麗に完食された串焼きの残骸である串を投げ捨ててしまった。


 「あっ、だめじゃないか、ちゃんと拾って」


 「あ、うん。ごめんなさい」


 だけど、もちろんポイ捨てはいけない。エルハルトに怒られたレーネはおずおずと暗闇から何とか串を見つけ出して拾った。


 「…………」


 「…………」


 「えーと……あの、ご用件を伺っても……」


 メイリがついに我慢できずに質問した。


 「あ……そうだった……」


 どうやら彼女の目的は彼らに食べ物をたかりに来ることではなかったらしい。

 そう言ってレーネはなにかを思い出したかのように何事か虚空に向かって一言二言呪文を呟くと、改めてエルハルトの正面に向き合った……なぜかすっごい真顔で。


 「……?」


 「……?」


 レーネの不可解な言動に周囲の時が止まる。レーネには昔から不思議なところがあったが、今日のレーネはいつにも増して奇妙だ。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 そして彼女の真顔がしばらく続き、祭りの騒音が遠のくほどの、時間が引き延ばされるような奇妙な感覚が二人を襲った。

 二人は尋常ではない雰囲気に、思わず身を固めた。相対的に増幅された風の音が耳に障って、やけに居心地が悪い。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 そして、また長すぎる時間が過ぎた。いや、ひょっとしたら、もっと短い時間だったかもしれなかったが、もうすでに二人の時間感覚は正常に働いておらず、その時間は永遠とも思えるほど長く、居心地の悪いものだった。


 「…………」


 「…………」


 だけど、もうそれも長くは続かないらしい。


 「――――……」


 「「…………!!」」


 ついに彼女の気道を伝う空気に波が生まれて、完全に世界が静止した。

 彼女によって終焉のラッパは吹かれる、そんな予感がエルハルトとメイリの間に駆け抜けた。

 そして――



 「お前を倒す……!」



 デデン!


 「……?」


 「……?」


 デデン、デン!


 「???」


 「???」


 レーネは困惑する二人を置き去りにして、それ以上何も言わずこの場を立ち去った。


 「え!?それだけ!?ていうか、何なんですか?このBGMと効果音……――――あ、消えた」


 彼女の姿と共に、辺りに流れていた謎のBGMは消え、風の音と思われていた、ひゅごうという謎の音声も跡形も無く去って、また元の祭りの騒音が戻ってくる。


 「何なの……あいつ……」


 エルハルトは去っていくレーネの残像にただ一言、そう呟いた。



 ――つづく





 「って、え?今回これで終わりなんですか!?」


 

 ――つづく



 「あ、これ本当に終わるやつだ……」



 ――つづく


 

 ――――――…………


 ――――……


 ――……


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