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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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4-15

 『ということだから、申し訳無いが、アリアさん頼まれてくれるか?』


 『もう、しょうがないですね……わかりました。とびきり可愛くて、際どいアングルのものを厳選して、あのローアングラーの鞄の中に差し込んどきます』


 ローアングラー男への補償として、エルハルトが小一時間頭を悩ませた結果、導き出した答えは、あの男が最も求めていただろう、エルハルトの写真と、少々の謝罪文を彼の鞄に忍び込ませることだった。

 もちろん、差出人の名前すら書かれてない、えっちな写真の入った謝罪文が、鞄の中に知らないうちに紛れ込んでいる状況など、普通に考えれば事案中の事案なのだが、混沌を極める状況と精神状態の彼らはそれを妥当としたのだった。


 『いや、できるだけ……――――すまん……それで、よろしく頼む』


 しかし、きっと彼ら以上の混沌を極める精神状態のローアングラー男であるならば、それを事案とすることはないだろう――この件によって、また新たな事案が生み出されてしまうかもしれないが……

 アリアはエルハルトの台詞の中に現れた、少々長すぎる沈黙に、彼の胸の奥に渦巻く葛藤を垣間見た。


 「ねえ……アリアちゃん……その写真……一枚……私もいいかな……?」


 念話の会話を聞いていたミーシャが、手元のパソコンで今日一日の成果を選りすぐっていたアリアに、マナの振動ではなく、空気中の振動を使って、アリアに話しかけた。


 「み、ミーシャさん!?――――えっと……はい……もちろん……」


 しかし、ミーシャは自分の顔が今、あの夕暮れ時にエルハルトをナンパしに来た、様子のおかしい太った男と同じ表情であることを自覚しているのだろうか。


 「あ、ありがとう……!アリアちゃん!!私、この恩は一生忘れないから!!」


 「いえ……その……私もあなたには大変お世話になっておりますので……」


 どうしてだろう。同じ穴の狢であるはずなのに、この勇者からはもっと近寄りがたい何かを感じる……


 『あの……アリアさん……聞いてる?』


 アリアはすっかりほっぽり出していた、エルハルトとの念話を思い出して、慌てて返事を返した。


 『ああ!ごめんなさい!!何でもありません!!こっちの話です!!』


 『え……?なに?なんかすごい嫌な予感がするんだけど……』


 『大丈夫です!!安心してください!!エルハルトさんには何も関係の無い事ですから!!』


 アリアはまた罪を重ねた。


 『そ、そうか……なら、僕たちは一旦落ち着くまで身を隠しているから、また――』


 『いえ、それならもう大丈夫です。目玉蝙蝠もどうやらさっきの逃走劇でスタミナ切れみたいですし、生中継はここまでという事でいいですよ。私も折角のお祭り、存分に楽しみたいですしね――』


 『なっ……!?本当か!良かった……!これで変な男どもに絡まれずに済む……!!』


 『はい、罰ゲームお疲れ様でした。折角なので残った時間はお二人で――』


 『何言ってるんですか?エルハルト様。今日一日この格好で過ごす、そういう約束だったじゃないですか。まだ罰ゲームは終わっていない。そうでしょ?アリアさん』


 突然念話に割り込んだメイリが、エルハルトの言葉に同意しかけたアリアに問いかける。


 『えっ?えーと……』


 『おい、メイリ!お前、どっちの味方なんだよ!!』


 『私は誰の味方でもありません。強いて言うなら、私は満たされない抑圧された民たちの味方……人の心を大事にしない人とは、私は誰とでも戦います!」


 『はあ?お前何言って――』


 『そうだよ……エル君……君が……君が悪いんだからね……』


 『え……?これ、誰の声……?え?ミーシャ!?もしかしてミーシャ!?どうしたんだお前、どっか体調でも悪いのか!?』


 『ううん、私は普通だよ……普通だったのに……エル君のせいで私は――』


 ああ!いけない!このままでは月光蝶が呼ばれてしまう!!


 『あ、あの!大丈夫ですから。ミーシャさんは大丈夫なんで……あの……私たちの事は気にせずに……ねっ?メアちゃん?』


 焦ったアリアは隣のメアに救援を要求したが、しかし、戦場で女の名前を呼ぶときは注意が必要である。


 『えーと……あの……アリアちゃん……今更で申し訳ないのですが……さっきの写真……私も少しだけ……ええ……できればお姉さまの分も……特別に……』


 メア……タイミングが悪い。場所も悪い。TPOへの配慮が全体的に足りてない……!


 『え?どうしたんだ?メアまで……しかも、写真って……まさか、お前……だ、だめだ!!メアお前にはまだ早い!!おい!メイリ!お前からもなんか言ってくれ!!』


 『メア……こんなに成長して……もう……そんな時期なのね……いいわ……好きに使いなさい……私たちの写真を……』


 『おい!!お前何言ってんだよ!!』


 『はっ……!!私、思わず念話で……!!ご、ごめんなさい!!でも……私……――――ありがたく頂戴いたします……お姉さま……!』


 『メア……お前こいつの言ってる意味わかってんのか?たとえ妹への発言だったとしても、史上最低レベルのセクハラだぞ?』


 『や、やばい、このままじゃ本当に収拾がつかなくなる……!――――え、えーと…そういう事なんで、エルハルトさん!私たちは私たちでお祭りを楽しむので!エルハルトさんたちもエルハルトさんたちで、いっぱいお祭り楽しんで下さいね!!以上!通信終わり!!』



 ――――……



 「――――どういうことなんだよ……ていうかもう、収拾なんてつかないよ……」


 エルハルトは路地裏の暗がりで、通信途絶を意味するツーツーという音声を聞きながら、黒歴史の訪れを覚悟し――


 『あっ!ごめんなさい、言い忘れてました!もちろん仮装はそのままですよ!二人とも約束破る人たちじゃないって、私、信じてますからね!今度こそ通信終わり!』


 「風紀の法則が……乱れる……!!」


 どうも、三年越しで再会を果たした玲瓏館の新入スタッフは、もしかしたら、力を追い求めるあまりに、無の力に飲まれた、別の存在なのかもしれない……


 「まあ、いいじゃないですか。ネオアリアさんの言う通り、私たちもお祭りを楽しみましょう」


 「ネオアリアさんってなんだよ……でもまあ、そうだな。この仮装も、見方を変えれば悪くない。認識阻害魔法を使わなくても良いから、魔力消費も少ないし、魔法の維持を怠って、正体がばれてしまうこともない」


 「落ちたな」


 「だから、うるさいよ!」


 賑やかな念話を終えて、路地裏の暗がりに静寂が訪れる。

 大通りから漏れ出る、楽しそうな声たちときらきらした灯り。メイリは静まり返った路地裏とのコントラストに、嫌でも今の本当の二人きりの状況を意識せざるを得なかった。


 「……もうそろそろ、良いんじゃないですか?」

 

 「うーん、そうだなあー、ちょっと早いかもしれんが――って、おい!勝手に出て行くんじゃない!!」


 「何やってるんですか、エルハルト様?置いてっちゃいますよ?」


 「もう全く、仕方がない奴だなあ――――って、あっ、そうだ……」


 柵を抜け出した飼い犬のごとく、今にも走り去ろうとするその背中に、エルハルトは先ほど通りで繰り広げられた茶番を思い返して、こほんと一つ喉を鳴らすと、透き通るような美声を響かせて、自らの従者を呼び止めた。


 「こほん……エイリークー?また私を置いていってしまうのですか?」


 「あ、そっか――――……えーと、申し訳ございません、エリーお嬢様……」


 「ん」


 「なんですか……?この手は……」


 「それくらい、わかりなさい。エイリーク」


 「えーと……お手を、どうぞ……?」


 「よくできました」


 エルハルトはメイリの差し出された手を今度こそ離さないように、しっかりと握った。


 「え、エルハルト様……!?子供じゃないんですよ……!?」


 「エ、イ、リー、ク?」


 「――――……はい、お嬢様……」


 「ふふっ……楽しいな、これ――」


 普段の意趣返しと言わんばかりに、彼女の少し汗ばんだ手のひらの感触に触れたエルハルトは、いたずらっぽく微笑む。


 メイリはその笑顔に思わず時間を忘れた。手のひらを伝わる気恥ずかしさと、暗闇の中をきらきらと煌めく、人工の蛍火。人々の群れと屋台の活気が醸し出した、がやがやとした香しい祭りの香りは、彼女を異世界へと飛びだたせるには十分な材料だった。

 だけど――


 “おー!執事だ!本当にあんなのいるんだ!”


 舞い上がるように舞台に飛び出した彼女たちを、袖に建つ照明係が見逃すことはない。


 “ばか、あんなのコスプレに決まってんだろ、今日は祭りだぜ”


 “でも、俺さっきあの執事が屋根の上に飛び移ってるの見たぜ”


 “ほな本物かあ”


 “ていうか、あのお嬢様こそ、本物じゃね?なんか、やんごとなきオーラがすごいんですけど”


 “いいなあ、執事、私も欲しい……”


 どうやら強すぎる色彩が馴染むまでは少しだけ時間が足りなかったようだ。


 「うっ……やっぱ少しやり過ぎたか……?」


 「……」


 だが、本当に馴染む必要があるのだろうか。


 “まあ、本物かどうかなんかどっちでもいいや。それより広場の方行こうぜ。今年こそ灰色の青春を終わらせるんだ!”


 “そうだな!よっしゃー!なんか俺も気合入ってきたー!ていうか、もういっそのことあのお嬢様に凸ってみるか?”


 “ばか野郎、お前あんなやばそうな奴らに凸れるかよ。どう考えてもノーチャンだろ”


 “あ、なんかそういうところは冷静なんだ”


 “執事かあ……いくらあれば雇えるんだろ――って、ああ!こっちこっち!ていうか、あれ見てーやばくない?”


 “ああ、確かにクオリティやば……っていうか、執事と言えばさあ、今週のあれ、やばくなかった?”


 “あれ……?ああ!あれね!ああ、あれまじ最高。ありえん尊みがまじで深い” 


 「……そうでもないか」


 今日は特別な日だ。馴染まない色だったとしても、それを受け入れる背景はもう出来ていた。

 彼らの役を見届けた照明係は、それらをただの背景へと変え、次なる対象へとその視線を向けた。


 「そうですね……もっと早くこうしてれば良かった……」


 「そうだな。よく考えれば祭りだし、皆も普段とは違う格好をしている人も多い。今まで考えすぎて、少し損をしていたかもしれん。認識阻害魔法は目立ちすぎると効果が切れてしまうから、今まではあまり全力で楽しむ事もできなかったからな」


 「ふっ、じゃあ来年もこの姿で来ますか?サマーフェスト」


 メイリは繋がったままの手のひらに力を込めた。今は二人だけ。誰もいない。


 「できれば、来年はもう少し基本的人権に配慮した装いで頼む」


 「あっ!あれ見てくださいよ!あの魔女風の帽子、絶対今のエリーお嬢様に似合いますよ!」


 「ねえ?聞いて?いい加減まともなキャッチボールくらいなれるようになろ?――っていうか、あー!もう引っ張るなって!お前力強いんだよ――」


 “人はいずれ死ぬことを忘れることなかれ”

 彼らは不死である。しかし、その警句は実は彼らにこそ必要なものなのかもしれない。



 ――――……


 ――……


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