4-13
――あなたが言った事だよ。私はあなたで、あなたは私……
「そんなわけあるかいー!」
祭りで賑わう黄昏時の村の通りを、メイリは彼女の言葉を耳の奥で再生しながら、彼の姿を探した。
通りで祭りを楽しむ善良な村人たちが、突然のメイリの奇声に驚いて、人だかりに少し空白ができた。
「――――……こほん、え、エリーお嬢様!!どこにいらっしゃるのですかー?出てきてくださーい!」
メイリは周囲の集中する視線に少しばつが悪そうに顔を伏せたが、今の自分の格好と役割を思い出して、特段気にする必要が無いことに気付いた。
『あっ、メイリさん!遅いですよ!もう少し先です!……少し人だかりに流されてしまって――』
人だかりの中で周囲をきょろきょろと見渡しながら、主の姿を探していると、念話魔法特有の、ざらざらとしたノイズが頭の中に紛れ込んだ。
『なら、あなたたちがエリーお嬢様を助けに行けばいいでしょう?』
念話のノイズのように心をざわつかせる一連の出来事に、メイリは少しだけ余裕を無くしかけていた。
『いや……私たちそういうのはちょっと……ねっ?メアちゃん?』
『えっ?あっ、はい……えっと……頑張って下さい!お姉さま!』
(やってくれるわね、アリアさん……それにメアも……)
メイリは最近のメアの行動に、なにか姉離れのような気配を感じていた。そして、その原因は間違いなくその交友関係にあった。アリアとミーシャという新たな友人は、情操教育上結構な悪影響があるのではないかと、姉は常々危惧していたが、こうして実際に反抗という形で現れると、自分の無力さと、妹の成長になんとも言い難い、侘しさを感じるのだった。
(みんなみんな、面白がって、勝手なことばっか言って……私は勇者でもなんでもないのよ……私はただの――)
人の群れをかき分けつつ、頭の中に響く念話にしたがってしばらく進むと、ようやくそれらしい人だかりを見つけることができた。小柄な彼は“彼女”目当ての男どもにたかられて、メイリはその姿を直接見ることができなかったが、彼女にはなんとなくその中心に彼がいる予感があった……というか――
「えっと……その……そういうのは困ります……」
「えー?いいじゃん、それくらい」
エルハルトが人だかりの中心で、言い寄る男から身を躱すように顔を背けた。
「お、お前!失礼だぞ!」
「そうだ!そうだ!お前もカメコなら少なくとも最低限のマナーぐらい守れよな!」
「か、カメコ……?」
カメラ小僧……略してカメコ……
「あ、あの……すいません……スカートの裾を持って……こう――こういうポーズ取って見てくれませんか」
「えっと……その……こう――ですか……?」
「ああ!!そうです!そう!!」
パシャパシャ――
「――――……本当にあの人は……体にあまいみつでも塗りたくってるんですかね?」
メイリはカメラを持った、妙に鼻息の荒い集団に囲まれる主人を見て、使うと野生のモンスターと即時エンカウントできる、某ゲームのアイテムを思い出した。
「はあ……仕方ないですね――」
「ひやぁっ――」
「っ――――」
エルハルトの、男子とは思えないその甲高い悲鳴に、メイリが息を飲んで人だかりをかき分けると、要求通りに、スカートの裾をつまんで、お嬢様キャラに定番のポーズを取るエルハルトに、突然一人のカメコがヘッドスライディングをするかの如く、地べたを這って、カメラを上に向けていた。
「――――……」
地面に這いつくばる一人の男にエルハルトは、驚愕と羞恥、そして、侮蔑の表情を浮かべたが、理想郷を求めて邁進する彼には、その表情は目に入らない。
彼の無遠慮なレンズがエルハルトの隠された秘境にたどり着き、ぼやけた焦点は彼の右手によって徐々に、その神秘に包まれた理想郷を明瞭なものへと変えて――
「ふぎゃっ――!」
「……お待たせしました、お嬢様――」
メイリは地べたに這いずる、ローアングラーをわざとらしくもう一度踏みつけて、人だかりの中心へと向かった。
「メ……エイリーク……!!お、遅いぞ……!!」
エル……エリーお嬢様の目元には少し涙が浮かんでいた。
「――――申し訳ございません……さあ、お手を――」
「うん……」
メイリはそのままエルハルトを抱き寄せると、膝裏を抱えて抱きあげた。
「――ひゃあ……!」
いわゆるお姫様抱っこの格好で突然抱き上げられたエルハルトは、不安定な揺りかごに恐怖を感じて、慌ててメイリの首筋に抱き着いた。
「しっかり掴まっててくださいね」
「まっ、待て……お前どうするつもり――ひゃああ!」
「――――……」
そして、メイリは飛び立った。見上げるカメラ小僧達がみるみるうちに遠ざかっていく。
メイリはエルハルトを抱え上げたまま、その驚くべき跳躍力を発揮して、人だかりの中を飛び越えると、屋台や窓の庇を足場にして、立ち並ぶ民家の屋根へと降り立った。
「お、お前なあ……やりすぎだろ……これは……」
「……大丈夫ですよ、エリーお嬢様。今の私たちの格好を思い出してください」
メイリは腕の中の主をしっかりと抱きしめつつ、階下の人だかりを見下ろした。
“おお!やっぱ執事ってスゲー!”
”撮れっ!撮るんだ!こんな画、もう二度と撮れんぞ!”
“いいなあ、私も欲しいなあ、執事……”
確かにメイリの言う通り、見上げる人だかりはエルハルトが思うより寛容で、むしろこの光景を楽しんでいるようだ。
「こいつら、執事を何だと思ってるんだ……」
「ふふっ、あくまで執事ですから」
そう、今のメイリはメイドではなく、あくまで執事。
「まあ、うちのじいやもなんかすごいし、これが執事のデフォルトなのか……?要求水準高すぎないか……?」
だけど、肝心の主人の表情は浮かない表情のままだ。もしメイリが本物の執事だったなら、こんな事にはならなかっただろう。メイリはその腕の中でエルハルトの肩がこわばるのを感じた。
「――――しかし、これはやっぱりやり過ぎだな。ほら、お前が踏みつけたあの男の背中……くっきり靴の跡が付いてしまっているじゃないか」
カメラを手に、エルハルトの理想郷へと迫っていた無遠慮な男は、メイリに踏みつけられた時のまま、未だ地面に這いつくばって、起き上がる気配を見せない。
「む……あれは……仕方ないじゃないですか……だってエルハルト様の秘境が……」
「っ……秘境とか言うな!!いいんだよ!僕は!……別に男だし……見られたって減るもんじゃないし……――――それよりもメイリ、お前もさっきミーシャに言われただろう?僕たちは彼らとは違うんだ……」
本物の執事ならば主にこんな顔はさせない。
メイリはエルハルトの悲し気に沈む視線に、自らの誤りを悟って、さっきまで高まっていた気持ちが急激にしぼんでいくのがわかった。
「――――……申し訳ございません」
メイリは何とかその一言を絞り出して、顔を伏せた。
メイリは見掛けだけ似せた偽物だった。身にまとう執事服も、手に残る勇者の祝福も、ほのかに灯った胸の内の勇気も、全てが自分のものではなかった。
メイリを突き動かしたのは、ただエルハルトを自分以外の誰の手も届かない場所まで連れて行きたいという、胸の内に湧き起こった、正体不明の黒い衝動だけだった




