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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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4-12

 「ねえ、メイリさん――」


 「何ですか……――」


 「メイリさん……私が何を言いたいかわかるでしょ……?」


 「なんなんすか?俺は謝らないっすよ?あいつらが悪いっすから」


 「いや、それはもういいから。っていうか普通にメイリさんが悪いからね?先に手を出してるんだから」


 「――ごめんなさい……」


 「うん、わかればよろしい……って、そうじゃなくて!――――……わかるでしょ?」

 

 「…………」


 「もう、強情なんだから……」


 今度は一転して、黙り込むメイリに、ミーシャは大きくため息をついた。


 「――――……緊張……してるんでしょ?エル君と二人っきりで――」


 「……!……そ、そんなことありません」


 「嘘。私に嘘は通じないって知ってるでしょ?――ほら、夏なのにこんなに冷たくなって……」


 ミーシャは連行してきたときのまま、繋がったその手のひらを自らの胸の前まで運んで、両手で包み込んだ。


 「なっ……!離してください!――――……ていうか、力つよっ!……腕が……!全然動かない……!!」


 「ねえ、メイリさん――」


 「な、なんですか?それより手離してもらえませんか?手汗が……!恥ずかしいんですけど……!」


 「ううん!恥ずかしくなんかない!!」


 「いや、恥ずかしいでしょ!!緊張で手汗べとべとで冷えっ冷えなの、普通に恥ずかしいでしょ!!って言うか気持ち悪いでしょ!!だからそろそろ離して……!」


 「いや、離さない……私、メイリさんの手が暖かくなるまで離さないよ」


 「ええ……」


 そして、しばらく二人は暗がりで手を握り合った。もうそろそろ日が暮れて、お互いの顔さえ見えなくなり始める頃合いだった。


 「――――ねえ、メイリさん……」


 「……はい」


 祭りの喧騒から離れた路地裏の小路は、なぜかいつもより静かに思えて、ミーシャのその消え入るような呟きも、メイリの耳に鮮明に響いた。だから――


 「もっと気合をお入れくださいませ!!」


 「あ゛あ゛いだだだだ――な、なにするんですか!?いたい!!」


 続くミーシャの声量と、手に伝わる痛みの衝撃は、いつもの戯れの数倍の威力を伴って、メイリを襲う事となった。


 「あ、ごめん。ちょっと力入れ過ぎたかも」


 「本当……勘弁してくださいよ……あなたと予定がある日でHPが2/3以上残ったこと一度も無いんですからね……」


 「ああ、ごめんごめん。メイリさん強いからさ、つい油断しちゃうんだよね」


 「……弱さが……欲しい……」


 「わかる――――で、なんだっけ?」


 「もう帰っていいですか、本当……」


 「あともう少し待って!!」


 ミーシャは先ほどと同じく、なにか祈りを籠めるように、メイリの手のひらを包み込んで、目を閉じた。


 「…………」


 「もう、良いかな……?」


 「――――こんなことしても……」


 「ううん。実は効果あるんだよ、これ」


 「え……?そうなんですか?勇者の加護的なあれですか?」


 「たぶん違う」


 「そうですか……じゃあ――」


 「もちろん魔法でもないし、スキルでもない」


 「…………」


 メイリはようやく、彼女の気持ちを聞き入れる準備ができたようだった。自らの血と重なった手のひらの血潮が共鳴して、滞った血が押し流される。


 「どう?あったかくなった?」


 「……ええ――」


 「そう、よかった」


 メイリの手のひらに、ようやく温度の感覚が戻った。メイリは触れるミーシャの温度を、今更ながら知った。


 「ありがとうございます……」


 「ふふ……どういたしまして」


 ミーシャの温度が離れる。日が暮れて、彼女の目元に漆黒の帳が下りた。


 「ねえ、メイリさん。メイリさんはエル君が私をどう思ってるんだろうとか考えたことある?」


 「……考えたことは、あります。でも――」


 「でも、よくわからなかった?」


 「はい……」


 「そう、だよね……」


 メイリにとって彼は深淵だった。彼にとっての選択肢を彼女は恐らく彼以上に考えていた。だけど彼女はその真理の一欠けらさえ、未だに掴み取ることができないでいた。


 「ねえ、メイリさん――――……答えが……しりたい……?」


 「……!!――――」


 しかし、確かに彼女ならば知っているはずだ。彼の真意を。彼がどちらの方角を向いているのか――彼女は勇者だ。彼女には人の本質を見抜く、類まれなる才能がある。


 「でも、ごめんね。実は私にもわからないの」


 「そう、ですよね……」


 しかし、そうであるはずはない。


 「私、こんな事初めてだった。私にとってエル君はね、よくわかんない人なの。でも最初はそうでもなかった。彼と会うたびに、彼と言葉を交わすたびに、彼のことがよくわからなくなっていった。よくわからなくなると、彼のことを考えるようになった。だけど、彼を思えば思うほど、もっとよくわからないことが増えていった……」


 「…………」


 「恋は盲目ってこういう事を言うのかな……ふふ、ちょっと違うか……でも、私はどっちが先だったんだろう。見えなくなったから、恋をしたのか。恋をして、見えなくなったのか、そもそもこの気持ちは本当に恋と言っていいものなのか……」


 「――ミーシャさんも同じ……なんですね」


 「うん」


 「だから私はね……怖い……怖いから縮こまって、身を守る。ああ、どうせ彼が好きなのはあの娘なのにって……彼に相応しいのはあの娘だからって……何も知らないくせに……」


 未来が見えないのは当たり前のこと。暗闇を見ようとして、怖気づいてしまうのは当たり前のこと。それは目の前の勇者も同じことであるという、当たり前のことをメイリは改めて思い知らされた。


 (それなのに私は……あの時――)


 「自分の事ばっかり考えちゃう。本当に知りたいのは彼のことなのに……」


 メイリはあの「カフェ サギュリティア」での彼女を思い出していた。あの窓際の席に座る少女は、ただの誰でもない少女だった。メイリはその姿に自分を重ねていたのかもしれない。


 「ミーシャさん……ごめ――」 


 「だから!気合を入れるの!!」


 「わあ!びっくりした!急に大声出さないで下さいよ……」


 「メイリさん、あなたが言ったことだよ。私はあなたで、あなたは私。人に言ったことは全部自分に返ってくるって言うでしょ?――――だから、今日はあなたが気合を入れる番なの。だって私も思っちゃってるんだもん。ありのままのあなたが良いって……ありのままのあなたこそ、エル君が望んでいるあなたの姿なんだって――」


 「――――あなたと……私は……違う……」


 「ううん、違わないよ。だって、あなたもエル君の事何も知らないじゃない」


 「――――……」


 「さあ、行って。もうこれ以上時間は取れないよ、それに――」


 『お二人とも!お取込み中のところすみませんが、緊急事態です!!エルハルトさんがまた狼たちにたかられて――』


 「ほらね?」


 「ミーシャさん――」


 「だめだよ。今度は助けない。あなたが何とかするの。もちろん暴力は無しでね」


 「――――……」


 「じゃあ、またね。玲瓏館の有能執事さん」


 「――――……では……失礼いたします……」


 路地裏を飛び出す彼女の姿は、まさに主のピンチに必ず駆けつける、完全無欠の有能執事。


 「全く、もう……似合い過ぎだよ……」


 残されたミーシャは路地裏の建物に背を預けて、一人寂しく微笑んだ。


 「お礼はしたけどね……仕返しはまだだったから……許してね……メイリさん――」


 もう日はどっぷりと暮れて、空を見上げれば夕焼けのオレンジと藍色が混じって、不思議な色合いを見せていた。その色合いにいつもは皆寂しさを感じるものだけど、今日だけは違うみたい。

 立ち並ぶ屋台から漂う、かぐわしい祭りの香りと、きらきらと世闇を照らす、安っぽい白と橙の照明――今日はこれから始まるのだ。

 路地裏の小路から覘く、あたりを行き交う人々の笑顔に、ミーシャは満足した様に微笑んで、また空を見上げた。

 ミーシャはしばらく、そのまま空を見上げて、残ったオレンジ全てが藍色に塗り替えられていくのを見守った。


 ――――……


 ――……

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