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「って、訴えられるわけねーじゃん」
エルハルトは自室の書斎机に突っ伏し、心底疲れ切った顔で独りごちた。
エルハルトは――有り得ない事ではあるが――もしあの姉妹が、この玲瓏館を去ってしまったらと少しだけ想像を巡らせて、すぐにそれを中断させた。あの姉妹に居なくなられたら、玲瓏館はすぐに立ち行かなくなるだろうことは、火を見るよりも明らかだった。
「あー、やめやめ!!馬鹿らしい。別にフリー素材だっていいじゃないか、どうせすぐ飽きるさ」
エルハルトは自分のプライドと姉妹がいなくなることに起こる様々な煩わしい出来事を天秤に掛けて、あっさりプライドが敗れ去るのを見届けた。
「それに――――」
ドアがコンコンと二回ノックされて、聞き慣れた声が聞こえた。
「エルハルト様、少しよろしいでしょうか」
「ああ、入れ」
見慣れた長身と銀色の髪が扉を開けて入ってくる。エルハルトはその姿を生まれてからずっと見てきた。今更その姿がなくなれば一体自分がどうなってしまうのか想像もつかなかった。
「ん?いかがなさいましたか?エルハルト様、なんだか今日は目線がいやらしいような………」
「本当に訴えるぞ」
「ひ、ひどい………この前の事はちゃんと謝ったのに………やはり私はもう用済みだとでもいうのですか………?」
「いや、用があるから困ってんだよ!ていうか用があるのはお前の方だろ!」
「あ、そうでした。エルハルト様こちらをご覧ください――――」
「――――切り替え早いな。羨ましいよ………」
「ご覧の通り、またしてもサブオプ問題が浮上しております。どうやら最近玲瓏館のドロップ率が偏っているらしく………」
メイリが手に持ったタブレットの画面をエルハルトに見せる。
「んーー、そんなこと言われてもな………」
「“エルハルト様フリー素材にされて激オコか。悪質なダンジョンのサブオプガチャの実態――”」
「やっぱお前が原因じゃねえか!!ていうか何だよこの三流記事!!ダンジョンのボスドロップはマスターですら関与できないことぐらい常識だろ!!」
「ええ、そのはずですが、ランダムドロップという性質上、この記事を鵜呑みにしてしまっている者も多いようです」
メイリは画面を下にスクロールして、地獄のコメント欄を映し出した。
“そんな………エル様信じてたのに”
“知ってた。未だにダンジョン産の装備に頼るとか馬鹿のすること”
“やっぱネームドの人たちって怪しいよね。絶対「やってる」よね”
“エル様かわいい掘りたい”
“少し顔が良いからって、調子乗りすぎよな、このまま消えて欲しい”
“えるださいめいりかっこいい”
「………なんというか、世も末だな………」
「ええ、でもこのまま大きな騒ぎとなれば、公式としては何か声明を出さなくてはならないかもしれません。他のダンジョン関係者から圧力が掛かりそうなので………」
「ええ………?なんかあれだろ?こういう時って逆になんか言うと駄目なんだろ?」
「ええ、そうなんですが、ダンジョン関係者はその性質上、ネームドの方が多く、まだネット文化に適応できていない方が多いんです」
「あーもう、めんどくさいなあ――――んー…………わかった。とりあえずお前はダンジョンのボスドロップに関する論文を引用してSNSでそれとなく発信しとけ。もちろんモブ………いやネームド以外の者が書いた論文でな」
一昔前までは、ネームド以外の限りある者たちを総称して“モブ”と呼んでいたが、今ではそれは差別用語として認定され、おいそれと人前で使えなくなってしまった。今では世の大部分は彼らのものだ。彼らが多数派であるならば、区別されるべきは我々の方で、故に彼らを区別する言葉は今は必要なかった。すっごい不便。
「はあ………つーか何なんだよあの宝箱。ボコられると宝箱が出てくる仕組みってやっぱ終わってるよ――――」
「これも仕事ですから」
「まあな、平和になった世の中じゃあ、他の仕事は僕たちには荷が重すぎる」
ダンジョンはネームド、それ以外に関わらず、大戦期を生き延びた軍人や冒険者や魔物、その子孫たちの受け皿となっていた。もちろん人の世に溶け込んで、それぞれの居場所を見つけた者たちもいる。しかし、倒れても死なず、生き返ることの出来るダンジョンの機構はその中に入れなかった者たちには都合が良すぎる存在だった。