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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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59/211

4-4

 ここは穏やかな日差しが差し込む玲瓏館の一室。

 夏の香りが、そろそろ強さを増しつつある日差しのコントラストと共に、辺りを埋め尽くそうとしていたころ、エルハルトは自室の深茶色の樫の木で作られた重厚なテーブルを目の前にして、最後の戦いに挑まんとしていた。

 テーブルの上には精巧なミニチュア模型。

 広場を囲う木組みの家々が、世闇の中で、中央に置かれた焚火を模した炎によって煌々と照らされ、広場の空白を埋め尽くす人々が、その灯りを受けながら、思い思いの笑顔で踊り明かしている。

 エルハルトは呼吸を止めて幾秒。慎重に震える手を抑えて、最後の仕事に取り掛かる。

 一つ一つ、一歩ずつ心を込めて作ってきた。

 知識の無い者から見ると、その出来栄えはほとんど完璧と言ってもいいものだろう。だが、真の完成を求める彼にとっては、その最後の仕事こそが最も重要なものだった。そして長く生きる彼は、その最後の一手間が出来栄えに大きな差を生み出すことも、よく知っていた。


 「――――……ふぅ……ごくり……」


 ミニチュアの世界の中で一際目立つ、山車の上に乗った魔女を模した人形が、エルハルトを厳しく睨みつける。

 さあ、最期の時だ。待ちに待ったこの瞬間。最後の一欠けら。その何の変哲もない、群衆の一人が、その誰でもない最後の一人が今、彼がこつこつと完成を目指していたジオラマ模型の最後の空白を埋め――


 「エルハルト様!」


 「――――――…………なんだ、メイリか……なんか最近こういうの多くないか?ちゃんとノックはしろよ?曲がりなりにもここは主の自室だぞ」


 「あ、そうでしたね。では一度失礼して……」


 メイリは開け放ったエルハルトの自室の扉をもう一度くぐって姿を消すと、外からコンコンと扉を叩いた。


 「エルハルト様、今お時間よろしいでしょうか?」


 「ああ、入れ」


 「失礼します――」


 再び主の部屋へと侵入したメイリは、開いた扉をゆったりとした、(上辺だけ)上品な所作で閉めると、これまたゆったりとした仕草でもう一度主人へ向き合って、更にたっぷりと時間を掛けたのちに、ようやく口を開いた。


 「エルハルト様!」


 「おい、なんだこれ?これになんの意味があるんだ?おい、誰か教えてくれよ。時間を無駄にした以外になんの意味があるか、誰か知ってるやつはいないのかよ!」


 もちろん誰も答えを知る者はいない。


 「エルハルト様!」


 「――――……なんだ?見ての通り僕は取り込み中だ。お前のおかげで、最後の一人はもう一度作り直しだ。僕が未だ冷静でいられるのは、幸運なことにそれ以外の箇所に被害がなかったからだ。それ以外に被害が出ていたとしたら、僕は――」


 「そんな事よりエルハルト様、ゲームしません?ゲーム」


 「あ?まずはごめんなさいだろ?僕はいつもごめんなさいを早めに言えって言ってるだろ!お前だよ、お前だけだよ、この玲瓏館で――」


 「はいはい、ごめんなさい、趣味のジオラマ製作を邪魔してごめんなさい、反省してます……これでいいですか?」


 「ああ!腹立つぅ!!お前、それが人を遊びに誘う態度かよ!お前な、毎回ミーシャからも苦情が入ってるんだぞ?お宅の娘さん、もう少し素直に人を誘えないんですかって。毎回フォークト=ガンプフ検査のまがい物みたいな事をさせられて辛いですって。何度試しても私はレプリカントではありませんって――」


 「一緒にゲーム、やってくれないんですか……?」


 「――――――……いいよ……でも少しだけだからな!これは今日中に完成させるって決めてた――」


 「ふふ……ちょろ……」


 「あ?」


 「ほら、皆さん、見ましたか?こうすればエルハルト様は来てくれるんです。意外とちょろいんですよ、エルハルト様って」


 「あ?」


 「お、お姉さま――」


 メイリが開け放った、エルハルトの自室の扉の陰から顔を覗かせたのは、彼女の妹のメアだった。


 「さすがです!!お姉さま!!きっと私たちじゃこんなに簡単にはいかなかったでしょう!!」


 「あ゛あ?」


 「ひどい……これはひどい……エルハルトさんに今度菓子折りくらい包まないと……」


 続いて現れたアリアの表情と台詞に、エルハルトは全てを察した。


 「はあ……頼むから今度からはメイリ以外の使いを出してくれ……そうすれば、このような痛ましい犠牲を払わずに済む」


 エルハルトはメイリの突然の強襲により、思わず手の中で握りつぶしてしまった、ジオラマ模型の群衆の一人を作業台にそっと横たえた。


 「あ、あの、ごめんなさい、エルハルトさん。今度メルクリ屋でお菓子買ってきますから……」


 「ああ、すまない。費用はメイリの給料から天引きしておくから」


 「ええ!?ひどい!職権乱用ですよ!?」

 

 「メイリ、もう一度アリアさんの顔を見て言ってくれるか?」


 「……――――まあ、良いでしょう。ちょうど私もそろそろあの糖分は摂取したいと思っていたところですから」


 「あ、アリアちゃん……?私また何か間違いを……」


 「いや、良いのメアちゃん。全部この人が悪いから……」


 そう、アリアはこの数週間で更に大人になっていた。でもあんなになりたがっていた大人は、彼女が思うよりずっと苦労が多くて、父親のように額にしわが強く刻まれるようになるのは、もしかしたらアリアが思っているより、もっと早いうちになるかもしれなかった。


 ――――……


 ――……


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