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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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3-18

 二週間はあっという間に過ぎた。その時間はエルフにとってもネームドにとっても短すぎたに違いなかった。


 「ええ……お見送りまで……その……申し訳ない……」


 アルドが“その様子”に気を取られながら、謝礼を述べた。


 「あらあら……これはさすがに……アリアちゃんには刺激が強すぎるかしらね……」


 「い、いや……!そんなことないよ……!私、もう大人だから!――――でも……うわあ、これは……ああ!そんなとこまで……!」


 アルスティア家の夫人はそうは言いながらも、頬に手をそえて、しっかりとその場面を焼き付けていたし、娘の方は恥ずかしさで両手で顔を覆いながらも、その指先の隙間からしっかりとその場面をチラ見していた。


 「申し訳ございません。これが“ケジメ”というものでございますので」

 

 メイリは“シンヤレイジソウ”に捕われ、見世物となった主と錬金術師を氷点下の眼差しで見つめた。 


 「そうだよ……だけどこれがネームドなりの落とし前なの……でも大丈夫。深夜零時だから。穴は無事だから」


 わざわざ午前中に半休をとって立ち会わせたミーシャが、ニチアサソウより幾分か威力を増した、その“リラクゼーション効果”によって、溺れるようによがる二人を、哀愁を持った視線で見つめた。


 「くそっ……んあっ……忘れてたと思ってたのに……!くっ……でも、僕はこんなのにっ……負け……んあああ!」


 ※あの……その……シンヤレイジソウだからね……害はないやつだからね、安心してね。際どいけどね、大丈夫だからね、地上波で流していい奴だからね……だから、許してね、通報はやめてね……


 「おい!……ふざけるな!……んん……俺は悪くねえって、言っただ……お゛う……だから……許してくれ……もう……ぐあっ……」


 エルハルトに続いて、テオもしっかりとその効能に溺れていた。


 「んー、きたないですね。やっぱり性転換させてからの方が良かったですかね?」


 「そうだよね……たぶん読者的にもそっちの方が喜ばれるんじゃないかなあ。あ、でもさすがに規制掛かっちゃうか……」


 「えっ?そんな事できるんですか?」


 教育上の観点から、後ろに立つメイリに目元を覆われていたメアが、頭上で繰り広げられる二人の会話を聞いて、その暗闇の中から声を上げた。


 「さあ、どうだろうね。でも噂には聞いたことあるし、そういう魔法か薬くらいあってもおかしくないよね、メイリさん」


 「そうですね……それにうちには大錬金術師様がいるんですよ?――――それくらいは作れますよね……?地下室の大錬金術師、テオス・プラストス様?」


 メイリはそういって、絶え間なく襲うシンヤレイジソウの快楽に抗うテオに、その冷たい視線を投げかけた。


 「馬鹿言え……そんなの……んん……簡単に作れるわけないだろ……それに、こんなお遊びの為に使えるような素材じゃ……んあっ……」


 「あ、やっぱ作れるんだ」


 ミーシャがせっかくのテオの努力を無下にするように、あまり興味なさそうにいった。


 「また、薄い本が厚くなるような素材を提供してしまった」


 うん、ありがとう。いつか本編でも使うわ。

 

 「お前らふざけるな!……んんっ……せっかくのエンディングだぞ……あ゛あっ……こんな終わり方……ひどすぎ……んあっ……」


 「エルハルト様が悪いんですよ」


 「うん、エル君が悪い」


 「……エルハルト様が悪いです……」


 「うぅ……メアまで……」


 エルハルトはメアのまさかの反抗期に、今日一番のダメージを負った。


 「そうだそうだ!エルのやつが全部悪いんだ!!」

 

 「おめえもでございます、腐れ錬金術師様」


 「ひぃん!……」


 「お、お姉さま……?」


 そして、余計な一言を言ってしまったテオにはメイリから、魔法で作られた小粒の氷塊が送られて、テオは物理(魔法)的なダメージを負った。


 「メアちゃん、これが大人だよ、大人はね、汚いんだよ……――――それに、アリアちゃん、アリアちゃんもしっかり見ておくんだよ。こんな大人にはなっちゃあいけないよ」


 「は、はい……」


 アリアの後ろに回り込んでそう囁くミーシャに、アリアは顔を真っ赤にしながら頷いた。

 どうやらこの二週間で、ミーシャに対するアリアの苦手意識はある程度は解消した様だった。


 「あ、あの……できれば娘にはこれ以上は……」


 「あらあら……あらあら……あららららー!」


 「ミラーナ……」


 そんな娘の姿に、今更ながら危機感を感じたアルドはそういって、ブレーキレバーに手を添えたが、本人もそのレバーがあまり効力を発揮しないことを理解しているのか、強くそれを引くことは無かった。唯一の常識人であるはずのアルドも、この二週間ですっかり感覚が麻痺してしまったようだった。


 「あ、そうだ、アルドさん……んん……あなたには……んあっ……最後に伝えておきたいことが……んああ」


 エルハルトはそういいながら、シンヤレイジソウに捕われた腕から、精一杯指先を動かして、アルドを手招きした。


 「――――……はい……なんでしょう……」


 アルドは渋々その要求に応じ、シンヤレイジソウを避けるようにして、慎重にエルハルトの耳元に顔を寄せた。


 「――――……別れのシーンではよくある台詞ですが……」


 「いやあ、絵面が最悪すぎるね……」


 アリアの元から戻ってきたミーシャがメイリの台詞を引き継いで、しみじみといった。


 「お前らの……せいだろっ……ふあっ……」


 エルハルトの悩まし気な吐息が、顔を寄せていたアルドの耳元に掛かって、アルドは心底嫌そうな顔をした。


 「そうだそうだ!……この扱いはさすがに不当すぎる!……んあ゛っ……」


 テオもこれ以上余計な事言うのやめたらいいのに。


 「……ほんとに反省してるのかなあ……この二人……」


 「これは延長コース……ですかね」


 「ああっ……うそうそ!……反省……んあっ……してるから……許して……え゛!!」


 エルハルトは余計な一言をのたまったテオを睨みつけた。


 「ごめんなさい……反省してますぅ……んあ゛っ……だから許してぇ……」


 しかし、テオにはその視線を受け入れる余裕はもうなさそうだった。 


 「んー、そうですね……でも――思ったより、あれなんで……延長は無しで行きましょうか――――私もいろんな意味で限界ですし……」


 「え?メイリさん!?ちゃんと我慢してよ?本当に通報されちゃうんだからね!?」


 「わかって……ます……」


 「お姉さま……?」


 目元を覆うその手のひらに、温度の上昇と油分の生成を感じて、さすがのメアも怪訝な表情にならざるを得なかった。


 「――――……我々はもうそろそろ発った方がよさそうですね……」


 ようやく地獄の密談を終えたアルドが、心底疲れ切った表情で、出立の合図を家族に送った。

 

 「あら、もう行くの……?ねえ、アルド君もう少しだけ……」


 「だめだ、ミラーナ、だめだ」


 恍惚の表情で、二人の痴態を見守っていたミラーナをアルドは秒速で窘めて、疲れ切った表情を引き締めた。到着時点では体力の限界に来ていたのは、ミラーナの方だったのに、これは一体どういう事なんすかね。


 「――――……」


 「アリアさん、後で映像送りますからね」


 母親以上に二人の痴態を熱心に見つめていたアリアに、二人羽織のごとく妹と共ににじり寄ったメイリは、夢中の彼女にこっそり近づいて、背後でそう囁いた。


 「ふひゃあ――め、メイリさん!?何言ってるんですか!!別に私は……!」


 「何ですかその鳴き声、あんまり大きな声出すとお父さんにバレますよ」


 「は、はい……」


 「アリアちゃん……」


 「め、メアちゃんこれは違うの……!私は汚くない!汚い大人なんかじゃない!!」


 「……?……――――そうですよ?アリアちゃんはすっごく綺麗なんですから、もっと自信を持ってください」


 「あ、うん、ごめんなさい」


 アリアはメアの一時的に解放された目元の、純粋なきらめきを見て、そこに反射する、だんだんと薄汚れていく自らの姿に、軽い絶望感を覚えた。


 「これが大人になるってことなんだ……」


 「――――アリアさん……」


 メイリはだんだんと近づく別れの時間に、寂しさと恐れを積み重ねながらも、それを極力表に出さないように、自分より幾分か低い位置にあるアリアの瞳を見つめた。


 「お元気で……私たちはいつまでもここであなたを待っていますからね」


 だけど何度も出力したその言葉に気持ちが積み重なり過ぎて、彼女の努力はほとんど無駄になってしまっているのかもしれない。


 「うん、アリアちゃん。私たくさん、らいん……?送りますからね。もし困ったことがあったら絶対すぐ言ってくださいね!約束ですよ!」


 「――――うん……約束する。メイリさんも……お元気で……私、いつか必ず戻ってきますから」


 「「はい」」


 「――じゃあ、またね」


 「はい、また――」


 「うん、またねアリアちゃん――」


 「では行こうか……――――この二週間大変お世話になりました。このご恩は一生忘れません」


 「あ、あの……大変お世話になりました!!」


 「うん、お世話になりました……メアちゃんもメイリちゃんも、これからも娘と仲良くしてあげてね」


 「「ハイヨロコンデー」」


 「うん、よろしい。じゃあまたねー」


 「……それでは神のご加護をあらんことを――」


 「はい、それではお気を付けてお帰りくださいませ。またのお越しをお待ちしております」


 「うむ、まだ夜の闇は終わりではない!次こそは貴様らを氷獄へえ゛ぇぇっ」


 「無理しなくてもいいのに……」


 「エルハルト様……」


 こうして最悪の絵面で、一人の少女の旅立ちの話は幕を閉じた。果たして彼女が掴み取る未来はどのようなものになるのか。期待とそして彼女の幸運を祈って一同はその背中を見送った。





 ――――二人の嬌声と共に……



 「「んああああっ!!」」



 ――――もう終わりだよ、この作品は……


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