3-15
「なるほど……そんな事情が……――――って、おい、寝るなテオ」
「あと5分……」
「あの……テオスさんでしたっけ?目の下、すごい隈じゃありませんこと?よろしければあちらのソファでお休みになられてはいかが?」
「んがあ……」
「おい、テオ……――――申し訳ございません、ではお言葉に甘えて――――すまない、ミーシャ、運ぶのを手伝ってくれないか?」
「もう、しょうがないなあ……」
「私も手伝いますよ――」
アルドが申し訳程度に手を挙げた。
「いや、お客人に手伝わせるわけには……」
「エル君、私も一応客人なんだけど……」
「す、すまない。なんかお前が一番良いかなって……近かったし……」
「え、エル君……」
ちょろい。
(一体何なんだ……全然話が進まないぞ……)
ようやく浮ついた雰囲気が落ち着いて、アルスティア家の事情のほんのさわりの部分に触れたところで、またしても話の腰を折られたアルドは、若干のイラつきを抑えながら内心で呟いた。
「ふう……ありがとうミーシャ……えーと、それでなんでしたっけ?アルス――いや、アリアさんの一度目の家出は失敗に終わったんでしたっけ」
「……まあ端的に言えばそうなります」
「…………」
アリアはテーブルのハーブティに視線を落として黙り込んでいる。
「それまでは学園でも優等生として有名だったんです。成績も良くて……何だっけ?アリアちゃん……なんかの委員長もやってたわよね」
「…………」
「学級委員だろ?」
「そう、でしたっけ?」
「たしか……そうだろ?」
「――――委員……」
「え?」
「風紀委員!!」
「ああ、……そうだ、風紀委員だ――すまん、もう何十年も前のことだから……」
「興味なかっただけでしょ……」
「そんなことないわ!お兄ちゃんだって毎日喜んでたじゃない!お母さん覚えてるわよ、アリアが長になった!!って……」
「いや、あの人はいつもそうじゃん……」
「あ、あはは……えーと……アリアさんはお兄さんがいるんだな」
アリアはエルハルトの困ったような顔の問いにこくりと頷いて返した。
「まあ、息子のことは置いときましょう、今回のことには関係ない……はずです。そうだよな……?アリア」
「――――うん……」
正直なところ、あの過保護な兄がまるっきり関係ないかと言われれば、必ずしもそうとは言い切れないが、これ以上面倒を増やしたくなかったアリアは、それ以上何も言わず肯定した。
「――――私たちの知る限り、娘“自体”に問題はありませんでした。成績も優秀、教師の評判も上々……」
「…………」
「ですが、娘はある日突然友達と結託して、里抜けを決行したのです」
「…………」
「しかし、それは失敗に終わりました。当時はまだ彼女らも子供でしたし、今とは違って、里抜け事態も容易ではありませんでした――」
アリアはあの日の失敗を思い出した。
――――……
あの日、アリアは里と外の世界を結ぶ大橋の、結界が停止する時間表を、父の書斎から秘密裏に入手していた。それが彼女たち三人の切り札であり、彼女たちが里抜けの可能性を見出した原因でもあった。
「なあ、アリア、外に出たら何がしたい?」
アリアたちは橋の中心にある点検用の階段の陰に隠れて、その時を待っていた。
アリアに声を掛けたのは、エルフの女子には珍しく、髪を短く刈り上げた活発そうな目元の女の子だった。
「わ、私は……とにかく……自由になりたいかな……?」
アリアは答えた。あのころはまだ髪が長かったと思う。
「はは……なんだよそれ……別にお前は私たちに付き合う必要なんて無いんだ。お前はいいとこのお嬢様なんだから」
切れ長の瞳に、低く、落ち着いた声音の女の子が答えた。彼女の長く、乱雑に伸ばした金髪には、濃い黒がところどころに混じっていて、アリアはその色合いが好きだった。
「そ、そんなこと――」
「そんなこと言うなよ!!俺たち仲間だろ!」
髪の短い女の子がいった。
「アリア……無理しなくていいんだよ。ほら、こんなにも震えてる。いつもの君らしくない」
「う、ううん!そんなことない!いつもみたいに私を頼ってよ!!私が全部何とかするから……!私の言う通りにすれば全部上手くいくから……!」
「はっ、やっぱアリアはすげえよ。俺たちとは頭の出来がちげえんだ」
「――――……」
「あっ、ほら、もうすぐだよ!もうすぐ外からの使者の為に結界が解かれる!これはお父さんたち一部の里の人しか知らない密談だから――――あ、あれ……?」
「おい!どういうことだよ!全然解かれないじゃないか!!」
「――――……」
切れ長の瞳がアリアを貫いた。
「――――そこまでだ」
「お、父さん……?」
袋小路に行き会った彼女たちの目の前に現れたのは、アリアの父であるアルドだった。
「そこまでだ、君たち。里抜けは我が里に置いて重罪だ。アリア、わかるな……?」
「え?お父さん……?なんで――」
「おい!!ふざけんなよ!!なんだよ!なんだって、アリアの親父が……もしかしてアリアお前!!俺たちを騙して……」
「ち、違う!信じて!!――」
「いい……もう、良い……」
彼女のその低い声はやけにアリアの耳朶に響いた。
「うむ……二人を連れていけ!娘は私が預かる――」
「おい!!ふざけんなよ!!俺は絶対諦めないかんな!!」
森の戦士に連れていかれる二人の背中と、父の冷たい目の記憶、その記憶はアリアの中にいつまでも残り続ける――――
――――――……




