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「この度は誠に……誠に、申し訳ございませんでした!!」
DOGEZA――――土下座、それは神話の時代より伝わりし、謝罪の意を示す姿勢の一つ、その最上級の表現方法。
「なるほど、メイドの仕事はしっかりこなしたようだね、メイリさん」
ただでさえ小さい体躯を、さらに縮こめるようにして地面にうずくまる主を、メイリはその冷たい視線で見下しながら、ちらりと視線をミーシャに投げかけて頷いた。
「はい――――エルハルト様、さっき念話で伝えた通り、“シンヤレイジソウ”のご用意はお済みになっていらっしゃるでしょうか?」
「はい、もちろんでございます、それについてはこちらの――――って、おい!テオ!逃げるんじゃない!お前だって共犯なんだからな!」
応接間のドアの裏に隠れてそのまま部屋を脱出しようとしていたテオを、エルハルトは呼び止めて、隣に正座で座らせた。
「お済みになっていらっしゃるでしょうか?」
「は、はい!!えーと、テオスの奴がしっかりと……はい……」
「お、俺は悪くねえ!!悪くねえ!!」
無理やりエルハルトの隣に座らせられたテオは、往生際悪く、ぶんぶんと首を横に振って自らの罪を否定した。
だが、人類皆平等。一度は受けるべし、蔓植物。古事記にもそう書かれている。
「テオスさん……お済みですね?」
「なあ、本当に俺は悪くないんだ。エルのやつが無理やり――」
「良くないなあ、テオスさん、別にこっちはあなたの研究所を吹き飛ばしてあげることだってできるんですよ?だって、あなたがあんな道具をエル君に渡せたのは、あの研究所の所為でしょ?それが無くなれば……ねえ……?」
そしてミーシャの援護射撃。それはどんなに固く、高い障壁でも木っ端みじんにするほど威力があった――――物理的に……
「はい。用意はお済みです。ばっちりです。場所はダンジョンの地下の植物園です」
もちろんテオはそれらの圧倒的な力の前に、なすすべもなく膝を折らざるを得なかった。
「「よろしい」」
やっぱり男の趣味が一緒だと自然と息も合うのだろうか。
「…………」
「…………」
「…………」
アルスティア親子が放つ冷ややかな空気が心臓に悪い。
「――――こちら、玲瓏館特製のハーブティーでございます」
しかし、メイリと違って異常にタイミングが良いのがこの男。これが似非と本物の違いか。
冷え切った空気を暖めるように、瀟洒な装飾が施されたトレーを持ったじいやがそういって、親子三人とミーシャを応接用の椅子とテーブルに案内して、その前に四人分のカップを置いた――――え?主の分は良いのかって?そりゃあ、土足の床に正座したままじゃ飲めないでしょ。
「ありがと、じいやさん」
「――――かたじけない……」
「あらまあ、お気遣いなく……」
「私まで……あ、ありがとうございます」
ミーシャとエルフの一家は、それぞれじいやに礼をいって、案内された席に着席した。
遠慮がちにじいやに渡されたハーブティを受け取るアリアに、じいやは柔らかに微笑み掛けた。なんだかんだ言っても事務仕事の教育はじいやが行っていたのだ。少ない時間であっても、彼にとっても少なからず、何か思い入れがあったのかもしれない。
「あの……その……話しづらいので、お二人もテーブルの方に……」
着席したアルドがついに耐え切れなくなって、正座の二人に声を掛けた。
「よろしいのですか……!?」
とことん腰が低いエルハルト。
「い、いいのか……!?」
この期に及んで未だ尊大な態度のテオ。
「あの……はい……誠意は伝わりましたので……」
「そうですわ、そんな恰好ではまともにお話などできませんもの――――ああ、それと申し訳ないのだけれどお二人にもハーブティーを作ってくださるかしら」
アルスティア夫人は夫に続いてそういって、仕事を終えて脇に控えていたじいやにハーブティの追加をリクエストした。
「ふふ……かしこまりました」
「お、お母さん!!ご、ごめんなさい、じいやさん――――あとお二人も、お願いだから、ちゃんと椅子に座ってください!ごめんなさい!!私が悪かったですから!!」
まるでこの館の主かのように優雅に振る舞うミラーナに、予想の遥か斜め上を行く展開に放心気味のアルド、そして奴隷のように床にへばりつくエルハルトとテオ……きっとアリアにとったら地獄のような光景だろう。
「――ああ……最悪だ……」
羞恥に顔を真っ赤に染めながら、まだ地獄の入り口であることを察したアリアは頭を抱えてそう呟いた。
「おいたわしや、アリアさん……」
そんなアリアを陰で見守るメイリのつぶやきは誰に聞かれることもなく虚空へ消えた。
――――――……
――――……




