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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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3-13

 (流されてる……)


 隣を歩く妻と、前を歩く娘を交互に見つめながら、アルドは心の中でそう呟いた。


 (いつもこうだ。いつもなんやかんやあって、最後は流されるように娘や妻の言う事を聞いてしまう……――――里に“いんたーねっと”とやらを引かされた時だってそうだ。そもそもあの時から私は間違えていたのだ。あんなもので娘を引き留められるはずがない。むしろ外への憧憬を強めるだけだったことに何故気付かなかったんだ、あの時の私は――――)


 意外なことにこの堅物は、里では(妻と娘の所為で)改革派の急先鋒としてその名を知られていた。

 そんな彼が里の中でぎりぎり村八分の憂き目にあっていないのは、その性格と彼の職業、そして彼が主導して行った、ネット環境の整備が意外なことにもアルステリアの人々に受け入れられたからである。


 (確かにあれのおかげで、外の情報は今までより格段に入手しやすくなったし、経済的にもかなりの貢献があった。だが、その代償はあまりにも大きい――)


 元々種族全員が引きこもり体質のエルフにとって、その技術はまさに願ったりかなったりの技術だった。

 たとえば、エルフたちの主要産業である、金細工や装飾品などの加工品の販売は今までは戸口が非常に狭く、限られた顧客に対してのみの販売だったが、ネット環境が整ったことによって、その需要は過去の数倍にも伸び、必要資材の輸入もそれまでとは格段にスムーズに行えるようになった。


 (だが、世界と繋がるとはこういうことだ。もう物理的な閉鎖などなんの意味もない)


 その技術が、娘に必要以上の情報を与えたのは火を見るよりも明らかだった。これは神による報復だろうか。

 そして、そのしっぺ返しはアルドだけでなく、里全体を襲おうとしていた。時流の変化が、徐々ににアルステリアの里を変えてゆく。


 (私たちは神を捨てられるのだろうか?その罰は私たちに一体どんな不幸をもたらす――)


 誰にも分らない問題だった。神の名残をより多く残しているエルフという種族だからこそ、その選択はより慎重にならざるを得なかった。


 「アルド君ー?」


 (我々では時の流れの早さに付いていくことはできない。だが、森は神の息吹を失いつつある。我々はもうこれまで通りに生きていく事はできないだろう。娘がその生き証人だ。我々は――)


 「 ア ル ド 君 」


 「なんだミラーナ」


 「そのぶつぶつ独り言つぶやく癖直した方が良いよ?アルド君。その額のしわも」


 ミラーナは背伸びしてアルドの額に追いつくと、その中心の眉間に集まったしわをつついた。 


 「おい、やめろ」


 「えー?せっかく可愛い顔してるのにー、それじゃ台無しだよー?」


 「か、可愛くなんかない。いつまで子ども扱いをするのはやめろ、少しくらいお前の方が年上だからって、もう――――」


 「もう!!いい加減にして!!――――いい年してみっともない……ほら、着いたよ玲瓏館」


 アリアが父とそっくりのしわを額に作って二人を窘めた。


 「あ、ああ……」


 「ふふ、ごめんねーアリアちゃん」


 「…………」


 もしかして、アリアが実家を離れたがっていたのは、この両親が家にいるからではないだろうか。メイリは彼らのやり取りを見て、そう訝しんだ。


 「ただいま客室の用意をいたしますので、少々お待ちいただきますよう――――メア、頼めるかしら」


 「はい!お姉さま!――アリアちゃんのお母さまとお父様も少々お待ちくださいね!」


 「あら、まあ!!ありがとうね、メアちゃん」


 「かたじけない」


 「いえ!それでは失礼いたします!」


 「本当良い子ねー、メアちゃん――――アリアちゃん、ああいうお友達は大切にしなきゃだめよ?」


 とたとたと健気に走り去るメアの背中に、ミラーナが感心したように頬に手を当てていった。


 「いや、その仲を引き裂きに来たお母さんが言う?」


 「それも……そうね……」


 「ミラーナ……」


 そのやり取りを見て、アルドはいよいよ逆風が、足を踏ん張らねば耐えられない程のものになって来ていることに気付いた。

 アルドが何か取っ掛かりが無いかと思考を巡らす内に、ミーシャが三人の家族の前に出て、いった。


 「――――さて、私はこれからこの館のご当主様とお話を付けてこなければいけないので、この辺で失礼させていただきます」


 アルドはここが踏ん張り時と察して、去ろうとしたミーシャの背中に必死に食い下がった。


 「いや、待ってくださいミーシャさん!私もどうかご一緒願うことはできませんでしょうか?私もここの当主とは話を付けなければならない」


 「……奥様もお疲れのようですし、面談は明日でも――――いえ……そうですね……ごめんなさい。もちろんです。あなた方には当主に説明を求める権利がある」


 アルドの必死の視線に何かを感じ取ったミーシャは、自らの言葉を途中で切って、彼の要求を呑む台詞に変えた。


 「ご高配受け賜わり感謝いたします」


 「いえ――では、参りましょうか……メイリさんも一緒に来る?」


 エルハルトがいるであろう、館の最上階の窓をその赫い瞳で見つめていたメイリにミーシャは声を掛ける。


 「ええ……家の者がいない状況で歩き回るのは気が引けるでしょうから……」


 「あのう……えっと……私も行かなきゃだめでしょうか……」


 アリアが少し遠慮がちにいった。


 「うーん、アリアちゃんもできれば来て欲しいな。この隙にどこかに逃げられても困るし」


 「ひっ……はい……わかりました、行きます」


 アリアはもうすっかりミーシャがトラウマのようだ。


 「では、改めて――」


 ミーシャが玲瓏館の壮麗な玄関をくぐるのを見届けてからアルドはこっそりと、ミラーナに顔を寄せた。


 「(すまない、ミラーナ、もう少しだけ我慢してくれ)」


 「(え?なんのこと?)」


 「(ミラーナ……)」


 病弱のくせにバイタリティーだけはあるアルスティア夫人。後から後悔するのは周りの人間と本人だが、当の本人は全く反省の色は無いようである。


 (私がしっかりしなくちゃいけないんだ……だから今日ばっかりは流されるわけにはいかない――)


 顔を上げて、先ほどメイリが見上げていた彼の窓を見つめる。

 

 (玲瓏館の当主は噂では散々な言われようだが、本性はきっと相当なやり手だろう。従者の忠誠度と、娘を誑かしたその実績が証拠だ。だが、相手がどんなに狡猾であろうと、私はやり遂げなくてはいけない。娘の将来の為に――)


 身体は疲れていても、気合は十分。だが、彼はまだわかっていなかった。待ち受ける当主は彼の、いや、現生人類の想像を遥かに超えた存在の“ネームド”だということを――――

 

 

 ――――――――


 ――――


 ――…………


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