3-12
「えーと、まずはごめんね、アリアちゃん。少し調整が甘かったみたい。でも許してね。こんなくそダンジョン、作ったやつの方が悪いから」
「えと……私は、大丈夫です。なんともないです」
隠しきれぬミーシャの怒りのオーラと圧倒的な力の前にアリアはビビって、後退りしながら答えた。
「それと、アリアちゃん、あの時作ったペンダント、今持ってないよね」
ああ!しかし勇者からは逃げられない。
「え――あ……はい……」
「どうして?あれだけ肌身離さず持っているように言ったよね?」
「えと……あの……私、やめたんです……玲瓏館……退職届も提出して……だから、ペンダントも……」
「で、こんな目に合ったと……」
「あっ……そっか……ペンダントがあれば……」
「そうだよ。なんの為にペンダントがあるかこれでようやくわかったでしょ?」
「はい……でもまさかエルハルトさんがこんなことするとは――」
「するの!!馬鹿だからするの!!」
遠くで黙って嵐が過ぎ去るのを見守っていたメイド姉妹は「そりゃそうじゃ」と言わんばかりに、大きく頷いた。
「ひえっ――はい……ごめんなさい」
「だから気を付けてね。ペンダントの返却は管理事務所でもできるから」
「はい……わかりました」
「ふむ、わかればよろしい」
ミーシャは満足げな様子で頷くと、唖然とした様子で見守っていた両親の方へ向き合って
「えーと、アリアちゃんのご両親と思われますが、間違いありませんね?」
といった。
「ああ……はい。アリアの父のアルドです」
「――母のミラーナです。娘がいつもお世話になっております」
(地獄の)四者面談(メイド付き)の風体を醸し出しつつ、やはりその視線はお互い警戒しているようだった。
「まずはネームドによる被害に合われたこと、エリア管理者代表として、私から深く謝罪申し上げます」
アリアの両親はミーシャの謝罪に対して、何も言わずただ一つ、頭を下げて、礼だけをして見せた。
「それに伴い、まずは二つほど確認しておきたいことがございます。ご家族の事情に付き納得されないこともあるかもしれませんが、今しばらく確認にお付き合いいただきたく思います」
「はい――」
「ええ、では一つ目なのですが娘さんの年齢のことです。私の調べによるとアルステリアに置ける成人年齢は80となっているのですが、それは間違いありませんね?」
「――――……はい」
「では改めて確認させていただきますが、娘さんの年齢は83で間違いありませんね?」
「――ええ」
「はい、ありがとうございます。それともう一つは娘さんに――」
「え?あっ、はい……」
「退職届を出したのは、今日の明朝で間違いないですか?」
「ええと……はい……」
「そう……じゃあ、就労規約にはしっかりと目を通した?退職届が受理されてからは最低2週間は雇用契約が維持されるということは知ってた?」
「え……?そうなんですか?」
「うん、そうだよ。これは法律で決まってることで、普通の企業でもそれは同じだよ」
「し、知らなかった――――じゃあ……」
「うん、まだアリアちゃんは玲瓏館の従業員なんだよ」
「じゃあ……あれ?私ってもしかしたら訴えられたら負けちゃう?」
「いや……それはどうかな……こんな事する職場なら、エル君に勝ち目はなさそうだけど」
ミーシャは自らが切り裂いた、ダンジョンの機構を見渡した。中途半端な修復で、より歪になったその光景は、エルハルト自らが出向いて、ミーシャにずたずたにされた修復機構を直さない限り、もう元には戻らない。
(あー……さすがにこれはやり過ぎたかな……でも悪いのはエル君だもんね……エル君だったらたぶんすぐ直せるだろうし――――……私は無罪……私は無罪……)
「なるほど、あなたの仰りたいことはよくわかりました。確かに娘の雇用に関しては法的にはあなた方に落ち度はないように見える……しかし、それは詐欺、もしくは暴力による強要が無かった事が前提でしょう?私たちはあなた方を信用できない。あなたがたには調査が必要だと私は――」
「お父さんいい加減にして!!」
「アリア……しかし……」
「この人たちはそんなことしないってもうお父さんもわかってるでしょ……」
「…………」
「そうよ、あなた……それはさすがに言いがかりだわ。だってあの助けてくれた二人組、メイリさんとメアさん……あの方たちとっても良い方ですもの――」
「それはそうだが――」
「ええ、手前味噌で申し訳ないのですが、ここ数百年の彼らの素行は――当主の意味不明な奇行を除けば――良好そのものだと言え、その性向に関しては現生人類の観点から見ても、ある一定の信頼は置いても差し支えないかと存じます」
ミーシャはここが押し時だと判断して、アルドに合わせた堅苦しい口調で、ミラーナの援護に回った。
「うんうん、確かに危険な職業だとは思うけど、ミーシャさんが言う通り、彼らが悪い人たちではないことは間違いないと思うわ、だって――」
「だが――」
「ええ、そういった危険についても当方ではこのようなペンダントを――」
「何しろ、“あんなに熱心なファンの方”、がいるんですもの……ね?」
「「「「え……?」」」」
「そうよね、メイリさん、メアさん……のこすぷれ……?の方々?」
アルスティア夫人はドが付く程の天然だった。
「え?あ?そうですよ!!レイロウカンノヒト、イイヒトタチ、ウソボウリョクシナイゼッタイ」
「ソウデスヨ、レイロウカン、ミンナイイヒト、ミンナシアワセ We are all happy」
「何で片言なのよ、ていうかメアちゃん発音良いな、でもそれ合ってる?」
事情を知らないミーシャも彼女たちの罪をなんとなく察した。そしてそれに伴って、先ほどの彼女の仕事がことごとく無駄なものであった事もそれとなく理解した。
「あの……ごめんなさい。彼女たちに悪気はないんです、ただ少し――」
「あのな、ミラーナ、彼女たちは本人なんだ。玲瓏館のネームド本人。彼女たちこそがネームドなんだ」
(あ、そういう感じなんだ……)
ミーシャは自分の仕事を諦めた。こういう状況なら自分は何もしない方が上手く行くだろう事は長年の経験からわかっていた。
「まあ!!それは本当ですか……?」
「ええと……はい、本物です、はい……」
「ごめんなさい、嘘をついてしまって……」
「あらまあ……そうなの……でもアルド君すごいわね。どこで分かったの……?」
「何で君の方こそわからないんだ。さっきの戦闘を見ていただろう――――……すまない。もしかしたら彼女は疲れているかもしれないんだ――彼女は少し持病があってね――だから申し訳ないが、少し時間が欲しい」
アルドの方がもしかしたら疲れているかもしれない。
「え?お母さん本当……?もう治ったんじゃなかったの?」
「ふふっ、大丈夫よ、お父さんが大袈裟に言ってるだけだから、ほら見てなさい!!――――ってあれえ……」
アルスティア夫人はそう言って勢いよく立ち上がったが、すぐにふらふらとアルドの胸へと倒れこんでしまった。
「ほら、もう、言わんこっちゃない」
「もう……お母さんは相変わらず病弱なんだから」
「あはは……ごめんねアリアちゃん……」
少し穏やかになった親子の間の雰囲気に、好機と見て割り込んだのはメイリだった。
「アルスティアさん――」
「はい」
「はい」
「はい」
……テンポ悪くなるから、お互いに学んで、いい加減。
「あ、いえ、娘さんの方……その、あ、アリアさん、もしよろしければ、ご両親を連れて、一度玲瓏館の方へ戻って来ていただくのはどうでしょう――――……その、雇用期間のこともありますし、2週間ほども時間があれば十分な話し合いもできるのでしょうし……もちろんご両親も、よろしければですが――」
一足先にメイリに自らの仕事を奪われたミーシャは、驚いたような表情でメイリの言葉を聞いていた。
(もしかしたら私が出しゃばる必要はなかったかもね――)
メイリを見つめるミーシャの表情はまるで、はじめてのおつかいで、家を出るときに渡したメモ通りにお買い物を済ませた娘を見るような、娘の成長に驚きを隠しきれない母親のような、そんな表情だった。
「メイリさん……でも――」
しかし、対するアリアの表情は暗い。メイリの課題は、はじめてのおつかいより、幾分か高い難易度のもののようだった。
「あら!よろしいのですか?私、本当はもう限界で――」
しかし意外にも、苦戦するメイリに助け船を送ったのは、もう一人(?)の母親であるミラーナだった。
「おい、ミラーナ!」
当然ながらアルドはミラーナを窘めるが、アルスティア夫人は悪びれる風でもなくアルドに向き合うと、夫の耳元に近づいて、こっそりと耳打ちした。
「(アルド君、結局は自分が見たものがすべてなのよ。それにたとえ危険があるとしても娘にだけ危ない思いはさせられないわ)」
「(それはそうだが……)」
ミラーナは食い下がるアルドに反論を許さず、夫の胸元から離れて、自称コスプレ姉妹に向き合った。
「申し訳ないのだけれど、引き続き玲瓏館への道案内をお願いできるかしら?可愛らしい冒険者様方」
「「ハイ、ヨロコンデー」」
もちろん姉妹に拒否権は無かった。
「メアちゃん……君が最後の砦だった……」
その様子を見ていたミーシャが人知れず呟いた。
「――――アリアさん……心配したんですよ、すごく……だから勝手にいなくならないでください……」
最後にメイリがその長身を屈めて、アリアの顔を覗き込むようにいった。きっとその姿は何も知らない人から見れば、いたずらをした生徒を諭す教師のように映っただろう。
「メイ――リさん……」
だけど、その揺れるメイリの瞳に、アリアは全く別の感情を見た。
「そうですよ、アリアちゃん。だから帰りましょう?玲瓏館に」
メアの、姉とよく似た瞳の虹彩がアリアの瞳に映りこんだ。その色が語る通り二人の本質は同じなのかもしれない。
「――――……うん」
アリアはそのことを知っていたはずだった。だけど、今はその瞳から逃れるように、顔を背けて、頷くことしかできなかった。
「じゃあ、行こうか。ご両親も、これからのことはそちらで話し合いましょう」
そろそろ行程を進めるべきと判断したミーシャが、舞台に上がって言った。
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
「よろしく頼む」
一行は再び歩き始めた。果たして、それぞれの悩みを彼の館は解決してくれるのだろうか。
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