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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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48/211

3-11

 だだっ広い、森を切り開いてつくられた広場の真ん中に、一本の大樹が一つ。


 「あ゛あ゛ーーゼログラビティ…………」


 そしてその大樹にミノムシのごとくニチアサソウの蔦で吊るされた人影が一つ。


 「あ゛あ゛ーー寝そう……そういえば昔テレビで、ニチアサソウを使ったエステがあるって見たことがあるような……確かにこれは……なかなか……」


 締め付ける蔦が、なんかいい感じに疲れの溜まった身体のツボをついて、寝不足気味で十分に休息を取れていなかったアリアの身体を癒した。


 「これ、絶対エルハルトさんの仕業だよね……どこでバレたんだろ……というかこれ私、訴えれば勝てるんじゃない……?」


 もうすでに民事というより、刑事としての立件が可能そうだった。


 「でも……これ……んっ……ああ……そこそこ……」


 ――――……こちらも規約的に問題がないように、一応もう一度貼っておこう……


 ※これらの植物は専門家の監修のもと適切に管理された、“ニチアサソウ”です。名称通り、日曜日の朝に放送しても大丈夫なやつです。安心してください。決してこれはいかがわしいマッサージとかではありません。リンパがどうとか言いません。安心してください。だから運営には通報しないで、お願いだから。


 「あ゛あ゛ーー寝そう……――――って、だめだめ!一刻も早くここから抜け出さなくちゃいけないんだから……それに、ついでにあの魔物も倒さないと……」


 広場の入り口と大樹の間にわざとらしく配置された赤い大輪は、恐らくは地中に潜むこのダンジョンのボス、“ニチアサンバナ”の一部だろう。


 「本当、エルハルトさんがこんな事しでかすとは思わなかったよ……あの人もまともそうに見えて、しっかりネームドなんだなあ……」


 やはり現生人類にとって、ネームドという固有名詞は、厄介事を振りまく災害の同義語として認知されていた。


 「玲瓏館の人ならともかく、それに関係ない人が捕まっちゃったら……」


 そうアリアが呟いたタイミングで、偶然にもボス部屋の入口からニチアサソウに捕われてしまった不運な人影が、なんと二つもその蔦によって運ばれてきて、アリアと同じように大樹に吊るされた。


 「ああ……言わんこっちゃない――」

  

 アリアは後方に吊るされた二人に、声を掛ける。


 「――あのう、玲瓏館の方ですか?玲瓏館の方でしたら安心してください、これは――」


 「――久しぶりだな、アリア」


 「会いたかったわ、アリアちゃん」


 「…………」


 森が静寂に包まれた。また遠くで鴉の鳴き声が聞こえた気がしたが、その声が耳に入るほどアリアの頭の容量に余裕はなかった。


 「アリア……」


 「アリアちゃん……」


 「…………」


 親子三人が描く川の字。しかし、かつてこれほどまでに珍妙な川の字があっただろうか。


 「んっ……ああ……しかし、これは……凄いな……」


 「んっ……ああっ……気持ちいい……いや……なんか変な声出ちゃう……」


 「…………」


 これはいけない。両親共々、あまりにセンシティブ過ぎる……!あのニチアサソウであっても隠しきれない色香がここに……!?


 「少し黙って!!」


 「…………」


 「…………」


 あ、はい……


 「アリア……」


 「アリアちゃん……」


 森はまたしても静寂に包まれた。アリアの俯いた表情に彼女の頑なな意思と、遠く離れてしまった親子の距離が表れていた。


 「――――どうしてこんなところまで来たの……?まさか里の掟で私に罰を与えるため?――――お父さんもお母さんもわかってるでしょ?そんなことしても里にもう私の居場所は無い――――もうこれくらい許してよ……私はあなたたちの道具じゃない」


 「違うのアリアちゃん……!」


 「違わないでしょ!?でなきゃ、わざわざこんなことまでして、あなたたちが里から出てくるはずがない!」


 「違うんだ……本当に違うんだ……聞いてくれ、アリア――」


 父の声はいつも冷徹で、温度がなかった。だけど今日ばかりはその音は揺らぎ、熱を持っていた。その父の声音に、今度はアリアが口を噤まざるを得なかった。


 「アリア……里の皆はまだお前が里抜けをしたことを知らない。お前があの日から一度も家から外に出なかったからだ。そしてお前は里抜けの計画を誰にも知られること無く完璧に行った」


 アルドは簡潔にアリアに現状を説明した。


 「そう……いうこと……」


 「だから、ね。もう一度私たちと――」


 「ごめん、お母さん……それは出来ない――――お父さんも……わかってるでしょ?」


 「アリアちゃん……」


 「ああ、それはわかってる。だけど、お前もこうして外に出てわかっただろう。ここに私たちの居場所は無い」


 大樹に吊るされた親子三人の姿は、彼の言葉を裏付けるには十分すぎる光景だった。


 「そうかもだけど……私はそれでも――――」


 「アルスティアさん!!」


 「アリアちゃん!!」


 「はっ――メイリさん……メアちゃん……」


 親子の遠く離れてしまった距離の間に割り込んだのは二人のメイド姉妹だった。

 姉妹は捕われたアリアを救うために手を伸ばす。しかし、メイリとメアの手がアリアに届く前に、彼女たちの足元の地面がせりあがり、地中に潜んでいたダンジョンボスが姿を現して、その手を阻んだ。


 ――――ウゴオオオオ……


 「……!!……ニチアサンバナ……!!攻撃力はほとんどないけど、やたら拘束技ばかり豊富な……!!」 


 「お姉さま、危ない!!」


 「くっ……!しまった……!!」


 唐突に地面が揺れて、たたらを踏んでしまったメイリは、後ろから迫るニチアサソウの急襲に対応しきれなかった。


 「くっ、離しなさい!!この!!……くそ……あの腐れ職権乱用糞ブラック上司め……許せん!!――――ボス戦に雑魚敵を紛れ込ませるなんて……!」


 確かにボス戦に一対一の正々堂々とした闘いを望むユーザーは多い。だけどそれを複数戦をユーザーに強いているダンジョンのボスが言ってもいいのだろうか?


 「お、お姉さま!?今助け――わあ……!!」


 人類皆平等。一度は受けるべし、蔓植物。古事記にもそう書かれている。


 「んっ……何でこう、この植物は力加減が絶妙なのよ……」


 「も、もう、ニチアサソウさん、だめですよ――くふっ……ふふっ……く、くすぐったいです――」


 ……念のためもう一度貼っておく?例の注意書き――え?もういい?


 「はあ……あの腐れ職権乱用糞ブラック上司は命をいたわるという思考がないんですかね……」


 「そうですね……でも、ごめんなさいニチアサソウさん……今はアリアちゃんを連れ返さなきゃいけないから……」


 二人は魔力を体の中心に集めると、それを一気に解き放って、絡みつく植物を粉々に吹き飛ばした。


 ――――――……


 「す、すごい……あんなのドラ〇ンボールでしか見たこと無いよ……」


 「――――アリア……あれがネームドだ」


 「お父さん……」


 二人のメイド姉妹は迫りくるニチアサンバナとニチアサソウの攻撃を、時にはその超人的な身体能力を駆使して躱し、時にはそれらを正面から叩き切って、巨大なニチアサンバナの足元へと迫っていく。


 「アリアちゃん……だから、だめなの、それだけはだめなの。アリアちゃん、お願いだから自分の体を大切にして。お母さん、アリアちゃんをここから連れ出すまで、帰らないから」


 「お母さん……」


 眼下の戦いはいよいよ大詰めを迎えていた。

 幾重にも迫りくる蔓や葉の妨害を乗り越え、姉妹はニチアサンバナの足下にたどり着くと、合成魔獣の弱点である体の中心のコアを露出させるために、メアが目にも止まらぬ連撃を加えて、装甲代わりとなっていた厚い茎の表皮を切り刻んだ。


 「お姉さま!」 


 「よくやったわメア、あとは私に――まかせなさい!」


 飛び上がったメイリの重い斧槍の一撃が、露出したニチアサンバナのコアを粉々に打ち砕いた。 

 赤い大輪と同じ色をしたその結晶の欠片は、ダンジョンと化した黒き森に降り注いで、それらを元の、静かで平和な森へと戻していく――


 「ふう……なんだかんだで結構手こずったわね……」


 「ええ……でも全員無事みたいで何よりです!」


 アルスティア親子を捕えていたニチアサソウの蔦も、まるで水分を突然抜かれたかのように急速に干乾びて、強度を失った手足はその重さをを支えきれずに、彼らをふかふかな芝生の上に投げ出した。


 「うげっ……いたっ――くない……?――――もう、変なとこばかり細かいんだから……」


 「大丈夫ですか?アルスティアさん――」


 「メイリさん――」


 メアはぎくしゃくする二人の雰囲気に気を取られながらも、同じように地面に投げ出された夫婦の安否を確認した。


 「お二人も大丈夫ですか……?」 


 「はい……ありがとうございます……助かりました」


 「ええ……ありがとう――――ええと……メアちゃん……だったわよね」


 「は、はい……!」


 とにもかくにも、全員が見かけ上は無事らしいことを確認したメイリは、安堵する表情を隠すようにして周囲を見渡した。


 「――――インスタントダンジョン魔法の修復機能が完了するまで、少々時間が掛かります。お疲れだと思いますが、今しばらくお待ちください」


 メイリの目線から逃れたアリアは、自らも周りの変わりゆく景色に目を移した。


 「――――すごい……本当にニチアサじゃん」


 アリアの言葉通り、ダンジョンと化していた黒き森は、ニチアサのように一瞬でとはいかないまでも、それと同じように、修復されていくようだった。

 戦闘によってえぐれた地面は元の綺麗な芝生へと、斧槍によって切り倒された木々は元の大樹へと、まるで何事もなかったかのように修復されていく。


 「まあ、正確にはダンジョン魔法自体が幻影魔法の一種と考えられていて、どちらかと言えば、現実が物理的に修復されているというよりは、私たちの認識が元に戻りつつあると考えた方が良いでしょう」


 「そ、そうなんですね……」


 「ええ……まあ、これほどまでに高精度かつ、多機能のダンジョンを作って、更にそれを現実世界への影響をほとんど及ぼさずに行えるのはエルハルト様ぐらいでしょうけどね」


 「へ、へーそうなんだー……」


 アリアは正直そんな細かい事にはあまり興味がなかったし、あまり強キャラアピールをし過ぎると両親の不安がさらに増して、彼らの進退がより厳しいものになる可能性もあったので、彼女の発言を止めるべきではあったのだが、アリアはメイリのどこか得意げな表情に、曖昧な相づちを打つ以外の選択肢を選ぶことができなかった。


 「アルスティアさん――」


 「はい」


 「はい」


 「はい」


 「あ、いえ、娘さんの方――――ええと、あ、アリアさん――」


 「はい――」


 そして、アリアには予感があった。メイリをよく知る彼女は、続く言葉が世界を終わらせる言葉だと知っていた。


 「アリアさん――――私は……私は、一度おうちに帰るべきだと思います」


 だけど、アリアにはその世界を終わらせる言葉を、受け入れる覚悟はできていなかった。 

 「メイリさん――でも……私――」


 「アリアちゃん……私もそう思います……どんな理由があるのかはわかりませんけど、ご両親がこんなにも心配してくださってるんですから、アリアちゃんももう一度きちんとご両親とお話を――」


 「メアちゃんもやっぱり……」


 アリアは二人の優しさに、こんなにも冷たさを感じる自分が信じられなかった。


 「――――ありがとうございます……まさかお二人様方からそんな事を言っていただけるとは」


 父の言葉には相変わらず温度を感じない。 


 「そうよ、アリアちゃん、もう一度やり直しましょう?お母さん、これでもすっごく反省してるのよ」


 母のぬくもりは遠すぎる。


 「――――……」


 誰もいない。


 「アリア――」


 (――――みんな…………)


 「アリアちゃん……」


 (――――知らないくせに……)


 「あ、アリアさん――」


 メイリは座り込むアリアに手を伸ばした。



 「みんな何も知らないくせに勝手な事言わないで!!」



 アリアは差し伸べられたメイリの手をはねのけた。


 「メイリさんは何も知らないでしょ!?私のこと!!メアちゃんだって……!お母さんもお父さんも……!何十年も一緒にいたのに私のことなんてこれっぽっちも理解してくれなかった!!」


 「アルスティアさん……」


 「私はただ……自由になりたいだけなの!!自分の力で立って、自分の好きなことをして、自分だけの生活が欲しいの!!――――私、何か間違ったこと言ってる?それって普通のことでしょ?おかしいのはお父さんとお母さんとあの里の人たち!!――――何で里を出ようとしただけの私がこんな目に合わないといけないの!?みんなみんな私を腫れ物みたいに扱って……私は普通でいいの……普通がいいの……何でそれがみんなにはわからないの……」


 「アリアちゃん……」


 メアは初めて見るアリアの姿に戸惑っていた。だけど戸惑いつつも、どこか腑に落ちていなかった胸のつっかかりが取れて、ようやく自分が何をしたらいいのか、そして自分が本当は何も求めていたのかが、見えてきたような気がした。でも、もう遅い。過ぎ去った時間が巻き戻ることはない。

 あれだけ楽しかった昨日の女子会が途端に色あせていくのをメアは感じた。


 (そうだ……私、何も知らない。私、アリアちゃんの事何も知らなかった……昨日感じた違和感はこれだったんだ――――アリアちゃんは私たちに自分のことを何も話してないんだ……)


 「ごめんなさい、アリアちゃん、私、大事なことを忘れてて……だから……」


 「メアちゃんは何も悪くないよ……もちろんメイリさんも――――……ごめんなさい、八つ当たりだよね……だけど、もうこうなったら私はここにはいられない。さようなら二人とも――」


 アリアは二人に背を向けて駆け出す。たとえ全てを捨ててでも彼女は走らなくてはならなかった――――


 ――――――――


 ――――……



 「そこまでーーーー!!!!」


 

 だが、その歩みは大地をも震わす叫びと、鼻先をかすめた暴風を伴った大質量の剣圧によって阻まれた。


 「う、うわあっ――――いてっ……」


 暴風に足をさらわれたアリアは勢いあまって、盛大に尻もちをついた。

 その暴風はしばらく続いて、収まった後には一筋の大きな轍と切り倒された幾本の木々がその圧倒的な力を表現していた。


 「この無茶苦茶な暴力は――」 


 一同はメイリのその呟きと共に、その場の空気を文字通り切り裂いた元凶へと目を向ける。


 「――――うん、ダンジョンはやっぱこの手に限るね、制作者には悪いけど……」


 舞い散る木の葉とニチアサソウの残骸、えぐれた地面と舞い上がった砂ぼこりの先から現れたのは可愛らしい少女の人影。


 「でも――――はあ……これは……ちょっとお仕置きが必要だね……エル君――」


 まだ修復が完全になされていないダンジョンをその長剣で切り裂いて、全てのギミックを完全に無視してボス部屋へと乱入したのは――――


 「初めましての人もいるね――私はミーシャ、勇者のミーシャ。困ってることがありそうだから勝手にお節介しちゃうね」


 そう、彼女は勇者ミーシャ。困っている人をほおっておけない、ただの冒険者――


 

 ――――――――


 ――――


 ――…………


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