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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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3-6

 「エルハルト様!!た、大変です!!今日、アリアちゃんを起こそうとお部屋に伺ったところ、こんな書き置きが――」


 「……うむ、これは間違いなく辞表……だな……」


 メアが早朝のエルハルトの部屋に持ち込んだのは、もぬけの空になったアリアの部屋に唯一残されていた、玲瓏館の職員の証であるペンダントと、いくつかの書き置きだった。


 「ほら、こっちがメアとメイリ宛だ」


 エルハルトは律儀に正書で書かれた辞表届の、間に挟まれていた一枚の便せんを抜き出して、メアに渡した。


 “メアちゃんへ


 まずはお別れがこんな形になってしまって、ごめんなさい。少し事情があって、今すぐにここを発たなければならなくなりました。メアちゃんにはいっぱいお世話になった手前、とても不義理なことだと思うけど、許してください。

 メアちゃんと過ごした日々、とても楽しかったし、暖かかったです。こんなに誰かに暖かくしてもらったのはこれまで生きてきて、初めてでした。ありがとね。メアちゃん。メアちゃんのつくる料理、美味しかったよ。


                                     アリア”


 「そんな……昨日は……だって……」


 「わからないか?メア?」


 「それは――――そうですよ……」


 「そうか――」


 「どうしてそんな……――――!!――……もしかして、エルハルト様はこのことご存じだったのですか?」


 「――さあな」


 「どうして……!!どうして教えてくださらなかったのですか!!」


 エルハルトは彼女の怒声に少し驚いた表情を浮かべた。エルハルトはこんなにも取り乱すメアをかつて見たことがなかった。


 「も、申し訳ございません……」


 「いや、いい――――だが、代わりにもう一つの手紙をメイリに届けてやってくれないか?」


 「はい……」


 エルハルトはその表情に胸がちくりと痛むのを感じた。だけど悲しんでいる余裕はない。彼には彼の仕事があるのだ。


 「それともう一つ――――アルスティアさんが館を出たのは恐らく日が出てからだ。何故なら、僕がこの時期は夜には強力な魔物が出ると忠告していたからな」


 「…………!!…………」


 「急いだ方が良い。きっとまだそう遠くには行っていないだろう。だがもちろんその手紙をメイリに届けてからだぞ――」


 メアは主の言葉が終わる前に駆け出す。胸の中から溢れる正体不明の感情が、メイドとしての役割を忘れさせた――


 「全く……あの嬢ちゃんたちは一体どうしちまったんだ?」


 部屋の陰に潜んでいたテオは、メアが部屋を飛び出していくのを見届けてから、エルハルトの背中に声を掛けた。


 「僕たちは転換期に来たんだ。世界は変わっていく。僕たちはきっとこれまで通りじゃいられない」


 「そうか……理論上、考えられない話じゃない。むしろ自然な流れだな」


 「ふっ……お前だって他人事じゃないんだぞ」


 「ふっ……それはお前もだろ」


 二人はなんかそれっぽい雰囲気で、「ふっ……」とお互いに言い合っていたが、その話の内容がとんでもなく薄いものであることに、彼らは気付いているのだろうか。


 「だが、お前、本当にこんな事して良かったのか?もし勇者様にバレたら、どやされるどころじゃ済まないぞ」


 「まあな。だがそれぐらいのリスクを背負ってこそ主というものだ。それに、機密性と安全性は、かのテオス大先生の折り紙付きだろ?ばれなきゃ犯罪じゃないんだよ」


 「ふっ……まあ、そうだな。だが、忘れないでくれよ。俺は“道具”を提供しただけにすぎん。それをどう使うかはお前次第だ――」


 テオはそれっぽい台詞回しの中にちゃっかりと責任逃れの台詞を混ぜた。


 「ああ、だが、僕をあまり舐めないで欲しい。僕はこの世で最も美しいダンジョンと呼ばれる玲瓏館で、数百年もの間ダンジョンマスターを勤めてきたんだ」


 だが、そんなテオの思惑にエルハルトは気付いた様子もなく、気取った仕草で窓のカーテンを開くと、昨日一晩掛けて改造した眼下に広がる黒き森を一望した。

 それは一見何の変哲もない、見慣れた長閑な森に見えたが、その実、エルハルトの(無駄に)卓越したダンジョン制作技能とテオの(無駄に)精通した植物学の知識によって、ひとたび足を踏み入れれば、簡単には出る事の叶わない、(無駄に)優秀なトラップダンジョンへと一夜にして驚愕の変貌を遂げていた。


 「ふふ――従者アルスティアよ、一度この玲瓏館に足を踏み入れたのなら、この僕に無断で立ち去ることは許さん」


 退職届を提出しているので、無断でもないし、むしろその上で、無理に引き留めようとしているエルハルトの方が、社会的には許されないのは言うまでもなかった。


 「そう簡単にこのダンジョンを突破できると思うなよ」


 窓から差し込む日に照らされた、エルハルトの目元には、徹夜によって付与された、寝不足のバッドステータスの症状がありありと浮かんでいた。


 「見事な出来だ、エル……だが――」


 自らもまた付き合わされて、更に目の下の隈を深くしたテオが、インスタントのコーヒーをすすりながら隣に立ち、声を掛ける。



 「――――これでは、追いかけたあの姉妹も森に迷ってしまうのではないか?」



 「あ……」


 アリアを足止めすることばかりに気を取られていて、その後の困難を失念していたエルハルトは、口をあんぐりと開けて、間抜けな声を上げた。


 「た、確かにそうだ……――――まずい……これではさすがに時間が掛かり過ぎる。そして、時間を掛け過ぎれば、いずれミーシャにばれてしまう……一般人が迷いこんでしまう可能性だってある……」


 「なあ……エル……やっぱり一度停止させた方が良いんじゃないか……?」


 「だめだ……中に攻略者がいる限り、停止はできん」


 「なら、お前が直接出向いて――」


 「馬鹿言え!!僕が出向いたところで、僕がダンジョンを攻略できると思ってるのか!?僕の作ったダンジョンだぞ!?」


 「ええ……」


 「頼むぅ……メイリぃ、メアぁ……早く、出来るだけ早く……頼む……!なるはやで……頼む……!アルスティアさんを連れ戻してくれ……頼む……!」


 この人何回「頼む」って言うんだろう……



    

 ――――――――


 ――――


 ――…………


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