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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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42/211

3-5

 今日か明日。アリアはそう思っていた。そうでなければ、アリアは現実ここにいられなくなってしまう。本当のところはもう今すぐここを発たなくてはならないはずだった。


 「その……アルスティアさん……ごめんなさい!!」


 「えーと――――何がですか?メイリさん」


 だけど、何かがアリアをこの場所に引き留めさせている。


 「え……?何が……?えーと……そういえば、私……何を謝ればいいんだろう……」


 閉館時間を過ぎて、誰もいなくなった蔵書庫の片隅で、窓から差し込む夕日を受けて、美しくも不安そうに揺らめく銀を、アリアは他人事のように眺めた。


 「えーと……私……自分を偽ってて……その……嘘ついてて……それで……ええと……何だっけ……?あの……とにかくごめ――――」


 アリアはメイリが小道具係のサラに何を吹き込まれたかを悟って、彼女の続く言葉を遮った。


 「ごめんなさい、メイリさん、わかってます。私のせい……ですよね。昨日から私の様子がおかしかったから……」


 「え……?アルスティアさん?違うの……全部私の所為で……私が悪くて……」


 「あなたは何も悪くないですよ。悪いことなんて何もないんです……だって――」


 (全部私の勘違いだったから――) 


 「――――だって、人を好きになるのってすごく善いことなんですから――」


 「アルスティアさん……やっぱり――――」


 様々な糸が絡まり合って、複雑な色を成したそれを、人によっては綺麗だと思う者もいる。


 「はい。すぐにわかりました――――メイリさんの気持ちも、その想いの丈も――」

 

 メイリの顔が窓から差す茜色でも誤魔化せないほど赤くなっているのがわかる。


 「あ、あわわわ……あの……ちが……違うんです。あれは違うんです。その――」


 だけど、アリアはその色をあまり綺麗だと思えなかった。


 「だから、私が悪いんです――――私の好きはきっと、本当の好きじゃなかったから……」


 だから、簡単な色に戻す。


 「……!!……――――もしかしてアルスティアさんもエルハルト様を……」


 アリアは何も言わず、暗がりでこくりと頷いて見せた。アリアは昔から嘘が上手だった。


 「そ……そんな……」


 「でも、いいんです……私、気付いちゃったんです。昨日一晩考えて……なんかそれほどでもないなって――――だから……だから、それよりも私、あなたに――あなたに、その想いを叶えて欲しいなって、そう……思ったんです」


 「アルスティア……さん……」


 絡まり合った糸をばっさりと断ち切って、真っすぐな線になるように結びなおす。


 「――――私って惚れっぽいんです……だから、メイリさんのことも好きになっちゃったって言うか……男より女の友情って言うか……」


 「それでいいの……?アルスティアさんは……」


 アリアは暗がりから飛び出て、茜色の元でとびきりの笑顔をつくった。


 「ははっ、何マジになってるんですか?あ、そうか……メイリさんネームドだからわからないんだ――安心してください、メイリさん。私たちの間じゃそんなもんなんですよ、恋愛なんて」


 「そう……なの……?」


 「そうですようー。とりあえず付き合ってみて、なんか違うなって言って2か月で別れるとかざらなんですから」


 ちなみにアリアの恋愛経験値はゼロである。これまで生きてきた環境にそんな出会いなんてなかったし、これまでの友人にもそんな恋愛している者は一人もいなかった。ネットで得た恋愛知識100%である。


 「そういえば、ネットで聞いたことがある……あれって本当だったんだ……」


 「私たちには寿命がありますからね。そんなちまちま恋愛してられないんですよ」


 「ちまちま……」


 「――――まあ、そういう事なんで、メイリさんは気にしなくていいですよ。私は次の旅に出るんです……まだ見ぬ出会いを信じて……!」


 確かに旅に出ないといけないのは事実だった。


 「…………」


 メイリは日が暮れて、再び影に戻っていったアリアの表情が、どうしようもなく気になった。胸の中のもやもやを取り去るために彼女を呼び出したのに、何故だか、話をすればするほどその違和感は大きくなっていくようだった。


 「そんな事より――――」


 何も言わないメイリに、アリアは何かを吹っ切るように両手を上げて大きく伸びをして見せた。


 「意外でした。メイリさんがあんなゲームやってるなんて」


 「そ、そうですよね……気持ち悪いですよね……」


 「え?何でですか?私も昔似たようなゲームしてたことありますけど、あんなん普通だと思いますよ」


 「え?アルスティアさんもああいうゲームやったことあるんですか?意外……」


 「ふふっ……お互い勘違いしてたみたいですね……!」


 もうアリアは自分を騙すことはできないとわかっていた。


 「そうみたいですね。ごめんなさい私……本当はこんなんなんです。仕事中もサボることばかり考えてて……だからアルスティアさんに大変な迷惑を……」


 (そっか……やっぱりメイジ郎さんだったんだ。メイリさん……)


 「はははっ……やっぱり、そうだったんですね!でも、凄かったですよメイリさん。もしメイリさんが役者だったら、アカ〇ミー賞取れますって、絶対」


 アリアも取れそう。


 「ごめんなさい……騙したみたいになっちゃって……」


 「何でメイリさんが謝るんですか?そんなもんですよ、人間なんて。本当の自分なんて隠してなんぼですからね。むしろ自分の我がままで、好き勝手しちゃう人の方が苦手かも……私」


 「ごめんなさい……」


 「だから、何で謝るんですか?」


 本当はアリアは知っている。彼女がどういう人間か――――10年……共に過ごしたのだ。顔は見えなくとも、直接触れたことがなくとも、それを知るには十分な時間だった。


 ――――アリアちゃん!!


 どこからともなく響いた可愛らしい声が、蔵書庫の分厚い本の間を駆け抜けた。


 「メア…………」


 「アリアちゃん……と、お姉さま……?」


 本棚の間を駆けてアリアに近づいたメアは、本棚の陰にいた姉にようやく気付いて、気まずそうに目を伏せた。


 「お話し中でしたか……?ごめんなさい私……」


 「ううん、大丈夫。今終わったところだから……それにしてもどうしたの?そんなに慌てて。そんなに急ぎの用事なら念話してくれればよかったのに」


 「いえ……直接会ってお話したいなと思って――」


 ――――……


 だけど、時間切れだった。メアの言葉が終わる前に、ごおん、という低い鐘の音が鳴って、玲瓏館の戸締りの時間が来たことを知らせた。

 明日は休館日だ。そんな状況でここに残る者はきっと、地下を根城にしている錬金術師テオ以外を除いて、誰一人いないだろう。


 「ああ、もうこんな時間――ねえ、メアちゃん、お話はご飯の後にしない?私の部屋でゆっくり――」


 「わあ……!いいんですか?」


 「もちろんメイリさんも一緒に」


 「わ、私もですか?」


 「もう、嫌なんですか?メイリさん。大丈夫ですよ。まだここに来て日が浅いから、全然散らかったりとかしてないですから」


 「そういう問題じゃ――」


 「じゃあ、決定ね!メアちゃんもいいよね?」


 「はい!――――楽しみですね!お姉さま!」


 「ええ……そうね……」


 メイリはぬぐい切れぬ違和感を抱えながら、メアの言葉に頷く。


 ――――……


 その後、予定通りアリアの部屋で行われた女子会で、メイリとメアは彼女にいろいろなことを話した。玲瓏館のこと、エルハルトのこと、少しの恋の話と、ミーシャのこと、その他のいろいろな人や、昔の話……

 その会は笑顔に包まれていた。だけど、どこか欠けている何かがあって、姉妹はその違和感に気付きながらも、それを追求することをしなかった。きっとそれは長い時間を掛けて解きほぐしていくものだと、姉妹はそう思っていた。だけどその選択肢は間違っていた。間違った選択肢を選んだ報いは、思ったより早く、次の日の早朝にメアとメイリは受けることとなった。


    

 ――――――――


 ――――


 ――…………


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