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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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3-4

 「後は二段目と三段目です――――って、聞いてますか?アルスティアさん」


 「え?…………あっ、はい!!えーと、二段目と四段目で――」


 「やっぱり、聞いてないじゃないですか――――って、危ない!!」


 四段目の戸棚から、本を抜き出そうとして、階段式の脚立から足を踏み外したアリアを、床に叩き付けられる寸でのところで受け止めたメイリは、彼女を抱きしめつつほっと息をついた。


 「――――気を、付けてくださいね……私たちと違って、この程度の段差でも万が一ということもありますから」


 「メイ――さん……」


 きっと、気のせいだろう。彼女はメイジ郎ではなくメイリなのだ。この程度で慌てふためくはずがない。だからメイリの揺れる瞳や、押し付けられた胸元から聞こえる早まった鼓動に、ゲームの中の別人格を当てはめるのは今すぐやめるべきだ。


 「ごめんなさい、メイリさん――――」


 メイリの体温が離れて、アリアは解放される。


 「本当に大丈夫ですか……?もしかして本当に体調が――」


 「だ、大丈夫です!!ちょっと気が抜けてただけですから!さっ、さっさとここの本棚終わらして次行きましょ次――」


 「それなら良いのですが……」


 (やっぱり今日のアルスティアさん、様子がおかしい気がする……それに――)


 メイリはいつもと様子が違うアリアに、謎の焦燥感と既視感を感じていた。


 (なんだか胸のあたりがもやもやする)


 メイリは昨日のミーシャの忠言を思い出して、アリアをいつも以上に注意深く見ていたはずだ。


 (でもわからない……何かが違うことはわかるのに……何が違うかわからない……)


 これまでの積み重ね。過ごした時間。交わした会話。果たして自分はそれらを零さずに受け取れていたのだろうか?そんな不安がメイリの脳裏を過ぎって、しばらく後に、恐らくそのほとんどが零れ落ちて、失われてしまっていることに気が付いた。


 (どうして、私……ちゃんと――――……これじゃあ、嫌われても文句言えないじゃない……)


 メイリはアリアに対して間違いなく不誠実だった。自分の保身しか考えず、サボりの計画にしか頭を回さない。その結果としてこの気まずい空気が流れているのだ。それはメイリにとっては当然の成り行きとしか思えなかった。


 (どうしたらいいの……)


 何よりも難しい問題だった。これまで生きてきた中で一番――

 目の前の本棚から目的の本を抜き取ったアリアが、キャスター付きの脚立を押して次の目的地へと向かう。メイリはその背中に何か言いようのない不安を感じた。


 「あっ、メイリさんお疲れ様です!――――って……あれ……?メイリさん、どうしたんですか?メイリさん、なんだか今日は元気ないような……」


 「はっ……――――お疲れ様です。えーと……」


 「小道具係のサラです」


 「――――ごめんなさい」


 そんなメイリに声を掛けてきたのは、玲瓏館の小道具係、サラだった。


 「え?メイリさん?本当にどうしたんですか……?大丈夫ですよ。私、ネームドの方は簡単に名前を覚えられないって知ってますから――」


 「違うのよ……サラ……さん……」


 覚えられないのではない。覚える気がなかっただけだ。


 「わあ……!ありがとうございます!――――でも、本当に大丈夫ですか?何かあったんですか?あの……もし、良かったら……私で良ければ……」


 「いえ――――」


 「あー!ごめんなさい!差し出がましかったですよね!ごめんなさい!では私はこれで……」


 「いえ!ちょっと待ってください!」


 「ひゃい!!」


 「え?あ、あの、申し訳ありません……その――」


 メイリはとっさに大声を上げてまでサラを引き留めた自分に少し驚いていた。


 「は、はい――」


 もちろんサラも驚いていた。

 

 (な、何やってるのよ私……ほら、サラさん凄い顔してるじゃない……――――でも、もうこうなったら仕方がないわ……)


 「もし……その、えーと……――――とある秘密を見られてしまって、それが原因で少し関係がギクシャクしてしまった時って、どうしたらいいのでしょう……」


 「え……?」


 「いえ……その……友達が……そう!友達の勇者の方が!……そんな悩みを……」


 たぶんミーシャはこの女と今すぐ友達をやめるべきだ。


 「え……?もしかして、メイリさん……エルハルト様と……」


 「?」


 「いえ!なんでもございません!」


 だけど、なんか都合よくサラが解釈してくれたおかげで、ミーシャはメイリと友達をやめなくて済むかもしれない――――まあ、新たな誤解は生まれたが……


 「そう……ですねえ……あくまで私だったら……ですけど……――――まず謝りたい……かな……って思います」


 「謝る……」


 「いえ……その、私だったら!……ですけど……でも、もし、相手とそれなりに信頼関係がある前提なら、自分の知らない秘密があったら、少し悔しい……というか……それぐらい言ってくれたらいいのに……とか思っちゃったり……」


 「…………」


 「いえ、もちろんそれにはそれまでの信頼関係が重要というか、長い時間が必要というか、あの方とならそんな感じなんじゃないかっていうか……」


 「――――なるほど……とりあえず謝ればいいのね……」


 「え……?まあ、はい――――その……どうでしょう?」


 「ありがとうございます、参考になりました」


 「いえ……!こちらこそ……!私、メイリさんのこと、応援してますから!頑張ってくださいね!!」


 なんてアットホームな職場……メイリが少し気を抜けばこうである。モロバレである。


 ――――やりますねえ!先輩!


 ――――でしょう?もっと褒めなさい!


 ――――うざ……これだから旦那に逃げられるんだよ


 ――――う、うるさいわね!あいつは私の方からふってやったのよ!


 ……メイリは本当に彼女に相談して良かったのだろうか?

 だがもちろん、去っていくメイリの背後で繰り広げられたそれらの会話は、彼女の耳に入ることは無かった。何故なら、メイリの頭の中は目の前の彼女のことでいっぱいだったから――


 「あ、アルスティアさん……!!」


 「うわっ……びっくりした……もう、遅いですよ、メイリさん。もうここの棚終わっちゃったんですからね」


 「え……?本当……?相変わらず早いわね――――ってそうじゃなくて……その……今日、仕事終わりに……その……時間、ありますか?少しお話したいことが……」


 「え゛っ――――……あの……今日じゃなくて良いですか……例えば二日後とか……」


 「えっ……?だめなんですか……?今日じゃ……」


 メイリはこの不安が先延ばしにされてしまう可能性に果てしない絶望を感じていた。


 「ええ……何ですか、その顔……初めて見た……――――えーと……いい……ですよ……少しくらいなら」


 アリアはかつて見たことのないメイリの、うち捨てられた子犬のような儚げな表情に、己の決意を曲げざるを得ないことを悟った。


 「わあ……!ありがとうございます!アルスティアさん!」


 (やっぱ姉妹なんだな……メアちゃんと……)


 アリアは両手を合わせて喜びの表情を浮かべるメイリに、彼女の妹の姿を重ねた。


 「えーと……じゃあ……早く終わらせましょ?仕事」


 「はい!」


 ……差別化が難しくなるから、メイリにはもうちょっとキャラづくりを頑張って欲しい。


 

 ――――――――


 ――――


 ――…………


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