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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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2-17

 「わあ……!やっぱ広いね、この館……それに――――何これ可愛い……!エル君にすごく似合いそう……!」


 部屋のマネキンに着させられていた、丁度エルハルトぐらいの子供が社交界にでも着ていきそうな黒のベストに、ミーシャは感嘆の声を上げる。でも、気を付けた方が良い。そのベストに合わせられた七分丈のパンツには、歪んだ性癖の芳香が濃厚に漂っており、容易にそれらをほめそやすと、場合によっては警察沙汰になりかねないからだ。


 「それらは全て、創造主様(お母さま)が作り、遺したものでございます。創造主様(お母さま)はあちらの世界では人形師だったようで、それの延長線上、とのことですが――――ふふ、わざわざこちらの世界でも仕事まがいのことをするだなんて、誰かさんとよく似ていらっしゃいます」


 「そっか……エル君の趣味はダンジョン経営……休みの日もミニチュアを作って楽しんでるんだっけ……」


 本人の名誉の為に補足しておくと、それは決して仕事のためだけのミニチュア作製ではなく、時には仕事とは関係のない、観光名所や、人々の活気を抜き出し、再現したジオラマ作製も趣味で取り組んでおり、彼は彼なりに息抜きとしてそれを楽しんでいるのだ。決して彼が仕事に取りつかれた(母と同じ)異常性癖者な訳ではない。


 「えーと、じゃあ隣座ってもいい?」


 「ええ……どうぞ……」


 この部屋には座れるような場所はメイリの座るソファー一つしかない。メイリは体をずらして、ミーシャが隣に座れるように、スペースを空けた。


 「じゃあ、失礼して……」


 ミーシャがメイリの隣に座ると、高窓から差す日がミーシャの膝の上にたまって、彼女を優しく暖めた。


 「ここ、良い場所だね……でも、なんかこう、隣に座ってお話って、変な感じだね」


 「――――そうですね……」


 「ここ、大切な場所なんでしょ?私を呼んでよかったの?」


 「――――ええ、良いですよ……ミーシャさんなら……」


 「――――そっか……ありがとね……――――じゃあさ、何があったか聞いてもいい?」


 メイリはこくりと頷くと、先ほど勃発した重大事件について語り始めた――――



 ――――――……



 「ぷっ……はっ、はははははは……――――ああ、ごめん、ごめん……でも……ふふっ……それぐらいのことで……こんな……」


 「な、なにがそんなにおかしいんですか!?――――ああ……やっぱり相談なんかするんじゃなかった……」


 「ああ、ごめんごめん――――いや、最近似たような事で相談を受けたことがあってさ……」


 「そうですか……世の中には私と同じ悩みで悩んでいる方が――――」


 「小学5年生の女の子なんだけどね……く、ふふ……」


 「小学5年生……」


 「うん……ぷっ――――いや、ごめんごめん真面目にやるね……――――そう、その娘にとってもそれは大事件だった、世界が終わっちゃうかもってくらい……」


 「…………」


 「その娘はね、絵を描くのが好きで、趣味でいろんな漫画を描いてたの。将来の夢は漫画家で、私も少しだけ見せてもらったけど、とても小学生とは思えないほど絵が上手なんだよ。すごく努力してるんだね――――そんな時、その娘に好きな子が出来た。クラスで三番目くらいに人気の、一見目立たないけど、よく見るとかっこよくて、少しだけ他の子より大人びて見える子……その子に女の子はね、『君の描く絵は綺麗で好きだ』って言われたんだって。ふふ……そんなの好きになっちゃうよね……」


 「あの……その話、今する必要あります……?」


 「もう……!そんなんだから、メイリさん今大変なことになってるんだよ?自覚ある?」


 「?」


 「まあ、そうだよね……わからないなら、おとなしく私の話を聞いてね――――それがその娘の初恋だったみたい。見えてる世界が一瞬にして違う色になって、その娘は戸惑ったのかもしれないね……その戸惑いと高揚感のはけ口として、女の子はそれを趣味の漫画にぶつけた――よくある話……みたいだよ。もちろん私たちにはそんな経験はないけれど、まあ、気持ちはわかるかな。メイリさんはどう?」


 「…………」


 「――――それでね、その漫画はね――まあ私も実物を見てないからわかんないんだけど――見る人が見ればわかるってくらいのものだったと思うのね。クラスで三番目の男の子に良く似た男の子と、これまたどこかで見たことあるようなヒロインが結ばれる漫画――――

それがね……まあ、運が悪かったね。クラスのそれほど仲が悪いとも言えないけど、友達とも言えないような、そんな間柄の女の子に見つかっちゃったんだよね……たまたま席が近くて、不注意で落としたノートを拾ったのが彼女だった。もちろんそのノートに名前なんて書いてなかったんだけど、絵の質でばれちゃったみたい。まあ、将来漫画家を目指して頑張ってたからね、クラスで絵がうまい奴って言ったらあいつじゃねってなるくらいだったみたいだよ……なんか本当ついてないよね」


 メイリは遠い目をして、自らが制作したクラレでのアバターを思い浮かべた……我ながら、良い出来だったように思う。


 「ノートはその女の子から直接手渡されて、帰ってきた。特にその娘は何も言わなかったらしいけど、まあ、ノートが返ってきた時点で、最悪の状況であることを察するよね……ねえ、メイリさん、もしその女の子にどうしたらいいかって、自分が相談を受けたらメイリさんだったらどう答える?」


 「――――もう、世界は終わりです。一刻も早く転校しましょう」


 「メイリさん……あんた、やっぱ小学生と同じメンタルだよ……――――でも、まあ気持ちはわからなくもないかな……私も“誰かさんたちのおかげで”今同じ状況だし」


 「いや、本当、ごめんなさい。あの録音データは今すぐ消します。あのドぐされ下水男にも何とかして消させます。だからどうか――」


 「ふふ、もういいよ――もちろん消してくれるのはありがたいけど、そこまで怒ってるわけでもないから……」


 「――――ミーシャさん……あなたはどうして――――」


 メイリは改めてミーシャと自分を隔てている“格差”を思い知らされた。“強さ”が……違う――――


 「メイリさんはどうしてだと思う?」


 「……あなたが勇者だから――――」


 「ぶぶーー。あんまりそういう事ばっか言ってると、本当にお姉さんがっかりしちゃうなあ……」


 「ああ!ごめんなさい嘘です――――だから見捨てないで……」


 「もう……メイリさんはやっぱりずるいなあ……さすがメアちゃんの姉なだけあるね」


 「もしかして、姉妹揃って悪口言われてます……?」


 「いや、全然。むしろ褒めてる――で、答えはわかった?」


 「ごめんなさい……」


 「まあ、そうだよね。ふふ……私もちょっと意地悪しちゃった。たぶんこの問題は世界で唯一メイリさんだけが答えられない問題かもね――――正解はね、メイリさん、あなたなの。あなたが私を強くしたの」


 「?」


 「わかんないよね。わかんなくて当然かも――――正直私も怖かったんだ。あの女の子みたいにね。世界が終わっちゃうかもって……」


 「…………」


 「でも、あなたが……メイリさんがその不安を吹き飛ばしてくれた。あのカフェでの壁ドンも、剣を交わしたあの時も、居酒屋再建の時に話しかけてくれた時も……メイリさんはもしかしたらそんなつもりないかもしれないけど、私はあなたに触れるたびに、抱いていた不安がちっぽけなものになっていくのを感じていたんだよ」


 「…………」


 「えへへ……なんだか恥ずかしいね、こりゃあ……でも本当のことだから仕方ないよね。メイリさんのことを知って、好きになって、信じられるようになった。ただ、それだけ。ただ、それだけで私の世界は救われた――――ねえ、メイリさん、アリアちゃんの事、きらい?」


 「きらいでは……ないです……でも――」


 「なら、すき?」


 「…………わからないです」


 「まあ、そうだよね。じゃあ、もう一回アリアちゃんのこと思い出してみよっか?最近はずっと一緒に仕事してたんだよね?」


 「まあ、そうですけど……私……」


 「うん」


 「自分の事しか考えてなかった……自分がどうサボるかだけ……」


 「…………聞かなかったことにしてあげる」


 「あっ……そうですよね……どうか、このことはエルハルト様にはご内密に……」


 「じゃあ、もっと真面目に考えて」


 「うーん……――――」


 「――――あまりアリアちゃんのこと、良く見ていなかったんじゃない?」


 「そう……かもしれないです……」


 「ふふ、まだ焦る必要はないよ。一度深呼吸して、世界を見て。まだ世界は終わってないかもしれない。あの相談してきた女の子とね、ノートを拾った女の子、今では親友なんだって。もちろんこの世界は残酷で、人を信じられなくなることもあるかもしれない。でも私は信じてるの。人の心の中にある光を――――」


 「ミーシャさん……」


 さすが告白以外なんでもできる女ミーシャ。人を導く勇者に相応しい善性の持ち主――


 「周りの目が気になる時はね、大抵自分の事しか考えられなくなってる時なの。相手の立場に立って、その人のことをちゃんと見てあげて。少し勇気がいることかもしれないけど、世界が終ろうとしているときに何もしないのは嫌でしょ?」


 一人だけの世界では、人は誰でも少しだけ不安になってしまうものだ。


 「はい……少しだけ、ほんの少しだけ、まだ働いてやってもいいかもって思えました」


 「もう……エル君、『メイリが最近まともに働くようになったんだ!』って嬉しそうだったんだよ」


 「知らないですよ、あんな腐れ職権乱用上司の言う事なんて」


 「そっかそっか、今日はエル君からメイリさんたちと一緒に食べてくれって、“メルクリ屋”のシュークリームを持たされたんだけどなあ……でもそんな嫌いな上司からの差し入れなんて食べられないよね――――」


 「んー、エル様すきすきー」


 「今の録音してたから、エル君に聞かせていい?」


 「ああ!ごめんなさい!やめてくださいお願いします。死んでしまいます。殺されてしまいます。エルハルト様にも社会的にも」


 「嘘だよ、嘘。録音なんかしてる訳ないじゃん。そんな卑劣なことするのはゲロ以下の臭いを漂わせている勇者パーティの恥さらししかいないよ」


 「あの、なんか、ごめんなさい」


 「え?なんでメイリさんが謝るの」


 「いえ、なんとなく」


 もしかしたらメイリからもそこはかとなく、下水のかほりが漂っているかもしれない。


 「まあ、いいや。ほら一緒に食べよ――――あっ、丁度いいし、アリアちゃんとも一緒に食べようよ」


 「え……?いや……今は……その……」


 「まあ、まあ、そんなこと言わずにさ――」


 ミーシャには確信があった。アリアという少女の内に秘めた善性に。それは勇者として長年培ってきた、直感という名の真眼であって、彼女の真眼を潜り抜けるには並大抵の鍛錬では為せないほどの精度と、魔力にも似た、ある種の特別な力があった。

 

 「あ、でももう、お昼休み終わっちゃうね」


 「……そう、ですね」


 「あっ、今ちょっとほっとしてるでしょう?でも、だめ――今日の夕方ね。これ、早く食べないと美味しく無くなっちゃうみたいだから、絶対アリアちゃんと一緒に待っててね。今日は仕事早く終わらせて、君たちの仕事終わりには間に合うように急いで遊びに来るから」


 「ええ……ミーシャさんって、バイタリティーいかれてますよね。なんかそういう病気ありそう。一度精神科にかかって見ては?」


 「失礼な……!まあ、確かにおせっかいが過ぎるかもしれないけど……でもそんなことばっか言ってると、本当にもう知らないんだからね。メイリさんがどんなひどい目にあったとしても次は絶対助けてあげない」


 「ああ!ごめんなさい!嘘です。だから見捨てないで――」



――――――……



 この世界は不思議だ。一人では途方もなく時間が掛かる問題も、二人ならば一瞬で片が付いてしまう事がある。あらゆる物理法則から乖離したその事象は、神代の名残である魔法と呼ばれる摩訶不思議な力さえも超えて、人類の有する最も不可思議な神秘といっても差し支えないのかもしれない。だから――――


 「助けてよお……ミーえもん……」


 「いや、なんか語呂悪いな」


 だから、ほどけかけた糸が少し見ないうちに、信じられないほどぐっちゃぐちゃに絡まり合っていたとしても、それは神秘だからと片づける他無いのである。


 「ミーシャさん、私どうしたら良いんでしょう。私、死ぬんですかね?世界、終わっちゃうんですかね?地球が持たん時が来てるんですかね?」


 「落ち着いて、メイリさん。まだやってみる価値はあったりなかったりするよ」


 「じゃ、じゃあどうすれば――」


 ミーシャが視線を移すとそこには、二人が連れ立って中座した事を不思議に思う暇もないほどのうわの空で、中空を見つめるアリアの姿があった。


 「アリアちゃん……一体どうして……」


 半べそをかきながら縋りつく、メイリの背を撫でながら、ミーシャは呟く。彼女は事ここに至ってようやく、目の前の事象が、自らの真眼であっても見通せない、人の神秘であることに気付いたのだった。


 

 ――――――――


 ――――


 ――…………


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