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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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2-10

 「…………うぷ………」


 「次からは気を付けてくださいね――――えっと……」


 「……アルスティアです」


 「アルスティアさん……うぷ……」


 メアの作る朝食は絶品だった。もちろん腹八分目を四合ほど超えようと、二人が止める箸は無かった。


 「えと……申し訳ございません……」


 「いえ……メアの作る朝食は絶品なので、私ならばいくらでも食べられます。あなたに謝られる筋合いはありません。私はただあなたの……うぷ……ことを思って言っているんです」


 「――――すみません……これからは気を付けます」


 「わかればよろしい」


 就業開始から30分後、メアの大変素晴らしい朝食によって身動きが取れなくなっていたメイリとアリアはようやくその重い腰を上げた。


 「まずは、朝食の余りをケータリングとして、玲瓏館の従業員に配りましょう。アルスティアさん、どうぞこちらへ」


 歩きながらメイリはアリアを予め想定していた例の場所へと連れ出す。


 「え?そっちってダンジョンとは逆方向じゃ――――」


 「ええ。その通りでございます。ですが、物事には順序というものがございます」


 アリアを連れ出したメイリはあえて言葉少なげに、もったいぶった口調でそう告げると、朝の多忙を極めるダンジョンの喧騒から逃れるように、本館の朝の日差しが差し込む、のどかな廊下を進んで、玲瓏館の奥地へと入っていった。


 「その順序の一番上の項目……それがあなたにはわかりますか?」


 「え?……えと……ごめんなさい……わかりません……」


 「そうですか……」


 アリアは感情が読み取れないメイリの、ともすれば失望とも読み取れるその言葉の響きに、思わず身体を縮こまらせた。だけどメイリはそんなアリアを置き去りにしてどんどん玲瓏館の奥地へと進んでいく。アリアはそんなメイリに置いて行かれないように必死にその背中を追った。

 そしてメイリはしばらくそうして進んでいき、とある扉の前で立ち止まった。


 「答えは“身だしなみ”でございます――――」


 メイリはそれだけ言うと、その両開きの扉の取っ手を掴んでゆっくりと押し開いた。


 「ですのであなたにはこちらで栄えある玲瓏館の一員として、どこに出しても恥ずかしくない身だしなみを覚えていただきます」


 「ここは――」


 「ええ、こちらメイド服専用試着室となっております」


 「メイド服専用……」


 「はい。そしてあなたにはここで、どこに出しても恥ずかしくない、玲瓏館汎用人型決戦兵器――メイド――になっていただきます」


 ……君はどこに出しても恥ずかしい女だよ、メイリ。


 「私がメイドに……?って、え!?私が!?私、事務職としての採用ですよね?そんなもの着る必要性がどこに……というかそもそも他の従業員は誰もメイド服なんか――――」


 「メイド服を着ろ。でなければ帰れ」


 「ひっ……ご、ごめんなさい!!…………着ます!着させてください!」


 「……わかればいいんです――――こちらのメイド服は創造主様(お母さま)直々にお作りになられた当館特製こだわりのメイド服なのです(私は他のメイド服と何が違うのかさっぱりわかりませんが)このメイド服は当館の誇り。ひいては私たちの誇り。そうやすやすとメイド服なんかとは、言わないでいただきますようお願い申し上げます」


 「ほ、本当に申し訳ございません……私が間違ってました……ありがたく着させていただきます……」


 「わかればいいんです。わかれば。そもそも、あなたの服、少々汚れが目立ちますよ?それで旅をしてきたのでしょう?ちゃんと洗っていてもほつれは隠せないものです。お給料が出たら、ちゃんとした服を買いなさい。仕事着はこちらのメイド服を使っていただいて構いませんから」


 「あ、ありがとうございます!!そうします!!」


 アリアは知らない。彼女の部屋着はもう何年も使い古してるものだということを、仕事着のメイド服は創造主の掛けた魔法によって、ぼろぼろになっても完全な修復がなされるため、これまで身だしなみ何てこれっぽっちも気にした事がないことを。


 「ふむ……ではこちらの試着室へどうぞ。(お母様は変態だったので)サイズはあらかた揃っております――――」


 「わあ……!すごい……!メイド服しかない……!!」


 アリアは昨晩自らが与えられた部屋より、遥かに広々としたウォークインクローゼットに足を踏み入れ、あたりを埋め尽くすメイド服の狂気に、感嘆とも狼狽ともいえぬような口調で声を上げた。


 「では私はこれにて失礼させていただきます」


 「え?でも今日一日はメイリさんについてくようって……というより私はこれからどうしたら――――」


 「申し訳ございません。朝食の遅延により少々立て込んでおりまして、私の手が必要のようですので」


 「……あ……ごめんなさい。私のせいで……」


 「いいんですよ。わかれば……それにこれほど多くのサイズがあれば自分にぴったりのサイズを探すのは難しいでしょう。なので無理をせずゆっくり選んでくださいませ。昼食の時間までかかっても構いませんよ?」


 「え?でもケータリングの配布が……」


 「安心しなさい私が(そこらへんで捕まえた従業員を使って)配りますから、あなたはじっくり時間を掛けて、コトコト選びなさい」


 「?…………わかり……ました」


 「ではごきげんよう」


 メイリは不思議な言い回しに小首を傾げるアリアを置いて試着室の扉を閉めた。


 (ふう……上手くいったわね……あのメイド服の量なら、自分にぴったりなサイズを探すのに午前中、いや、一日中はかかるはずだわ……)


 メイリの(浅はかな)計画は成功した。だがもちろんそう上手くは事は運ばないものである。


 (まずはケータリングを配らせるための誰かをとっ捕まえないと――――)


 『今日一組目のお客様がいらっしゃいました。ダンジョンエネミー担当者は各自速やかに配置に付きますようお願いいたします』


 ダンジョン従業員共通の念話回線を通じて、メアの鈴を転がすような声が頭の中に響いた。


 (え?もうそんな時間?本当に朝食の遅延で立て込んでるじゃない――――でもまあ、ダンジョン攻略はどんなに時間が掛かっても30分。早くてその十分の一。その間にあの試着室で自分のサイズを見つけることなど不可能。少し私のフリーダムタイムが縮むだけで大勢に影響はないわ)


 彼女はいったい何と戦ってるのだろうか。戦うのならちゃんとダンジョン攻略者と戦ってほしい。


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