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演出の為に落とされていた照明が灯って、すっかりただの小洒落た洋館の広間のようになっている玲瓏館のエントランスにはもうすでに四人の冒険者が集まっていた。
「あっ、エルきゅんだっ!やっぱぼろエルきゅんが一番かわいい!!」
「ああ、メイリさん……新品の彼女を撮るためにいったいどれほど装備厳選をしたか……」
「――――ふつくしい……」
「あ、タイムは右下にお願いします。その上にパーティ名で――――あ、はい、日付も……おーい、みんな一言はどうする?」
(うるさい……)
フォトオプ――――フォトオプション。誰が始めたか、それはスマートフォンという文明の利器が発明されたころに流行りはじめ、今では定番となっているサービス。スマートフォンの普及、SNSという媒体の人類社会への侵食は、使用者の自己顕示欲を増長させ、自らの行いを逐一他人と共有せずにはいられぬ体へと作り変えた。
ダンジョンの攻略および攻略タイムの証明、思い出作り、それらの目的で攻略者の希望(要別途料金)があれば一枚の写真か、証明書が発行される。もちろんそれらは攻略者の一定の戦力を保証するものであり、昔から存在はしていたが――――
エルハルトは死んだような目でメイリと画角の中央に収まると、「はいチーズ」というメアの掛け声とともに、ぼろぼろのエルハルト、新品のメイリ、四人の冒険者のチェキが完成した。
「また来るからね、エルきゅんっ」
「次は3分切りを目指せるように、装備とスキル回しを見直さないと」
「メテオで突き抜けろ!!」
「第三部 完――――」
去っていく彼らの背中を玲瓏館入り口で見送る。
今ではダンジョンマスターと写真撮影が出来るサービスとして広まっており、それらは俗にフォトオプと呼ばれ、ある一定の層で人気を博していた。
「お気をつけてお帰りくださいませ。またのご来館をお待ちしております」
「まだ夜の闇は終わりではない!次こそは貴様らを氷獄へと送ってやる!」
(別にダンジョン内を魔法で夜っぽくしてるだけで今は普通に真昼間ですけどね)
「きゃー、最高にダサくてかわいい!!」
去っていく背中と隣からの若干のディスを感じながら、別れの台詞を済ませると、どっと肩にかかる疲れがエルハルトを襲った。
「あーなんかこの頃敗北台詞しか言ってない気がする――――」
「――――メイリお姉さま、次のご予約は1時間後です。次の来館があるまで、本館で休憩なさってください」
エルハルトたちダンジョンのキャストは屋敷の居住地を本館、ダンジョン部分を別館と呼んでいた。玲瓏館のダンジョンは氷属性を基調として設計されている。ダンジョン内部で暮らすには寒すぎてやってられねーのだ。
「ええ、ありがとうメア、でも丁度いいからあなたも休憩を取りなさい。休憩、まだでしょ?メイキングは私達でやっておくから」
「ありがとうございます、お姉さま。では休憩いただきますねっ」
メアは満面の笑みでそういうと、とたとたと可愛らしい足音を立てて、走り去っていった。メアはいつも健気で一生懸命だ。そんな姿にエルハルトは肩にかかる疲れが軽くなっていくのを感じた。常にふてぶてしい態度の姉に爪の垢を煎じて百杯ぐらいは飲ませたいところだ。
「――――エルハルト様、最近クリア率が急激に上がっている理由、知りたいですか?」
そんなことを思っていたら、彼女がそのふてぶてしい澄ました無表情をこちらに向けて、見下ろす様に――というか本当に見下ろして――スマホを片手にそんなことを聞いてきた。どうやらメイリはエルハルトの誰ともなしに呟いた独り言を聞いていたようだ。
「何?まあ、気にならないことは無いが、別に――――」
先ほどの客は所謂ガチ勢と呼ばれる冒険者たちで、何度もダンジョンを攻略している常連だった。しかし、最近ではレベル上限に到達したばかりのような冒険者でも、常連たちのように難なく攻略していく者たちが増えたように思う。
「そうですか、そんなに知りたいですか、それではこちらをご覧ください」
なんかメイリの態度がおかしい。嫌な予感がする。
「………何だこれは――――何々………これでエル様は怖くない!?初心者必見玲瓏館必勝法………?」
それは最近ではすっかりお馴染みとなっている「ようつ~べ」と呼ばれる動画投稿サイトの動画だった。彼女が手にしているスマホの画面には、その動画の表紙であるサムネイル映っており、それにはエルハルトの顔写真……と思われるシルエットの横に、でかでかと赤文字の目を引くフォントで「←雑魚」と書かれて、その隣には見慣れたメイドのような黒抜きのシルエットに「←本体」と書かれていた。どうやらエルハルトの嫌な予感は的中しそうだ。メイリは澄ました無表情をにやりと歪ませた。
端末から発せられる動画投稿者の得意げな声が、玲瓏館が建つ長閑な山々の中で独りでに響く。
『えー、見てください――――ほらここ!HPゲージが50%になった時、ここがポイントなんですね~50%になるとメイリさんが召喚されますが、タンクの挑発をこんな感じに使って――――』
「……なんか画質綺麗くない?こいつらいつの間にこんなカメラ仕掛けたんだ?」
「何言ってるんですか、これは玲瓏館のサービスの一つですよ。ほら、あの目玉蝙蝠の……ああ、あそこにいるゲシュポ君と他複数名、あの子たちが撮影担当です」
目玉に羽が生えただけの雑なシルエットが、バシバシとウインクを送って、自らの存在を主人たちにアピールした。
「あいつら最近全然攻撃参加しねーなと思ったら、そんな事やってたのか……」
「はい。彼らの視神経と記録媒体を魔法で接続して、映像を記録します。臨場感のあるカメラワークに4K対応の高画質は大手企業の工業製品に劣らぬもので、うちの独自の強みにもなっているんですよ」
「よんけー?視神経と接続……?やばい、なんか怖い……」
「はあ……相変わらず、エルハルト様は機械類に弱いですね。この前あげたスマホはちゃんと使ってますか?お・じ・い・ちゃ・ん」
「う、うるさい!!ていうか歳はお前の方が上だろ!――――念話なんて魔法で良いんだよ魔法で」
「もう、我が儘ばっかですね。これだから老害は――――あ、ここです見てくださいよ」
「なっ老g……お前だって人の事言えないだろ――――って、なんだこれ!」
『こうやって30%になったら、アタッカーとヒーラーも前に出てタンクと同じラインに立つんです!幸いエル様のくそ長詠唱があるので、二人からの攻撃は飛んできません!』
「…………」
『その間にタンクは離脱して詠唱終わりにメイリさんに掛ける挑発の準備をします!他のメンバーはそのまま居座って詠唱中のエル様をタコ殴りにしててください!ここの削りが非常に重要です!覚醒したメイリさんは非常に強力ですからね――――詠唱が終わったらタンクはメイリさんに挑発を掛けてください!そうすると簡単にエル様とメイリさんを分断できます!タンク以外のメンバーは引き続きエル様とメイリさんの間に居座って、攻撃をし続けてください!攻撃は避ける必要はありません!タンクが倒されずエル様を10%のDPSチェックまで削りきることが出来たら、メイリさんが定時退社するので、もうほとんど勝ちです!対戦ありがとうございました!』
目玉蝙蝠の生体カメラは臨場感あふれるカメラワークで、主が爆散する場面を収め、リプレイは終了した。
「…………なんか最近攻撃を避けずに殴ってくるバーサーカーみてえな奴ばっかで怖かったんだよ……こういうことだったのかよ……」
「ええ、エルハルト様の攻撃はデバフが含まれていて、デバフ自体の効果量は高いですが、威力は相当控えめですからね……それこそシーフが単体で受け持っても耐えきれるくらい……」
動画は補足解説のコーナーに移って、メイリの言う通りエルハルトの貧弱な攻撃を取り上げて『シーフが受けても大丈夫!』と得意気に解説していた。
「あーーーー!!むかつく!!お前これ知ってたのかよ!!じゃあどうして僕を助けに来なかったんだよ!!」
「エルハルト様挑発スキル受けたことないでしょ……あれやばいんですから、あーなんか攻撃してえ―、てなるんですから」
「そ、それくらい受けたことはあるわ!!我ダンジョンボスぞ!!――――まあ、確かにあれは仕方ないな……あまりのやばさに研究されつくして、今じゃダンジョン以外で成功するのは稀だもんな」
挑発スキルとはメイリの言う通り、被使用者の意志を問わず、被使用者の攻撃を使用者に惹きつけるスキルで、それら挑発系のスキルは大戦期には戦術の基礎となるほど猛威を奮ったが、大変動によって世が神から人のものに移り、不可解な様々な環境の変化があったことによって、それらが対策可能なものとなっていることに人々は気付いた。そして、挑発系スキルを研究し尽くした人類は、ついには挑発系スキル全般をほぼ無力化するほどの強力な魔法を生み出した。挑発を受けてからの後出しも可能、武具にエンチャントすることも可能、もちろん戦闘前に事前に掛けることも可能……と多種多様、使用する者も選ばぬ汎用性は、古来からの戦術を根底から覆すものだった。
「ダンジョンはクラシカルな戦いを再現、体験するものでもありますからね……ダンジョン内で使用可能な魔術の設定を変更するには創造主様の許可がいりますし、今の私たちにはどうすることも出来ませんね」
創造主様……エルハルトとメイリ、玲瓏館とそこに住む者たちと、そして世界全てをつくった神々、今は去り、黄昏の海の彼方へと消えた存在。
「つまり、僕たちは一生このままってことか……」
メイリはエルハルトの言葉にこくりと頷いた。
一生……果たしてその生に終わりはあるのか。エルハルトは老いず、滅びる予兆すら感じさせぬ自らの手のひらを見つめながら、そう呟いた。
「ま、いいさ。ダンジョンは多少攻略しやすい方が客も増える。僕たちと違って奴らの一生には終わりがあるんだ。僕たちが食いっぱぐれることはないさ」
ネームド……エルハルトのように、神々が直接名を与えた存在は俗にネームドと呼ばれ、それらには終わりがない。逆にエルハルトたちのようなネームド以外の存在には限りがあって、その限られた者たちの循環によって世界のほとんどは形作られていた。
「そうですね、ある程度の弱さは愛される条件の一つでございます。ほらこれを見てください」
“エル様雑魚すぎwwwww”
“やっぱメイドが本体だわ”
“わ か ら せ 完 了”
“エル様すき”
“掘りたい”
“メイリさん何がとは言わんがデッッ”
“えるださいめいりかっこいい”
「うおおぉい!!なんだよこれ!!こいつら匿名で好き勝手言いやがって!!……しかも一人なんだよこいつ!!さすがにライン越えだよ!!怖いよ!!」
エルハルトはこの世の終わりのようなコメント欄を尻を抑えながら眺めた。
「これが愛されるということですエルハルト様」
「いやいや絶対違うよこれ、歪みすぎだよ!!やっぱりネットは悪い文明!!」
エルハルトはメイリの持つスマホをぐいと押し返すとそのまま、メイリに背を向けて玲瓏館の入り口へと向かった。
「――――はあ、メイリもそんなんばっか見てないで、さっさとメイキング行くぞ」
「エルハルト様、本当におじいちゃんみたい……あの切れたナイフのようなエルハルト様はいずこへ……」
「うるせーよ!それも悪口なのは何となくわかるんだよ!」
エルハルトは玲瓏館の荘厳な正面玄関の奥へと消えてゆく。
「もう、僕はわかったんだよ……」
そのエルハルトの小さな呟きは誰にも聞かれることもなく、その闇の中へと消えた。