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「はあ、ついにありりあるさんも引退かあ……」
メイリは画面上の“ありりあるさんがログアウトしました”の文字を見つめて、その意味を理解するごとに、途端に世界が色あせていくのを感じた。
「でもなあ、あの人、毎回やめるやめる詐欺してるのよね……ありりあるさんならまだワンチャンあるわ」
そう、アリアの夢を本当に終わらせる爆弾は彼女のすぐ近くにあった。
「あの人、少なくとも単純計算で10年くらいニートやってるはずだから、どうせ離れられずに帰ってきそう。忙しい理由はたぶん就職か結婚だろうけど、ああいうのはどっちにしても、すぐ上手く行かなくなって、結局帰ってきちゃうのよね――――」
何食わぬ顔をして、とんでもない悪口を言うメイリ。これを聞けばたとえ百年の恋だって冷めてしまうだろう。
「……――――はー、やめやめ。ネットはネット。たとえ帰ってこなくてもいいじゃない。ただでさえ、私たちと違って短い命なんだから、こんなところ(クソゲー)で油売ってないで、もっと他にやるべきことがあるはずだわ。あの人、ゲームの中だったら有能だったし、きっとリアルでも成功できる力はあるはずだわ……」
だけどメイリは何とか最後の一線で踏みとどまった。しかしそうは言いつつも彼女はまだ、一人、また一人と自分の元から去っていく友人を心の底では諦めきれていなかった。
「――――私もこんなところで何をしているのかしら……こんなところじゃ本当に欲しいものは手に入らないのに……私もあの娘みたいに……現実を見て……」
メイリは期せず大所帯となった今晩の宴で、定命の者と楽しそうに言葉を交わすミーシャの姿を思い浮かべた。
「……いっそのこと私もミーシャさんみたいにしたら、変われるのかしら……ちょうどタイミング的にも……ああ、でも、あの娘エルフだったし、きっとこれから先長いわよね……それで本性がばれたら……地獄だわ……というか明日からどうしよ……私があの娘の教育係って……あー、憂鬱……」
メイリは画面内の作業を切り上げて、スマホをベッドに放り投げると、自らもまた、その体をベッドに放り投げた。
「ていうかエルハルト様もやり方がこすいのよ。あの娘事務でしょ?ほとんど私と仕事被ってないじゃない。それで何を教えればいいというの?――――……あれ?というか私の仕事ってなんだっけ?」
エルハルトの采配は効果覿面だったようだ。彼女はしばらく自らの仕事を見つめなおした。
「――――確かにやることは多いかもしれないわ……でもそもそも、エルハルト様が働きすぎなのよ……別にダンジョンボスなんだから、エルハルト様自身がやる必要はないのよ。むしろやっちゃダメなのよ。ああいう、努力するのが当たり前みたいな顔してる上司が、部下を置いてきぼりにして、モラハラ上司と呼ばれるんだわ」
普通に頑張っているエルハルトに対して酷い言いようだった。彼女は本当に彼の忠実なるしもべなのだろうか。
「そもそも……人と関わるなんて……どうせ皆すぐいなくなるのに……」
“ありりあるさんがログアウトしました”
メイリは画面上に映ったその文字列を思い出して、胸がキュッと締め付けられるような気分になった。
「たかがゲームなのに……相手の顔も、歳も、性別だって……わからない……それなのに……だから気軽に交流を持てると思ったのに……どうしてこの程度でこんな気持ちにならないといけないのよ……」
もう一度今日のミーシャを思い浮かべた。
「ミーシャさん……あなたはどうして、そんな当たり前のように笑えるの?それが彼女に与えられた性格だから……?違う……彼女はもうそんなものに縛られていない……たとえ最初がそうだったとしても、今では彼女は進んでそれを望み、受け入れている……ように見える……」
ミーシャのアリアを見つめる視線や態度には、彼女特有の全てを投げ打つ、おせっかい気質がもうすでに表れていた。それをすればするほど、その分きっと彼女は別れの時には誰よりも心をすり減らすはずなのに……
「やっぱあの娘もドMだわ……しかも私とは全く違う方向性の……」
……彼女は他人を貶めることでしか自我を保つことが出来ないのだろうか。
「……もういい……明日はなんかそれっぽいこと言って、何とか一人になろ……」
夜は更ける。果たして星空に散ってしまった二つの小さな明かりは、また巡り合うことが出来るのだろうか。その輝きはまだ引かれ合うにはあまりにも小さい。
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